065 「鳳ホテル(2)」
鳳ホテルの収容人数は、この当時としては破格の600人と、帝国ホテルの約二倍。床面積は約7万平方メートルで、帝国ホテルの2倍以上もある。
詳しく調べていないけど、規模の点では帝都一、多分日本一大きなホテルだ。だからこの時代の日本の表現としてありがちな『東洋一』という宣伝文句を使う予定だ。
そしてこの計画で色々知ってから思ったけど、これだけでかいホテルがこの時代に作れたものだと我ながら呆れた。
とはいえ、すぐに部屋は埋まらないだろうから、まあ先行投資だ。
外装、内装共に豪華にしてエレベーター、全館冷房、セントラルヒーティングなど諸々の最新設備を組み込みつつも、外観はネオルネサンス様式。銀座にあるあの時計塔なんかも同じ様式だけど、ヨーロッパの近代建築のスタンダードでもある。
まあ、あれができるの4年後だけど。
最初は、帝国ホテルに対抗して同じロイドさんを設計者に指名しようという話もあったけど、流石に当てつけじゃないかとオーソドックスにまとめられた。
もっとも、外装、彫刻などにはかなり金をかけてあるので、見た目はかなり豪華に見える。3階吹き抜けの巨大な玄関ロビーも、途中で予算を追加して豪華なシャンデリアを釣り下げ大理石をふんだんに用いるなど贅を凝らしてある。
館内設備も充実して、昭和中期から後期のシティホテルにも匹敵するだけのものを組み込んだ。
豪華なレストランやバー、ラウンジは当然として、一階にはビクトリア様式の喫茶もあり私好みのメイド達が給仕をする。これでようやく、カチューシャ装備のメイドの実装だ。
レストランも1つではなく、地上1階にレストラン街を形成させて、一般客も入れるようになっている。この辺りは官庁街や陸軍の中心なので、上客には事欠かない筈だ。
最上階の展望レストランも当然完備だ。
レストランは和洋中を揃え、さらにビュッフェ形式のレストランも用意した。多分日本で初めてになるので、レストラン名も「バイキング」としてある。これで歴史再現は完璧だ。
日本でのビュッフェはバイキングと呼んでくれる事だろう。
ただ帝国ホテルに先んじたのは、私個人としては少し申し訳ない気がしないでもない。
あと私の趣味で、イタリア料理レストランも作ってもらった。しかしこの時代の日本に、イタリア人は殆どいない。租界のある大陸の上海の方が多いくらいだ。
仕方ないので、イタリア人シェフをお雇い外国人として数名来日してもらい、日本人シェフ達に2年かけてみっちり教え込んでもらった。
ついでに、うちの調理人にも教えてもらったので、イタリア料理が我が家のメニューに加わったりもした。
他にも大規模会議にも使える大宴会場、結婚式会場、各種会議室、サウナや露天風呂なども設置された大浴場、室内プール付きジムなど盛りだくさんだ。
また立地上で少し不利なので、東京駅などとハイヤー、送迎バスで常時結んである。その一環のお遊び要素として、豪華な馬車による送迎も用意したのだけれど、これが意外に好評でその後鳳ホテルの名物にもなった。
また一方では、道路を挟んだ反対側のかなりも鳳の土地だったので、そこも一部買収&区画整理した上で、巨大化した鳳グループの実質的な司令部となる鳳ビルヂングを建設。
こちらもほぼ同規模の巨大さを誇る、異常なほどの耐震構造を取り入れた重厚なビルとして建設中。こちら着工がホテルより半年ほど遅れているし、中はホテル以上に色々とヤバいものも含めて組み込むので30年春に完成予定だ。
建造物の規模自体は、丸の内にある当時日本一の規模を誇る三菱の丸の内ビルヂングに匹敵し、4000名が働けるようにできている。当然だけど、鳳財閥、鈴木財閥が多く入る予定だ。
そして完成した暁には二つの建物の3階を道路を挟んで空中廊下で繋ぎ、二つを合わせて私の命名で『鳳ツインビル』という呼び名も既に決まっている。
この空中廊下の認可を取るのが、意外に大変だったらしい。思いつきで変な事は言うものではない。
なお、民衆やマスコミが付けた『鳳ツインビル』のあだ名は『鳳要塞』や『鳳城』、もしくは『鳳御殿』だった。また、鳳を嫌う財閥など諸々は、ストレートに『成金ビル』と呼んだそうだ。
あとついでに言えば、政府や軍の施設が近くにあるので『鳳司令部』と言われたりした。私としては、この『鳳司令部』が一番しっくりくるのが、なかなかに皮肉が効いていると思う。
更に言えば、5年ほど前に出来た三菱の丸の内ビルヂングは完成当時『東洋一』と呼ばれたけど、この鳳のホテル、ビル共にどちらも単体で丸の内ビルヂングより少し大きく、『東洋一』の座を奪っている。
まさに、俄かに成金となった鳳の象徴だ。
「できたわねー」
「はい、お嬢様」
「いや、もうちょっとリアクションしてよ」
「……大きく豪華な建物で、どこかの国の宮殿のようです」
「うん。模範解答ありがとう」
「恐れ入ります」
「はいはい。じゃあ、中に入りましょう」
メイドのシズとの、いつものやり取りをしてから館内に入る。
開業直前の関係者へのお披露目すら翌日に控えているが、今日はホテル従業員や出入りする業者以外はいない。
お披露目式典では花束贈呈を瑤子ちゃんと一緒にする事になっているので、その下見という建前で来ている。
そして中に入ったのだが、私も唖然とした。斜め後ろでは、流石のシズも呆然としている。
天井は高く奥行きも広く、空間自体が贅沢に出来ている。正面の大階段も、何かでよく見る宮殿のような趣だ。
関東大震災後すぐの耐震建築になるので壁や柱がやたらと丈夫で太いけど、それが良い方向で趣をもたせている。
ベルサイユ宮殿や迎賓館とまではいかないけど、とんでもない豪華さだ。成金らしく、美術館に置くような絵画や伊万里の大壺とかも、かなり無造作に置いてある。
そう言えば、アメリカの株式市場を乗り切ってとんでもない金持ちになったら、鳳として新しく美術館の一つくらい作らないとダメだろう。
ただ、宮殿のような豪華なホテルに、一つだけ心残りがある。
「本当は、ここの最上階を鳳のお屋敷にしたかったんだけどね」
「最上階にですか?」
「そうよ。空を独り占めにできるわよ」
「確かに周りにここまで高い建物はありませんね」
「周りどころか、今の日本だと一番の高層建築よ。流石にアメリカとじゃあ、比較にもならないけどね」
「これほどでも摩天楼ではないんですね」
「摩天楼を日本で作るのは、2、30年先の話になるでしょうね」
「そうですか。では、鳳の総帥になられてから、お嬢様がお作りになるのですか?」
「えっ?」
シズの言葉は、私にとって少し意外だった。
かなり間抜け面を晒しているのだろう、シズが不思議そうな表情と怪訝な表情を混ぜたような表情で見返してくる。
よく考えれば、悪役令嬢としての破滅を回避する事、鳳一族と財閥の破滅を回避する事、さらには日本自体の破滅を回避する事を私は目標にして生きている。
けど、その先について考えた事がなかった。
そしてなんとなく言ったのであろうシズの言葉は、私にとっては意外であると同時に福音であり天の声だった。
だから一度小さく頷くと、自然と笑みが漏れる。
「……そう、そうね。もっと早く帝都に摩天楼を作るわよ!」
「はい。赴くままになされるのが宜しいかと」
そう言ってシズは、いつも通り私に静かに一礼する。
一応は歴史再現のためのホテルとして、そして成金趣味ででかいホテルを作ってみたが、このホテルを作ったのは大正解だった。
私にも未来があると、シズが教えてくれたからだ。
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