第32話 戦いを終えて
「ん……うぅ……?」
ゆっくり目を開けると、そこは知らない天井だった。
……確か俺、モニカとのピクニックの最中に魔物に襲われて……それから、えっと……。
「ユミエ!! 気が付いたか!?」
すぐ近くで、お兄様の声がする。
反応して体を起こそうとすると、全身に激痛が走った。
「いぐっ……!」
「まだ動いたらダメだ! 体はまだボロボロなんだからな?」
お兄様の手が、俺を労るように体をベッドへ押し戻す。
素直にそれに従った俺は、改めてお兄様の顔を見た。
「……お兄様、目の下に隈が出来てますよ。お兄様こそ大丈夫ですか……?」
「目を覚まして最初に言うことがそれかよ……お前はもう少し、自分のことを考えろよ」
今にも泣きそうな顔になりながら、お兄様は俺の頭をそっと撫でる。
さらさらと髪を梳く指先の心地よさに身を委ね、降りてきた掌に頬を擦り付けながら、俺は遅まきながら浮かんだ疑問を問いかけた。
「……そういえば、私ってどれくらい眠ってました?」
「三日ほどだよ。ちなみに、今いるのはベルモント家の医務室だ。君が倒れていた森から一番近かったからね」
俺の質問に答えたのは、お兄様ではなかった。
その後ろからひょっこりと顔を覗かせたシグート王子の発言に、俺は目を丸くする。
「えっ、三日? 私三日も眠ってたんですか?」
「ああ。魔力の完全枯渇に加えて、全身の打撲と手足の肉離れ、それに骨もいくつか折れていた。ハッキリ言うと、よく生きてたね?」
「…………」
え、俺そんなにボロボロだったの?
最後、魔力が枯渇するまでは結構動けてたから、そこまで酷い状態だとは思ってなかったんだけど……ただアドレナリン全開で痛みが麻痺してただけみたいだ。
というか、むしろアドレナリンで色々感覚が麻痺してたのに全く動けなくなるくらい、最後はヤバい状態だったってことか。
お兄様が来てくれなかったら、たとえあの魔物が途中で諦めて帰ってたとしても死んでたな……危なかった。
「大変だったよ。ニールが君を抱えたまま力付くで公爵邸に押し入ってね……『お前らの不始末でこうなったんだろ、ユミエを助けてくれないなら俺がこの家をぶっ潰してやる!!』なんてとんでもないことを叫ぶし、実際に魔物一匹仕留めるために森ごと消し飛ばしちゃってたし……危うく、貴族同士の内戦が勃発するところだったよ」
「……森はちゃんと残ってるだろ。一部だ、一部」
肩を竦める王子に、お兄様は目を逸らしながら訂正を入れる。
いや、本当に何をしてるんだお兄様は。いくら俺が死にかけてたからってやり過ぎだろ。
でも……。
「お兄様、私のためにありがとうございます……嬉しいです」
「ユミエ……」
お兄様の手を取りながら、俺は素直な気持ちを伝える。
いくらグランベルの後継者といっても、所詮は伯爵位。それも、まだ正式に跡を継いだわけでもない。
それなのに、公爵家に喧嘩を売りかけるほど必死になって俺を助けようとしてくれたことは、本当に嬉しい。
「でも、次からはちゃんと冷静になってくださいね。そんなに強引なことしたら、助けてくれるものも助けてくれませんから」
「うっ……気を付ける」
「本当に分かってますか? 反省してます?」
「当たり前だろ、信じてくれよ」
「なら、お兄様もちゃんと寝てください。私のために、お兄様が傷付いたり、体を壊したりするのは嫌ですから」
ピシャリと言い放つと、お兄様はうぐっと言葉を詰まらせる。どうやら、よっぽど俺と離れたくないらしい。
「私なら、もう大丈夫ですから。……それとも、一緒に寝ますか?」
ベッドは部屋の中に一つだけのようだが、代わりにサイズが結構大きい。
俺の体は小さいし、お兄様だってまだまだ子供だ。二人並んで寝るには十分だろう。
「いやでも、うっかり寝相とかでお前を潰したらまずいし……」
ちらりと王子の方を見ながら、お兄様がそう呟く。
どうやら、前みたいに王子の前で俺に甘えるのが恥ずかしいらしい。
なら、その対処法も前と同じでいいな。
「本音を言うと……私も、今お兄様と離れるのは心細いんです。……お願い、出来ませんか?」
横になったまま、縋るような眼差しでお兄様を見つめる。
こうなっては、お兄様が俺に逆らえるはずもなかった。
「分かった、じゃあお邪魔させて貰うよ」
お兄様が俺の眠るベッドに入り込み、横になる。
そんなお兄様に自分から体を寄せた俺は、王子に聞こえないくらいの小さな声で囁く。
「本当に……ありがとうございます、お兄様。お兄様が来てくれて、本当に嬉しかったです」
出来るだけ平気そうに見えるよう振る舞ってこそいるが、本当は今でもあの魔物の姿が脳裏に焼き付いて離れないし、気を抜くと震えだしそうだ。
でも、お兄様が傍にいると思うと、安心出来る。
俺はまだ、生きてるんだって。
もう大丈夫だって、そう信じられるから。
「大好き」
そう言って額に口付けすると、お兄様は照れたように顔を赤らめる。
そんなお兄様が可愛くて、思わずくすりと笑ってしまった。
そうして、しばらく一緒に横になっていると……。
「すぅ……すぅ……」
お兄様は、やがて穏やかな寝息を立て始めた。
「……やっと寝たか。いやはや、君が早いうちに意識を取り戻してくれて助かったよ。こいつ、あのままだと一週間でも一ヶ月でも、不眠不休で君の傍に張り付いてそうだったからね」
「……やっぱり、そうだったんですか」
さっきまでのお兄様、明らかに疲弊しきってたからなぁ……改めて、王子からそんな話を聞かされると、俺がどれだけお兄様から大事に想われているのかが分かって心底嬉しい。
「王子も、ありがとうございます。お兄様の無茶もそうですけど、王子も私達のために手を尽くしてくださったんですよね?」
さっき、危うく貴族同士の内戦になりかねないところだったと言っていたし、そんな状態からお兄様が上手く交渉出来たとも思えない。
王子の口添えがあったんだろう、と予想してお礼を言うと、彼は「大したことじゃない」と笑った。
「親友と、僕の婚約者候補のためだからね。これくらいはするさ」
「まだ言ってるんですか……私は婚約者にはなれませんって」
「ふふふ、それはどうかな? 君は今回の件で、ベルモント家に大きな恩を売った。王家に属する僕と、ナンバーツーの公爵家の後ろ楯があれば、生まれが多少悪くとも文句を言う者などいないさ」
思っていた以上に具体的な状況を伝えられ、俺は答えに窮する。
それを可笑しそうに笑いながら、王子は俺に手を伸ばした。
「それに、婚約者云々は抜きにしても、僕は純粋に君を尊敬するよ」
俺の髪をひと房掴み、王子はそこに口付けを落とす。
俺自身、お兄様にキスしたばかりだし、貴族にとっては単なる挨拶に近いものだって分かってるはずなのに、顔が紅潮していくのを止められなかった。
「力の有無も、義務の有無さえ関係なく、ただ持てる全てを尽くして目の前の誰かを守ろうとした君の在り方は、とても気高く貴いものだ。願わくば、そのまま歪むことなく、真っ直ぐ育ってくれ」
「は、はい。えーっと……ありがとう、ございます……?」
どう答えるのが正解か分からず、俺は曖昧にお礼を告げる。
そんな俺を見て、王子はただ穏やかに笑っていて……なんというか、こいつには一生敵わないなって、そう思った。
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