47.お詫び

その日、真理は奈菜と梨沙子と一緒にファミレスでお茶をして帰った。

勉強からも解放され、おしゃべりに花を咲かせる楽しい時間のはずだったのに、真理はどこか気が急いていた。


こんなところでのんびりしている場合ではないと、心の奥の方で叫んでいる声が聞こえる。


しかし、どうしても上手に切り出せない。

二人に何と言っていいか分からない。


先に帰るための良い言い訳が思い浮かばず、結局いつまでも二人のおしゃべりに付き合っていた。


やっと解放され、高田の家に急いで帰ると、既に夕飯の支度ができていた。

しかし、高田は帰っていなかった。


「今日、翔はお友達のお宅でお夕飯ご馳走になるんですって。ついさっき連絡があったの」


―――友達・・・。


真理は一瞬息が止まった。


(・・・違う・・・。友達じゃない・・・、花沢さんだ・・・)


真理は俯きかけたが、無理やり笑顔を作り、


「そうなんですね! もったいな~い! 今日はビーフシチューなのに! いい匂い~!」


食卓に駆け寄って、テーブルに並んだお皿に匂いを掻くように顔を近づけた。


「ホントよね~、翔が好きだから作ったのに。先に言ってくれれば明日にしたのにねぇ。真理ちゃんもお父さんも翔の分も食べちゃっていいからね!」


「おお! やったな、真理ちゃん! 翔の分は半分こだ!」


「ふふふ! ラッキーですね!」


楽しそうに親指を立てて笑う父親に、真理も同じく親指を立てる。


高田のいない三人で囲む食卓。

もちろん、三人だけの食事が嫌なわけではない。むしろ穏やかで心地いいと言ってもいい。


しかし、ここの家でのこの時間も、もうあと残り僅かだ。

既に約束の2か月間は終わっており、今週末にも両親が迎えに来る。


あと数回しかない貴重な食事の機会を、何故、高田は余所で過ごすのか。


(花沢さんとは、これからいつだって一緒に過ごせるじゃん・・・。私と過ごすのはもう終わっちゃうのに・・・)


真理は湧き上がってくる侘しさを必死で堪えた。

誤魔化すように、高田の両親に学校での出来事を話す。

すると今度は、話を楽しそうに聞いてくれる二人に対し、申し訳なさと寂しさが溢れ出した。


こんなにも良くしてくれる二人ともうお別れだ。

こんなにも良くしてくれているのに、二人の期待には応えられない。


自分も、そして彼らの息子も別の人を選んでいるのだから。


真理は背徳感に胸を押し潰されそうになりながらも、笑みとお喋りを絶やさず、食事を続けた。





高田は夜遅くに帰ってきた。

真理は高田が帰ってきた物音が聞こえたが、敢えて部屋から出ず、出迎えもしなかった。


深夜になってから―――今まで、二人で勉強していた時間帯になってから、真理はそっと高田の部屋に行くと、ドアをそっとノックした。


「・・・」


しかし、中から返事が無い。


時間が時間だけに、無視しているとは限らない。

テストも終わったことだし、勉強せずに寝ていてもおかしくない。


真理はもう一度ノックしようと、扉の前に手を向けたが、何故か叩くのは躊躇われた。


「はあ~・・・」


溜息を付いて、部屋に戻ろうとした時、カチャッとノブが回った。


「!」


真理が振り向くと同時に、高田が顔を出した。

嬉しくて頬が緩んだが、高田の顔は不機嫌そうだ。それを見て、真理はすぐに目じりを下げた。


「・・・何?」


高田は僅かに開けた隙間から顔を覗かせるだけだ。

出てきてくれないことに、無性に寂しさを覚える。

テスト勉強の間中、距離が戻っていただけに、改めて真理を寄せ付けないようにする空気に、思わず泣きそうになった。


「・・・あの、ごめんなさい・・・」


真理は俯いて、何とか声を出して謝った。


「・・・何が?」


頭上から高田の苛立った声が聞こえる。


「えっと、その・・・」


「まさか、順位のこと?」


「う・・・」


真理は言葉に詰まった。


「言っておくけど、中井さんのせいじゃない」


「でも・・・」


「謝られると、同情されてるよう腹が立つんだけど」


「・・・」


真理は顔を上げることができず、俯いたまま唇を噛んだ。


「じゃ、おやすみ」


高田はノブを引いて扉を閉めようとした。

真理は咄嗟に反対側のノブを掴み、それを阻止した。


「なんだよ?」


高田は相変わらず苛立っているようだ。

だが、真理はドアにしがみ付いた。


「同情じゃないわよ! だって、私のせいで高田君の勉強時間が減っちゃったんだもん! 私は成績上がったのに・・・」


「・・・へえ、上がったんだ?」


高田は少し驚いたように目を丸めた。

次の瞬間、顔がふっと和らいだ。しかし、すぐに顔を顰めるとプイっとそっぽを向いた。


「それは、良かったよ。じゃあ、おやすみ」


「だから、ちょっと待ってよ!」


「なんだよ! しつこいな!」


再び扉を閉めようとする高田に、真理は執拗に食い下がった。


「お詫びさせてよ! 本当なら1番だったでしょう?」


「お詫び?」


「そう!」


怪訝そうな顔をする高田に、真理は大きく頷いた。


「だって、本当なら高田君が1番だったでしょう? 津田君じゃなくって」


「・・・」


「やっぱり、私のせいだもの・・・。何かお詫びさせてよ・・・」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る