18.ミッション

1時限目の休み時間は、勇気が出ずに、特進科の棟に出向くことが出来なかった。


2時限目の休み時間も、臆してしまい、奈菜と梨沙子とのおしゃべりに逃げてしまった。


3時限目の休み時間。

ラストチャンスだ。もう後がない。行くしかない。


真理は、授業終盤から気合を入れ始め、終了のチャイムが鳴った途端、例の弁当ブツを持って教室を飛び出した。


真理は特進科の棟に入り、高田の教室付近に来ると、ある人物を探し始めた。


真理には特進科の知り合いは二人しかいない。

川田と津田だ。


しかし、間違っても川田には頼めない。

頼むことが、おしゃべりするチャンスになるとは言え、下手な誤解を与え兼ねない。

いや、絶対に与える。本末転倒だ。


よって、ターゲットは津田のみ。


そして、有難いことに、津田は人が良い。

きっと、彼なら弁当を手渡すことなど簡単に引き受けてくれるはずだ。


そう考えながら、キョロキョロと津田を探した。


(いた!!)


更に有難いことに、津田は太っているから探し易い。

難なくターゲットを見つけると、真理は駆け寄った。


「津田君!」


津田は驚いたようにビクッと体を揺らすと、声の主を探してキョロキョロした。


「あ、中井さん。どうしたの?」


駆け寄ってきた真理に、不思議そうに尋ねた。

だが、思い出したように、


「ああ、もしかして、川田君? 今日は来てるよ」


そう言って、教室の方を指差した。


「違うの! 今日は川田君じゃなくて、津田君に用事があって!」


「僕?」


「うん! ごめん、ちょっとこっち来て!」


真理は津田の腕のシャツを掴むと、教室から離れた廊下の隅に連れて行った。


そして周りを見渡し、人がほとんどいないことを確かめると、両手を前に合わせ、拝むように津田に頭を下げた。


「津田君! ごめんなさい! どうか助けると思ってお願いを聞いてもらえますか?」


「な、な、何? お、お願いって・・・。そんな大変そうな事なの?」


真理の態度に津田にオロオロした。

何やらとんでもない事を頼まれるのではないかと臆しているようだ。


「実は、これを高田君に渡して欲しくって」


真理は顔を上げると、手提げからブルーデニムの巾着袋を取り出した。


「え? 高田君・・・?」


「うん・・・」


津田は真理の持っている巾着袋を見た。

どうやら困惑しているようだ。


「・・・でも、それお弁当じゃない? だったら僕が渡すより、直接中井さんが渡した方がいいと思うけど・・・。せっかく作ったんでしょう? 高田君のために」


うわ~~! 完全に誤解された!

これだ! これを恐れていたから、直接渡せないのだ!


「違うの! 津田君! これには深ーい訳があって・・・」


「え?」


「これは確かに手作り弁当よ。でも私が作ったわけじゃなくて、作ったのは、高田君のお母様なの。でも、どうやら高田君が今日持って行くのを忘れたようで、お母様から頼まれたんだけどね。私、高田君と親しくないのね。じゃあなんで、高田君のお母様からお弁当を渡すことを頼まれたかというと、何故か、お母様とはお知り合いでね。でもね、高田君は人気者だから渡すのに誤解を生じ兼ねないでしょ? ほら、現に今、津田君だって勘違いしたでしょ? それは迷惑なのよ、困るのよ。高田ファン辺りに睨まれたら面倒でしょ?」


真理は一気に捲し立てた。

津田は目をパチパチさせながら聞いている。


「だから、お願い、津田君! 私を助けると思って!」


「・・・そっか。なら仕方ないね・・・」


津田は困ったように呟いた。


「ありがとう! 津田君! 恩に着ます!!」


真理は津田に巾着袋を差し出した。

だが、津田は困った顔をしたまま躊躇している。なかなか受け取ってくれない。


「えっと・・・、津田君?」


真理は首を傾げた。


「あ、ご、ごめん・・・」


津田はやっと弁当を受け取った。


「ありがとう! ありがとう!! じゃあね! 津田君!」


真理はもう一度深々と頭を下げると、手を振って走り出した。

すぐにでも、特進科から逃げ出したい。

ここで川田に会って、なぜ特進科にいるのかと不審がられるのも嫌だし、何より会いたくない人物がいる。


高田だけじゃない。


花沢楓。


彼女の姿を見たくなかった。

その姿を見たら、きっと自分と比べてしまい、みじめな気持ちになるに決まっている。

だから、彼女が視野に入る前にここ場から離れたい。


真理は特進科の廊下を猛ダッシュで走って行った。

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