57 どうしたって強制力が強制する。

 対策らしい対策はできず、そもそも思いつかないし、記憶もない。


(こ、ここ、こん、今回詰んだのでは……)


 ドーム状になっている濃ゆい瘴気の渦に騎士団の護衛と共に向かう中でユウヴィーは泣きたい気持ちだった。

 護衛中、瘴気に影響され、荒んだ土地と魔物が跋扈していた。だが、先行した騎士団がすでに、被害を最小限にするため、聖水による浄化作業、魔物を討伐、といった事をしていた。また、騎士団たちが、聖域結界の準備をし、食い止めてもいた。

 

 ドーム状の瘴気の渦近くまで到着すると中は瘴気の濃度が高く、近寄るどころか入れない。


「ユウヴィー、ここからはオレたち三人だ」

 マックスは聖剣を構え、光りの刃を放出させた。

「瘴気があふれ出てくると思うので、浄化をお願いします!」


 有無言わさず光の刃を瘴気の渦へと差し込むとドーム状の一部分が裂け、そこから瘴気が襲い掛かってくるかのように漏れ出した。

 ユウヴィーは咄嗟に光の魔法でバリアを張った。三人をやさしく包み込む大きめな泡が全身を覆った。

 

 漏れ出す瘴気がそのバリアに触れると霧散し、消滅していった。

 

「な、なんか大丈夫そうですね、行きましょう!」

「フン、調子に乗らないことね」

 

 先が思いやられるユウヴィーだった。

 

 ドーム状の瘴気の渦にマックスが先頭で入っていくと中には、魔物がグズグズに溶けたような状態の死体があり、植物はどれも黒ずんでいた。

 地面は土色ではなく、灰色になっており、バリアの範囲では土色に戻るが、通り過ぎるとすぐに灰色に戻ってしまっていた。

 

「まるでこの世の終わりのような瘴気……」

 ユウヴィーはぼそりとつぶやいてしまうほどだった。鳥肌が自然と立ってしまうため、肩を震わせてしまっていた。

「このまま中心に向かおう」

 マックスが強く言い、三人で向かう邪龍となってしまったエボラァーションの本体へ向かった。

 

 +

 

 邪龍エボラァーション、実際に見てみるとこれはどうしようもない、手の施しようもないような状態だった。ユウヴィーの実家くらいの大きさの龍が目の前に存在し、全身の皮膚はずぶずぶに黒く爛れ、水膨れのように浮き出ており、皮膚が張り裂け、血が出ていた。その血から湯気のように瘴気が空に向かって登り、ドーム状を形成していたのだった。

 牙をむき出し、食いしばり、苦痛に耐えながら息をする度に、血が噴き出していた。一目みるだけでそれは手遅れ、とわかるものだった。

 

 本来だったら白く美しいのだろうかとユウヴィーは思うが、その見る影もなく、邪龍と称させるほどの赤黒く禍々しかった。これが聖龍だったと言われても信じられるようなものではなかった。

 

「あまり、近寄るな」

 

 かすかに口を動かしたその龍の口から赤黒い粘液が零れ落ち、地面をジュと焼いた音をした。

 マックスは悲痛な表情をし、ユウヴィーはその横顔を見ると聖龍エボラァーション(分身)がジッと自身の姿を見ていた。

 

「もう頃合いか?」

「分身の我が身よ……そいつが光の聖女だな?」

 こくりと頷き、憎々し気にユウヴィーを睨んだ。

 

(い、いやぁ……帰りたい……)


 屈強な種族である龍ですら、ここまでズタボロになる瘴気症状は浄化を使ったところで回復は無理だろうと思ってしまった。全力を出した光の魔法なら瘴気を浄化できるが、ズタボロになった龍はその時点で死ぬだろうと感じていた。

 

(あ、そうだ……龍殺しの瘴気だ)

 というのを図書館で読んだことを思い出すのだった。

 

 そして、それが過去にどのような対策をとって食い止めたのか思い出したのだった。

 瘴気で浄化しても、内包する龍の力によって現世をさまよい、再び邪龍になる。そのため、光の剣で首を落とし、さらに心臓に剣を突き刺し、絶命させなければいけない、という事だった。

 

(うう~ん、今回はそんな事は無理じゃない?)


 マックスとエボラァーションの関係が幼馴染という事もあり、浄化をしても龍はこの場から飛び去ってしまうと考えたのだった。

 

――ッ!

 

 その時、ユウヴィーは前世の記憶を思い出す。原作だと聖剣士として覚醒できず、中途半端で浄化した邪龍エボラァーションは逃げ、この件がきっかけで邪龍討伐の旅を二人でする。その旅の中でマックスと恋仲となって、最後に邪龍を討伐するが散らばった瘴気を食い止めるために自分たちが犠牲になる。光の剣と光の犠牲魔法によって、世界は浄化される。

 

「貫いてくれ……ひと思いに、頼む。早くしてくれ」


 邪龍エボラァーションの声で現実に引き戻されるユウヴィー。近くのマックスは歯を食いしばりながら剣を構えていた。その後ろで聖龍エボラァーション(分身)は目を瞑り、なんとか聞き取れる声でつぶやいていた。

 

「これでいいの、これで私はマックスの中で死ぬまで永遠に生きられるから、これでいいの」


(瘴気で侵されていないのに、分身の方は怖いぃぃぃ……じゃなかった、このままだとイベント通りになってしまう! いやどうすればいい!? 多分あれだ、本体は未練があるから飛び去ってしまうから、えーっとえーっと)


 考えがまとまらない中、ユウヴィーは邪龍エボラァーションに聞いた。

 

「早まらないで! 龍なんでしょ! 根性みせなさいよ!」


「殺してくれェェェ!! 身体中の痛みが限界だァァァ!! GYAAAAAAAAAAAA!!」


 四肢の爪が地面に突き刺さり、亀裂が入る。咆哮と口からジェル状の瘴気の塊が散らばり、それが触れた植物は一瞬で溶けた。

 

「死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない――」


 聖龍エボラァーション(分身)は頭を抱えながら本体の方を見ながら半狂乱状態になっていた。

 

 マックスは聖剣を握り、震えながら涙していた。

「くそ、くそぉ……ちくしょおおおおお!!」


 次第にドーム状に渦巻いていた瘴気が邪龍エボラァーションに吸い込まれるように戻っていった。瘴気そのものが意思を持っているかのようにうねっていた。

 

「な、何が起きてるんだ?」


「いや、いやぁぁぁぁぁー!!」


 突如、聖龍エボラァーション(分身)が悲鳴を上げ、振り返ると瘴気がバリアそのものを覆い、邪龍エボラァーションへ引きずっていった。

 あまりにも一瞬であり、取り込まれてしまった事でユウヴィーから離れたのもあり、バリアは解けてしまった。

 

「――しまった!」


――GYAAAAAAAAAAAA!!


 邪龍エボラァーションの咆哮が再度響き渡ると同時に、瘴気に包まれ、さらに一回り大きくなった龍がそこにいた。

 

「刺せ! 今だ、私を……刺し殺せ!!」


 取り込まれたと思った分身が邪龍エボラァーションの胸のあたりに露出し、叫んでいた。

 ユウヴィーはそれでもこの状況になっても諦めきれなかった。

 

「マックス! あなたはそれでいいの!? 本当にいいの!?」


「お前がマックスの名を呼ぶナァァァァァァ!!!!」


 ユウヴィーは邪龍エボラァーションとすんでの所で取り込まれていない聖龍エボラァーションを刺激してしまった。


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