46 実物検品
翌日、エリーレイドに呼び出され、サロンの個室にある机の上に置かれているネコミミカチューシャとネコシッポがあった。どちらも本物の毛皮ではなく布などを使って本物に近いように作られたものがおいてあった。物品そのものに目が言ってしまうユウヴィーだったが、呼び出しをしたエリーレイドの眼は座っていて、ユウヴィーをじぃと見ていた。腕を組み、指でトントンと自分の腕を叩きながら、ユウヴィーに圧をかけていた。
「これに見覚えは?」
冷めた口調で聞かれハッとするユウヴィーだったがもちろん身に覚えがあるわけもなく、前世では見た事はあるものの、現世ではないため、首を横にふるしかなかった。
「はじめて見ますね」
「あら、本当に? アライン殿下がユウヴィーのおかげだって私につけるように勧めてきたわ」
まるっきり表情を変えず、口元だけ動くエリーレイドはユウヴィーにとって底知れぬ怖さを感じさせていた。背中がびっしょりと汗をかくくらいのもので、ユウヴィーはこの場から逃げたいという思いに駆られていた。
「どうしましたの? 顔色が悪いけれど、どうぞお座りになって」
ユウヴィーは仕方なく席につき、どうしたものかと思案するものの心臓の鼓動が早まるだけで何も思いつかなかった。至極簡単に彼女は冷静さを失っていたのだった、理由としてはエリーレイドからの静かなる怒りを受けてというのもあったが、彼女はそのネコミミカチューシャとネコシッポをつけたのか、恐怖心と好奇心がせめぎ合っていたのだ。
「あ、あのつかぬことをお伺いしますが……装備されたのですか?」
部屋全体が冷えるような寒気がユウヴィーに襲う。使い魔のスナギモもビクつき、エリーレイドの使い魔は毛が逆立っていた。聞かれたエリーレイドの目はヒクヒクと動き、険しい表情へと変わっていった。
(大丈夫、いざとなったら光の魔法で自分を守ればなんとかなる)
抑えきれない好奇心は恐怖に打ち勝ち、冷静な判断ができないでいた。すでに脳内でネコミミカチューシャとネコシッポを装着してるエリーレイドの姿を想像していたのだ。
「くぅ……」
エリーレイドはみるみるうちに赤面していき、口を閉じているものの段々ととがらせていき、恥ずかしさを耐えるような表情へとなっていった。
(これは装備したなッ)
ユウヴィーは心の中で勝利の雄たけびを上げた。どういったシチュエーションでつけたのかはわからないが、語尾に「にゃ」とか「にゃん」と言ったりしたのだろうと想像し、にんまりと笑いながらエリーレイドの方を見るのだった。
「謀ったわね!」
「いやぁ、何のことやらぁ……具体的におっしゃって頂ければ判断できるのですが……」
チラッチラッとネコミミカチューシャとネコミミシッポをみて、ユウヴィーは期待するようにエリーレイドに視線を投げかけていた。それを彼女にとって喧嘩を売ってるという意味合いで捉えられていた。ユウヴィーにはそんなつもりはなく、ただの好奇心での行動だった。
暴走してるのも普段からのストレスが影響し、内面に溜め込んでいるものを解消しようと普段であったらしない言動に陥っているのだった。
そうとは知らずのエリーレイドはどうしてここまで強気なのか、もしかして自分と同じように盗聴といった類の魔法を使って見ているのかと疑念をちょっとだけ抱き、少しだけ弱気になってしまっていた。普段であれば、爵位を笠に着て、不敬な物言いについて咎め説教をする事をやってのけるはずだった。
「し、したわよ……語尾も……ねぇ、これで満足なの?」
エリーレイドはユウヴィーの視線に耐え切れず、羞恥を吐露した。その表情たるやツンデレが初めてデレた表情であり、同性と言えどもユウヴィーはキュンとし、胸が苦しくなる尊さを感じていた。
「てぇてぇ」
「ハッ!……ッ」
吐露してしまった事はなかった事に覆るわけでもなく、事実としてユウヴィーの記憶に刻まれた。
「その時のアライン殿下はどうだったのか詳しく!」
彼女の暴走はまだ止まらず、エリーレイドに詰め寄るような形でずいっと前のめりになっていた。エリーレイドは苦渋の表情を浮かべながらもユウヴィーが攻略対象者に対して今までにない反応を示す事にチャンスではと冷静さを取り戻し、事のあらましを彼女に伝える事になった。
その時のアラインの表情、仕草から何をさせられたのか、そういったことを伝えていくうちにユウヴィーの表情が前世で見たヲタク特有の表情になっていた。エリーレイドもまたヲタク特有の語りになっていたが、アラインの目に映っていたのは自分であることを思い出して、話を止めるのだった。
「え、どうしたの?」
尊さを感じられる話が中断され、困惑するユウヴィーは首を傾げ、眉を歯の字にし、口をとがらせていた。
「来年度は覚えてらっしゃい!」
羞恥を露わにしたエリーレイドは再度赤面し、ユウヴィーに対して捨てセリフを吐いて、サロンの個室から退出していった。使い魔のマーベラスがげんなりしながらも後ろに付き添っていった。
その捨てセリフは悪党が吐くものだった。ユウヴィーはクスッと小さく笑い、生死をかけているものの充実した学園生活を歩めていると感じたのだった。
サロンの個室から退出したその優雅な後ろ姿からは悪役令嬢としての正しい姿ってなんだっけと彼女は疑問に思ったのだった。
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