兄、出陣す (2)
二十一日、奥羽列藩は書を九条総督に提出した。
今般白河城へ御帰陣御転陣被爲成旨被仰出候処、会庄二藩の儀に付奥羽之間人心恟々、既に所々一揆等相起り、被爲遊爲後転陣候ては弥衆民不知所向、蒙昧之余追々如何様暴動相発候哉難計深心痛仕候間、早速仙台表へ被爲遊御帰陣、億兆安堵致、奥羽瓦解不致様御鎮撫被成下度、一同奉懇願候誠恐謹言
「このたび白河へ転陣されたところ虐げられた(世良暗殺のこと)との仰せですが、会津・庄内二藩の儀について、奥羽の人間は戦々恐々としております。既に所々で一揆が起こり、転陣については衆民の知るところではございません。彼等の蒙昧については後々どうなるか。暴動が頻発し、計画の実効は難しく、心を痛めております。総督府の皆様が早速仙台にお帰り遊ばれれば、奥州は瓦解せず鎮撫されるであろうと、一同懇願して、誠に恐れながら、謹んで申し上げます」
奥羽列藩家老連署
九条総督は列藩側の言い分を聞き入れ、即日岩沼を発って仙台に赴き、片倉小十郎の屋敷に入った。そこで列藩の使臣らは白石から仙台に入って会合を開いた。二本松からは、丹羽一学を主任として、丹羽新十郎、岡佐一右衛門、千賀孫右衛門、飯田唱、安部井清介、岡新吾らがこの後もたびたび出張した。
総督らが岩沼を去って仙台へ赴くに当たり、表向きは総督府を再び仙台に移すと発表している。だが、実際には己の身にも危険が迫っていると知って、慌てて仙台へ逃れたのが、その実情だった。列藩は出兵を中止し帰国させ、更に太政官の命を待つと称したが、実際には影では攻守同盟が暗黙のうちに決していたと言える。
だが、西軍も手をこまねいていたわけではない。二十二日には伊地知正治が白河城陥落の知らせを受けて、宇都宮を出立、白河を目指して移動を始めた。さらに二十四日の夜には伊地知は大田原まで迫っていた。二十四日の夜には大田原を発ち、新政府軍は二十五日払暁に白河の関を越えてきた。数日来の雨で、道は泥のようだったと言う。
白坂に到着すると、そこには新選組隊長山口次郎、会津藩の遊撃隊遠山伊右衛門らが、先鋒として待ち構えていた。更には、棚倉口に旧幕府軍純義隊長小池周吾、原方口に会津藩青龍隊鈴木作衛門等が配され、力戦したと伝えられている。新政府軍は戦闘態勢が整っておらず、ぬかるみに足を取られ、思うように進めない。三方からの守りに圧倒され、止むを得ず芦野まで退去した。
新政府軍は、白河城を奪還するために、直ちに七百名近くの兵を芦野に集結させた。
「西軍が奥羽に攻め入ろうとしている」との急報は、二本松の城下にも早馬でもたらされた。
「これより、白河に向けて出立致す」
丹羽丹波が、大書院にて一同をぐるりと見渡した。が、心中は複雑である。奥羽列藩同盟が成立せんとしている今、二本松藩の名を汚すことはできない。だが二十日の襲撃について、二本松は、仙台や会津から何も知らされていなかった。その事は、許されるべきだろうか。
そんな思いを振り払うかのように、丹波は白河出兵の陣立てを組織した。
二十七日。二本松藩は先発隊として銃兵六個小隊を出すことを決め、白河の会津藩に合流するべく二本松を出発した。その幹部は以下の通りである。
軍事総督 丹羽丹波
銃士隊長 丹羽右近、高根三右衛門
銃卒隊長 土屋甚右衛門、奥野彦兵衛
准銃卒隊長 沢崎金左衛門、斎藤喜兵衛
軍事方 植木次郎右衛門、成田弥格
軍監 青山甚五右衛門、原兵太夫
副軍監 石田総兵衛、河辺城之介
砲兵隊長 木村貫治
***
武谷家にも出陣命令が来た。既に番入りを果たしていた兄の達が、高根隊の士卒として、出陣名簿に含まれていたのである。
「良いか。決して敵に後ろを見せてはならぬ。また、同胞に後れを取るな」
勝栗や豆、胡桃、松の入った水杯をぐいっと飲み干す達に、作左衛門は厳しく言い含めた。
「はい、父上。肝に銘じます」
いつもは穏やかな兄の顔も、今日ばかりは凛々しく見える。
「さあ、出立の刻限ですよ」
そう言う紫久の声は、心なしか震えていた。
「母上、そのような顔をなさらないでください」
安心させるかのように、達は微笑んだ。そして、玄関に出ると、剛介の頭に手を置いて、真面目な顔で言った。
「剛介、母上を頼む」
剛介は、強くうなずいた。
「では、行って来い」
作左衛門の力強い声に送られ、進は一礼すると、くるりと背を向けて一之丁に向かって歩き出した。千人溜まりに集結してから、城下を練り歩いて白河へ向かうのだと言う。
「兄上、ご武運を!」
思わず、剛介はその背中に声をかけた。兄は振り返らずに片手を上げ、そして再び力強く歩み出した。
それから、剛介は母を急かして新丁坂を駈け下り、出陣を見送ろうとする人垣をかき分けて前面に並んだ。
やがて、街道の向こうから華々しい行列がやってきた。行列を率いているのは、軍事総督である丹羽丹波である。愛馬に跨がり、悠々と駒を進めていった。その後に銃士隊長、銃卒隊長などの幹部らが続いた。その中に貫治先生の姿を見つけ、剛介はどきりとした。昨夜、父から「木村貫治殿も、ご出陣とのご命令だ」と聞かされていた。だが残されて、父の分まで道場を切り盛りしなければならない若先生の胸中を想像すると、胸が痛んだ。若先生、これから大変だろうな。
行列の中程まで差し掛かると、集団の中に剛介は兄の顔を見つけた。だが、もう兄はこちらを振り返ろうともせず、ひたすら前を見て歩を進めている。その横顔は、何だか見知らぬ人のようだった。
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