第43話 王族兄妹の初対面
「本当に来てくれるのか? 兄上が」
「はい、約束しましたから」
シグートと約束した日から三日後、俺はリフィネと共に地下を訪れていた。
シグートから事前に渡された地下の地図を頼りに、指定されたポイントへ向かっている最中なんだが、その間もずっとリフィネは不安そうだった。
俺のドレスの裾を掴み、心細そうに見上げてくるしおらしい眼差しはなんとも庇護欲をそそり、思わず抱き締めたくなる。
まあ、今この場でそんなことをしたら、あまりにも空気が読めてないからやらないけど。
代わりに、リフィネの頭を優しく撫でてやる。
「大丈夫です、私を信じてください」
「……ああ、分かった」
八重歯を覗かせ、にかっと笑うリフィネ。
うん、やっぱりこの子はこうやって元気に笑ってる顔の方が似合ってるな。
お互いに笑みを交わすことで勇気を胸に、長い地下通路の旅を経て辿り着いたのは、一つの扉。
リフィネと顔を見合せ、決意と共に扉を開けると、その先には──
「やあ、よく来たね。待っていたよ」
地下とは思えないほど澄んだ空気と、これでもかというほど綺麗に飾り付けられた壁に囲まれた純白のテーブル。
そして、そんなテーブルでお茶を用意して準備万端待ち構えたシグートがいた。
完全に別世界へと迷い込んでしまった俺とリフィネは、ポカンと口を開けたまま硬直してしまう。
「……あれ、どうしたんだい二人とも。僕なりに頑張って準備してみたんだが、気に入らなかったかな?」
「いや。いやいやいや、頑張りすぎですよ!? ここ、地下室ですよね!? どうしてこんなに綺麗なんですか!?」
「三日かけて綺麗に整えたんだ。人を使うわけにも行かないから、僕が自分で」
「自分で!?」
やだこの王子、気合い入りまくりで怖い。ていうか、王子なのになんでこんなに掃除スキル高いんだよ、天才か?
他にも、俺としてはツッコミたいことが山ほどあったけど……それもこれも、続くシグートの言葉を聞いたら何も言えなかった。
「たった一人の妹と、やっと作れた落ち着いて話せる場だからね。気合いを入れて当然だろう?」
「っ……!!」
予想外の光景に固まっていたリフィネが、シグートの言葉で瞳を潤ませる。
ぷるぷると体を震わせながら、それでも一歩前に踏み出したリフィネは、そのまま真っ直ぐシグートの下へ駆けていって……そして。
「兄上のバカぁーーー!!」
「ぐっふ!?」
思いっきり殴り飛ばしていた。
ドゴォーン! と壁に激突するシグートを呆然と眺める俺を余所に、リフィネは涙声で捲し立てる。
「ずっと……妾はずっと会いたかったのだぞ!! それなのに、一度も離宮には来てくれないし、王宮で見掛けても無視されて……兄上も、妾のこと、嫌っていると思っていたのに……今更、こんな……バカぁ!!」
「……ごめんね、リフィネ。本当に、ごめん」
泣きじゃくるリフィネを、立ち上がったシグートが優しく抱き締めてあやし始める。
政治的なしがらみのせいで、長らくまともに会話も出来なかった兄妹の感動の初対面、なんだろうけど……シグート、口からも頭からも血が流れてるよ? リフィネが全力で抱き締め返したせいですんごい顔が青白くなってるけど、大丈夫? そのまま死なない?
……あ、シグートがすごいこっち見てる。助けて欲しいのかな? まあうん、そうなるよね。
「リフィネ様、嬉しいのは分かりますが、それくらいにしておかないとシグートが潰れちゃいますから」
「ぐすっ……兄上なんて妾に潰されればいいのだ」
口ではそんなことを言いながらも、リフィネは素直にシグートを解放してくれた。
ホッとする……というより、九死に一生を得たと言わんばかりの表情を浮かべているシグートには気の毒だが、多分しばらくは会う度こんな感じなんじゃないかな? 頑張れお兄ちゃん。
「さ、さあ、こうして無事会えたんですから、お茶会を始めましょう! ……シグート、出来そうですか?」
「大丈夫、こういう時のために、僕の服には常に防御の魔法がかかってるからね」
それ、多分妹ではなく暗殺者対策だと思います。
そんなツッコミを脳内に浮かべるも、それを口に出す勇気はないままにお茶会を開始する。
が……やはり、長らくまともに会話してこなかった二人だからか、いざ対面しても何を話したらいいかよく分からない様子で、しばし沈黙の時間が続く。
どうしたものか……と、テーブルの上に用意されたお茶をチマチマ飲んでいると、意外にも最初に口を開いたのはリフィネだった。
「そういえば、ユミエは妾のことは"リフィネ様"と呼ぶのに、兄上のことは"シグート"と呼ぶのだな」
「ぶふっ」
話しかける相手俺かよ! と思ったが、それ以上に会話の内容にもまた驚かされて、ついむせ返ってしまった。
……ついこの前、シグートに言われたのと全く同じ不満じゃないか。
会話がなくても、壁があっても、やっぱり兄妹なんだなと、むすっと頬を膨らませるリフィネを見て微笑ましさを覚える。
ただ、どうやら俺はそれを微笑ましく思っている場合ではなかったらしい。
リフィネの作った切っ掛けに便乗するように、シグートとまた口を開いた。
「ああ、僕とユミエは誰よりも深い絆で結ばれているからね。当然さ」
「えっ」
仲良しだとは思ってましたけども、そんなに俺達深い仲でしたっけ?
そう思うが、これまた否定する間もなくリフィネの不満が爆発した。
「ズルいぞ! ユミエは妾の一番の友達なのだ! 兄上がそんな風に呼ばれるなら、妾もちゃんと"リフィネ"とだけ親しげに呼ぶのだ!!」
「それは別にいいけど、ユミエの一番は僕だから、それだけは妹のリフィネであっても譲れないな」
「なにー!?」
バチバチと、火花を散らすシグートとリフィネの二人。
えっ、ちょっと待って、どうしてこうなった?
「そこまで言うのなら、決闘だ!! 妾と兄上、どちらがユミエの一番か白黒はっきりつけようではないか!!」
「ふふふ、いいよ。内容は……と言っても、あまり騒ぎ過ぎるのもよくないからね。ここはシンプルに、ユミエに決めて貰おうじゃないか」
「えっ」
あの、本当に何この流れ? 俺はただ、シグートとリフィネに仲良くお茶をして貰おうと思ってただけなのに、どうして俺の一番を巡って争ってるの? 誰か説明して?
「さあユミエ、どっちが一番なのだ!?」
「恨みっこなしってことで、さあ、どうなのかな?」
リフィネが必死に、シグートがどこか面白がるように詰め寄って来るのを前に、俺はもう、人生初の……というか、生きているうちにリアルで口にすることになるとは思わなかったセリフを呟くのだった。
「ふ、二人とも……私のために、争わないでください……」
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