第107話 アンハッピーニューイヤー
戦地へ赴く車内。渋滞とすれ違う高速道路。窓を開けていないのにレーザーを発射する轟音が耳をつんざいている。
左右に並んでいたビル群を過ぎると、球体を遠目に視界に収めることができた。こんなに距離があるというのに、バカみたいなデカさだ。
誰かを穿つ度発される閃光が、周囲で羽ばたく異形の群れを照らしている。
とんでもない数だが、援軍が来るまで俺達で耐えるしかない。あんなものを放っておいて新年など迎えられるか。
車道の真ん中に急ブレーキで停まった車から跳ぶように下りると、ようやく眼前に広がる惨状を満足に見渡すことができた。
散らばった手足、どこのものかも知れない臓器の破片。死が打ち上げられる血の海。
しかしその上を悠々と暴れ回っているのは、ミ=ゴの群れだけではなかった。
刃物、銃器などで武装した子供たち。血に染まった白い制服から何者なのかはすぐに理解できた。
民間人に対し黙々と殺戮を繰り広げる者もいれば、じっくりといたぶり苦しむ様を楽しむ者もいる。行動でありありと示される目的はただ一つ、鏖殺だ。
ミ=ゴだけならどうにかなったものを、これじゃ話がまるで変わってくる。あいつらの持つ殺しに関しての実力は本物だ。
まともにやりあったんじゃ負ける。警察や自衛隊なんかが相手であれば、の話だがな。
「...行こう。」
臨戦態勢。機械の月の下、真正面から突貫する三つの刃が煌めく。激しくかち合うが、こいつら明らかに成長している。
見覚えのある顔も混ざっていた。過去に稽古をつけたことがあるヤツも。
だが甘い。どいつもこいつも、動きがただ洗練されているというだけでなにかが足りない。
異形、同族。織り交ぜられ迫り来る攻撃のことごとくをかわし、いなし、斬り捨てていく。
罪悪感などなかった。あの時だって俺は、こいつらを仲間だなんて思っちゃいなかった。
ただのビジネスライク。共に仕事をこなすために利用し合うだけの存在。
ファーザーのためだなんだと喜び勇んで来たってところだろうが、残念だったな。命を刈り取るっていうのはお前らの専売特許じゃない。
信念もクソもない人殺しが、ただ淡々と殺すだけの操り人形が。自ら"死神"となる覚悟を抱く人間に負けるはずがねえだろうが。
「オォォアアアア....ッ!!」
今まさに立ち、激戦を展開しているこの場所でさえ、氷山の一角に過ぎないのだろう。
有り余る殺意と実力で、敵を抑え込む。攻勢が弱まってきた頃、俺達は更に進もうと刀の血を振り払って走り始めた。
だが、無表情な月は行く手を阻む。模様が再び発光、複数のレーザーをこちらに発射した。
「ヤバいッ、避けろ!!」
すんでのところで飛び退くと、着弾点の血溜まりが弾ける。蒸発した血液が強烈な鉄の臭いを放った。
そのままビルの陰になった場所へ移動する。こちらを常に狙ってくるあの球体が存在している以上、下手に動き回ることはできない。
どうにかしてあの球体を止めないと。だが妙なことにミ=ゴは
「木知屋の野郎...ミ=ゴと手ェ組んでやがるのか。だとしたら動かし方を知ってるのはアイツしかいねぇな...!」
「...二人とも、俺は木知屋を探す。アイツの時間停止魔術に対抗できるのは俺だけだ。」
「そっちは出来るだけアレの陰になる場所を維持しつつ、敵を狩る...できるか?」
「誰に口利いてんねん、睦月。こちとらさっきから身体が疼いて堪らんわ!」
「ウチらに任して。睦月くんが片を付けなアカン相手やろ、木知屋は。」
「.....恩に着る。」
物陰から飛び出し、もう一度敵と相対しようとしたが、こちらに向かってくる人物は一人だけしかいなかった。
口笛を吹きヘラヘラとニヒルに笑う顔。夜風に靡き光を透かす白髪。仰々しくリボルバーの銃身を肩に担いでいる。
「お、早い。久しぶり。てかその二人誰?」
「知る必要ねェよ...これからバラバラにされるテメエが。」
「相変わらず怖え~。まさかとは思うけどお三方さ、銃に刀で勝てると思っちゃってる?」
麗は嘲笑し、黒光りする銃口をこちらに向ける。100mも離れていないこの距離なら三人でジグザグに走り突っ込めばなんとかなりそうな気もするが、麗の射撃の腕は人外の域。
頭を順番に撃ち抜かれる可能性が全くないと言い切れないのが恐ろしいところだ。
そんなこともつゆ知らず、真っ先に飛び出したのは吉峰だった。サイドステップを混ぜて銃撃を警戒しながら距離を詰める。
「うわマジで来た!ウケる。」
「ほ~ら右脚いくぜッ!避けてみろ!」
闇夜に轟く銃声、弾丸は宣言通り吉峰の右大腿部を貫いていた。位置を教え、誘発させた回避に合わせ的の位置をずらして。
何重にも裏の裏をかいた上での、一瞬の駆け引きだったのかもしれない。そうだとしても吉峰はそれに敗北した。
踏み切った体勢のままがくんと勢いを失い、行き場を失った身体は水音を立てながら血溜まりの上を転がる。
痛みに呻き、下がった吉峰の頭に麗は容赦なく第二射を叩き込もうと撃鉄を起こした。まだ彼我の距離は離れている。
「弾もったいね~。ま、残り四発でも全然いけるんだけどね?」
「俺、正直な人は好きだぜ、おねーさん。いつも俺を侮って突っ込んできて、こうやって馬鹿を見るから面白え!」
引き金にかけた指がわずかに動いたその時、乾が雄叫びを上げ凄まじい瞬発力で地面を蹴った。さらに同時に振り上げる刀は、血を掬い上げ飛沫を作り麗へ飛んでいく。
拳銃を構え直す麗の眼に、雫が当たる。だが片眼を押さえながらも発射された。真正面からの反撃だ、かわすことは難しい。
しかし、それが乾へ当たることはなかった。射撃と同時に水平に振られた刀は顔の手前で火花を散らし、真っ二つになった銃弾がアスファルトの上に落ちる。
空中で、弾を斬りやがった。驚愕する麗に乾はさらに攻撃を畳み掛ける。
「マジかよォ....!?」
「計算が狂ったようやなぁアッ!!」
一歩一歩、疾走する靴が血溜まりを打つ度に飛沫が跳ねて王冠を作る。その覇気にたじろぎ、次々と無駄弾を消費する麗。
無駄弾と言えど、麗の腕ならば有効打になりうるところへは飛んでいるだろう。すべて斬り落とされている点を除けば。
「なんでんな事できんだ!?人間じゃ...!」
「正確すぎるのも考えもん。お前の動きを読めば弾道を予測する程度、容易いんやでェ!!」
至近距離まで近づき、刀を首へ薙ごうとするがまたもや球体が発光。放たれるレーザーに反応し乾はバク転で避けた。
半身で立ち、麗を睨み付ける横顔。本気でキレている。
動きも素早いなんてもんじゃない。俺が稽古の時に見てきたのは全て嘘だったのかと思わせられるくらいに。
乾が負傷した吉峰を抱え素早く物陰に移動させている間、俺は
もう二度と撃たせるか。しかし、麗の後方に見えるビルの屋上に小さな光が現れた。
まずい。あれはスコープの反射だ。奴等
遠くから響いた銃声に思わず飛び退こうとするが、届いた弾丸が食い込んだのは俺の足元。その隙に弾を込め終わった麗は、誰かに繋いだ耳のイヤホンに指を添えた。
「あーあー、"引き返せ"だってさ。今のは威嚇射撃。次は頭を撃つって言ってるよ。」
「俺の手柄にしようと思ったのに、間に合わなかったか~。つーか刀で弾斬られるなんて思ってねーし!ずりィし!」
「.....誰だ、そいつは。」
「
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