054 「側近団編成開始」

 今年の四月は多忙だった。

 午前中は小学生、午後は諸々の習い事。夜と休日は財閥一族もしくは「夢見の巫女」としてのお仕事。

 遊ぶ暇も悪役令嬢として我儘している暇もない。


 中身が前世の私で幼児的な遊びはいらないと言っても、幼児の体は相当ストレスを溜めている。だからこそ、小学生としての時間は癒しの時間だ。

 小学生以上の勉強や華族としての習い事は午後に屋敷でするから、午前中からお昼ご飯にかけての時間は、私にとってレクリエーションであり、全てが休憩時間に等しい。

 言ってて少し悲しくなるが、それが現実だった。


 しかし4月の特に前半は、二つのビックイベントがある。一つは私の誕生日。そして誕生日会。

 もう一つは新入生の入学。そう、瑤子ちゃんと虎士郎くんも、無事飛び級して小学一年生になった。

 

 一方で世の中は、私の前世の記憶の中の歴史のように、「昭和金融恐慌」が起きていない。裏面が白紙のお札が刷られたりもしていない。

 大陸でも事態は沈静化しつつある。もっとも、国民党がオウンゴール状態なので、北では張作霖が調子に乗り始めているが、それは私が関わる事ではない。


 だから全力で幼児を満喫する。いや、させて欲しい。かなりマジで。けど、目の前のパラダイスを前にすると、なんか色々どうでも良くなっていた。



「か、か、か、可愛すぎるっ!!」


「ありがとう。玲子ちゃん!」


「いや、前に衣装合わせして見てるだろ」


「玄太郎くんのバカ。この時、この場所だからこその価値が分からないなんて、バカの三乗くらいバカね」


「玄太郎がどれくらいバカかはともかく、玲子に全面的に賛成だ。素敵だぞ瑤子。それと、改めて入学おめでとう!」


「ありがとう、お兄様。けどもう10回以上聞いたよ」


「目出度い事だから、何回言っても良いのよ。おめでとう瑤子ちゃん!」


 私の相槌に、龍一くんが我が意を得たりと何度も頷いている。瑤子ちゃんの事に関してだけは、龍一くんとの間に魂の繋がりすら感じる。


「ありがとう、玲子ちゃん」


「あのー、ボクも居るんだけど?」


「ええ、もちろん虎士郎くんもちょー可愛いわ。まさに天使。いや、天使以上ね。もう、ずっとそのまま成長しないで欲しいくらい」


「アハハハ、それは流石に無理かなぁ」


 私の素晴らしすぎる提案だったが、さすがの虎士郎くんも時間には勝てないらしい。残念。


「……お前ら仲良んだな」


 鳳の子供達が集まる実質私のハーレムで戯れている中に、異分子が一人紛れ込んでいた。だから私は瑤子ちゃんに抱きついてホッペをすり寄せつつも、ジト目で見てやる。


「どーして山崎様がいらっしゃるの?」


「親しい学友の弟、妹が入学するんだ。祝うのが当然じゃないか。だが虎士郎、どうして鳳に? 学習院じゃなくて良かったのか?」


 ドヤ顔を私に見せ付けた後、すぐに虎士郎くんへ少し気遣うような表情を向ける。さすが単なる俺様キャラじゃなくて、上に立つ者の気配りがある。


「うん。面倒臭いのはお兄ちゃんに任せて、ボクは音楽と絵をするんだ」


「なるほど。自分で選んだのなら、悔いのないようにな」


「うん。大好きだから大丈夫」


 勝次郎くんの如何にも俺様チックな評価も嫌いじゃないけど、それに素直に答えられる天然な虎士郎くんも大物の風格ありに思えてしまう。

 そして話している通り、虎士郎くんも鳳学園に入学だ。

 これで学習院は山崎家御曹司の勝次郎くんと、鳳の玄太郎くん、龍一くん。鳳学園は、私、瑤子ちゃん、虎士郎くんと3人ずつに別れた事になる。


 けど、中等学校になると男女別学なので、虎士郎くんとは5年間の付き合いしか出来ない。それでも私の癒し時間となる学校で、気心の知れる人達と一緒になれるのは凄く嬉しい。

 学習院組のうち鳳の子供達とは午後の屋敷での学習で一緒になれるけど、勝次郎くんとはなかなか会えないだろう。

 そう思うと、自然と言葉が出た。


「ねえ、勝次郎くん。11日に私のお誕生日会するんだけど、来ない?」


「お誕生日会? 確かキリスト教徒の風習だったか?」


「よくご存知で。けどね、宗教とか関係なしにお誕生日会をするのは自然な事なのよ。何しろ自分の生まれた日を祝うんだから」


「うん、確かに玲子の言う通りだな。是非お邪魔させてもらおう。で、何か仕来りとかあるか?」


 私の言葉に数秒考えた勝次郎くんは、破顔してとびきりの笑顔を向けてくれた。思わず鼓動が高まってしまう。

 私はそれを相手に気取られないよう返答するけど、多分少し早口になっていた。


「祝われる側はお誕生日会の準備。お腹空かせてきてね。招待される側は、お誕生日の贈り物の用意。あと、できればおめかしして来る事」


「心得た。だが、呼ばれるだけでは礼を逸するな。俺の誕生日会もいずれ開くので、是非出席してくれ。全員な」


「喜んで!」


 流石は万能の俺様キャラ。何も言わなくても全部心得ていた。


(これで、あと一人を呼べれば、ゲームの情景再現になるんだろうなあ)


 と思っていた、新学年早々の事だった。




「はーい、静かに。これから新しくみんなの学友になるお友達を紹介します。はい、入ってきて下さい」


 担任の先生がそう言うと、教室の扉を開けて一人の男の子が入ってきた。

 服装は私、と言うより鳳の男の子達と同じ。私が衣装をみんなで揃えたので、鳳家に関わるものにも支給したらしいので、この子も鳳家に仕える予定の子だ。

 そして私はその子を既に知っていた。去年の園遊会で会場に潜入した涼宮(すずみや)輝男(てるお)くんだ。

 先生に問われた名乗り以外に特に話す事もなく、無口キャラなのは変わらず。しかし明らかに知性的になっていた。

 去年は教育を全く受けていない子供そのものだったが、この約一年の間にどこかでしっかり教育を受けてきたようだ。歩き方などの動きと仕草も洗練されている。


(ますますゲームのキャラそっくりになってきたわね。って、そりゃあ当人だから当たり前か)


 輝男の横顔を眺めながらそんな事を思っていると、本日はすぐにおしまい。何しろ今日は始業式。授業は明日からだ。

 だからさっさと帰りたいところだが、悪役令嬢、もとい伯爵令嬢である私はそうはいかない。

 輝男くんが転入してきたように、私の「側近団」候補の子供達が「挨拶」などに寄ってくる予定だからだ。

 それでも10歳までは、「側近」中の「幹部」で筆頭となるシズの直轄で私に仕える予定の子供だけなので数は知れている。

 護衛候補の担当は男女一人。うち一人は、まあゲーム設定から考えても輝男くんだろう。あとは、当面は私の学園生活中のブレーンとなる子だ。

 そして輝男くん以外は女子だけど、私が女だと言う以外にそれなりの理由がある。


 結論から言うと、鳳は家も財閥も女子を抱えるのに熱心だからだ。

 それは、男子は様々な出世先があるので優秀な人材の確保が難しいけど、女子は家庭に入るのが当たり前の時代なので、優秀な人材さえ見つければ確保が難しくないからだ。

 鳳の大学も病院も、学者や医者から末端まで女子だらけとすら言われる。実際は3割程度らしいけど、女子が多いせいで世間では鳳は三流以下と良く言われている。

 そう言う時代と言ってしまえばそれまでで、鳳としても優秀な男子を軍人、中央官僚、大財閥に取られてしまうので、仕方なしと言う一面があったりする。鳳は所詮マイナーだ。


 なお余談になるが、紅龍先生が鳳病院や大学で浮いているのも、これが一番の原因な気がしてならない。



「玲子様、これからのご予定は?」


 まだ少し慣れない調子ながら大人びた言葉遣いなのは、私の学園内での護衛担当の女子。名前は七美(しずみ)光子(みつこ)。通称みっちゃん。

 私のたっての願いでポニーテールにしている。ゲーム上でそうだし、剣道少女のお約束だと私が思うからだ。けどまだ髪が短いので、頭の上にちょこんとだけポニーが出来ていて、それはそれで可愛い。

 下の名前はこの時代の平凡なネーミングなのだけど、苗字は架空苗字や創作苗字、もしくは幽霊苗字から取られている。これはこのゲームで時折見られるが、特に悪役令嬢の取り巻きに多い。

 存在しない苗字を付ける事に、何らかの意義を感じていたのだろう。何だか、ゲーム開発者の意図を感じなくもない。


「お嬢は、今日はもう帰るだけだよ、ミツ」


 ミツと呼ばれた護衛役に、子供言葉でもなく、少しぞんざいに話しかけるのが皇至道(すめらぎ)芳子(よしこ)。私はお芳ちゃんと呼ぶ。この子も存在しない苗字シリーズな子。当然ゲーム登場キャラ。

 そしてゲーム通りアルビノなので、白銀の髪、白すぎる肌、薄い色の目の持ち主。そして天才。


 アルビノは日本人の1万7000人に1人だというのに、その上偏差値100を取れてしまうレベルの天才児という設定だ。もう、どんだけレアキャラだよって突っ込みたくなる。

 アルビノながら体は特に悪いところはないけど、目が日光に弱いので屋外ではサングラス常備。眼鏡っ娘と言えなくもない。

 そしてアルビノのせいで親、一族からは捨てられているので、鳳一族が保護していて寄宿舎に住んでいる。

 もっとも、寄宿舎住まいは輝男くんもみっちゃんも同じだ。


「任務、ないのか?」


 一歩遅れてないが、二人の発言のあとで口を開くのは攻略対象の一人である輝男くん。

 無口なのは相変わらずのようだ。


「お久しぶり輝男くん。かなり仕込まれてきたみたいね」


「はい。覚えた分だけ評価されるから」


 この即物的姿勢も相変わらずだ。だからこそ鳳の為なら何でもするキャラに育ち、ゲーム上では鳳に害をなす私、というか悪役令嬢を排除する行動にすら出る事もある。


「じゃあ、当面は勉強とか頑張って」


「命令?」


 ジーっと見てくる。今の輝男くんに、私からの軽々しい言葉はダメらしい。

 何しろ私は鳳の人間で、輝男くんの仕える対象候補だ。


「命令じゃなくて、お願い。強くなって私を守って」


「……分かりました。オレも強くなる為努力したい、と思います」


「じゃあ努力なさい」


「はい」


 私の少しお嬢様な言葉遣いに、言葉は足りないが恭しい一礼。しかしまだ洗練されていない。

 そんな私と輝男くんのやり取りを、二人が見ている。

 特に短いポニーテールのみっちゃんの視線が強い。


「みっちゃんも同じよ。今は私を守るより自分を磨いてね」


「み、みっちゃん? あ、いえ、ハイ、分かりました! お任せください!」


「よろしくね」


「……お嬢、私は?」


 白銀キャラが、なんか私より偉そうなポーズで隣に腰掛けている。サングラスを少し下げた先の赤みがかった薄い瞳が幻想的ですらある。

 そして恐らく私を値踏みしている。


「そうね、取り敢えず色んな知識蓄めといて。私、もうパンクしそうなのよ」


「まあ、だいたい知ってる。今はいいの?」


「学校では出来るだけ俗世の事は考えたくないから、お芳ちゃんが屋敷に出入り出来るようになってからが本番と思っておいて」


「じゃあ10歳からね。……執行猶予は4年か」


(うわっ、執行猶予とか言ったよ、この子。それより)


「アレ、私より年下なの?」


「そうよ。私むっちゅー。いや、まだ5歳か」


 わざとらしい幼児言葉と共に両手で指6本を立てるが、すぐに1本引っ込める。「むっちゅー」の声と仕草が年相応に可愛い。

 けど、体は幼女、中身は大人なキャラだ。


「おつむはプラス10歳って感じね」


「もう5歳は足して欲しい」


「オーケー。帝大首席くらいって思っとく。それと期待してる」


「ハーバードくらいって言って欲しいけど、ハーバードはよく知らないからそれでいいか。期待には応えるよ。それしか道はないし」


「道が一つなのは私と同じね。ま、随分違う道だけど」


「確かに」


 年齢と外見に似合わず、異常なほど大人びている。

 本当の神童というやつなんだろうけど、外見でも苦労してきたのが伺える。そしてなんだか、当面だけかもしれないが話しやすい相手なのがよく分かった。

 この子も悪役キャラなのだと、私の魂が告げている。

 そしてシズとこの3人が、当面の私の側近だ。


 いずれ来るゲーム開始の年までに、しっかり側近団を編成しておきたいものだ。

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