第103話 緊急招集

『もしもし?』

『....お前からかけてくるってこたァまさか...』


「...バレたよ。速攻ボロが出た。」

「でも今電話したのはそれじゃ...いや、それもあるといえばあるか...」

「乾の奴が、今夜忘年会やるって言ってるんだけどさ...来るか?」


『忘年会、ってお前...喪中なんだぜ...?』


 そりゃそうだ。至極真っ当な答えだ。普通だったらこういう催し物は避ける時期。

 それでもダメ元で電話してしまった。乾の突飛な行動に振り回されたせいもあるが、少し興味が出てきてしまったというのが本音。

 さらに俺の心の荒み具合。表に出てしまう程度には深刻化しているらしい。その気休めにはなってくれそうだと思った。


 このまま事務所へ戻り、現在の張り詰めた気持ちを保ったままこれからの戦いに臨むことも考えた。

 しかしそれでは俺の脆くなった精神がどこまで持つかわからない。

 尋常ならざる力を身に宿しているとはいえ、俺を一人の人間として認めてくれる相手がいるなら、人間性を全て捨てるにはまだ早い。

 休息は必要だ。いつ襲い来るかわからない脅威となる存在に立ち向かい続けるのは、人間であればひどく疲れる。俺だってそうだ。


 ここで断られたとしてもそれはそれでいい。今は喪中で、無念の中死んでいった家族を悼むための期間であることは変わらない。

 俺が、この忘年会を次なる戦いへのバネとすることに決めた。悲しみもなにもかも引っくるめてこの年に置いていく。

 "不破 睦月"として、果たすべき責務は捨てずに背負ったまま。


『まあ...いいか。行くよ。』

『あいつらも、湿っぽいのは嫌いだ。パーッと飲んで、笑ってるとこ見せてやるか。』


「....悪い。」


『......気にすんな。で、場所は?どこか店でも予約したのか?』


「吉峰さんの家でやるらしい。今から酒やら買い出しに行く。」


『あいよ。なら、俺もなんか持っていこう。』

『それじゃあ後でな。』


 通話を切り、再び電話帳を開いて新たに誘う人物を探す手を俺は止めた。橘が来てくれただけでも御の字、これ以上数を増やしても迷惑がかかるだけだ。

 安堵の溜め息をつき、スマホをポケットに突っ込む。そしてとっくにベージュのファーコートを羽織っていた吉峰へ向き直る。


「橘課長、なんて言うてたん?」


「後から来てくれるそうです。」


「ホンマ?なら早いとこ買い出し済まそか。」

「タケは.....ま、どこ行ったかわからへんけどその内戻ってくるやろ。」


 予測不能な一抹の不安を残して、俺達は家を出て近場のスーパーへ向かう。距離が距離のため無論移動は徒歩である。

 路地を歩き、交互に吐き出される白い息が冬空に消える。もう随分と冷える季節になった、このコートがより手放せなくなるな。


 入店すると、吉峰はすぐに酒のコーナーへ歩いていく。俺は荷物係として着いてきただけ。

 なにも言わずカゴへ放り込まれていく大量の缶や瓶をただ見ている。口は挟まない。

 次につまみ類、刺身やオードブル。いつの間にやらカートは二台目へ。

 二人で持ち帰れるかどうかよりもかかる値段の方が心配になってくる量だ。


 積みに積んだ大量の食品。会計を済ませるのにかなり時間がかかった。

 中身をビニール袋に詰めるが、改めて出来上がってしまったその8という数に愕然とする。明らかに人数に合ってない。こんなに買う必要ないだろう。

 買い溜めする癖でもあるのか、商品に目移りする度にポンポンとカゴに入れていた。あまりにも躊躇いがないため、止めるような気も途中で失せた。


「うっ、えッ....?」


 両手に二袋ずつ。計四袋を持ち上げるとずっしりと絞られたビニールの持ち手が掌に強く食い込む。マジでこれ家まで持っていくの?

 元より最低でも過半数は俺が運ぼうと覚悟していたが、流石にキャパオーバーなので半分ずつ。しかし吉峰は流石の怪力でなんの苦もなく持っている様子である。

 道中、吉峰は笑いながらこちらに話しかける。申し訳ないがあまり余裕はない、せいぜい軽い生返事が限界だった。


「睦月くん、汗。凄いで?」

「やっぱウチが持ったろか?」


「い、いや...そういうわけには...ッ。」


「カッコええトコ見してや~?ふふっ。」


 めちゃくちゃ重いというのに涼しい顔でいられる。そっちの方がカッコよく見えるのは、多分気のせいじゃないんだろうな。

 さっさとこれを下ろしたい一心で足を早め、玄関になってやっと手を離すことができた。じんわりと手に血が戻ってきた感覚を味わっていると、居間から届く話し声が耳に入る。


 その聞き覚えのある声に、先刻まで俺の手を苛んでいた重さにも構わず再び袋を拾いながら靴を脱ぎ捨てる。

 そのまま居間へ滑り込むと、いつの間にか戻ってきていた乾は座布団に座り、テーブルの向かいになぜかいる宗谷兄妹と話していた。

 蓮は頬杖をつき面倒くさそうな表情をしながらも耳を傾けている。一方盛夏はその隣で落ち着かなさそうにキョロキョロと部屋を見渡す。


「...お前らここで何してんだよ...?」


「お前おせッ......なんだ、その荷物。」


「酒やら、食い物やら、色々だけど...つーか、そこはいいんだよ別に。」

「呼んでもねェのになんで居るって聞いて...」


「俺が呼んだんや!」


「テメェさァ....」


 乾の話によれば、蓮はなんと高校時代の後輩らしい。折角だから呼んだ、と言うが無理矢理家から連れ出されたようだ。

 盛夏は付き添い。俺の様子を見に来たついでに晩飯をごちそうになるつもりだという。

 だが生憎今日は手料理が振る舞われることはない。目の前のバカによる急な開催であったためスーパーの惣菜が主体になる。


「まぁ...ですよね。仕方ないと思います。」


 その旨を伝えても、盛夏ががっかりするような様子はなかった。

 乾がどんなテンションで宗谷家へ押し掛けたのかは知らないが、あまりにも準備をする時間が俺達になかったことは理解しているようだ。

 俺は溜め息をつきキッチンへ向かい、袋に入った大量の酒を冷蔵庫にブチ込んでいく。どれだけ飲むつもりなのだろうか、総量を考えるのも最早億劫だ。


「初めてましてやね~!蓮くんの妹ちゃんなんやろ?大人しくてカワイイわぁ~!」


「あっ、あはは...」


「ほっぺぷにぷにや~ん!」


 盛夏がここに来たのは初めてのようで、初対面であろう吉峰は荷物も放っぽって早くもはしゃいでいた。黄色い歓声を浴びせながら満面の笑みで頭や顔を撫で回している。

 ようやく缶を中にびっしりと並べ終え居間を見れば、テーブル一面に買ってきた食べ物を広げ始めている頃だった。

 まだ橘も到着していないのに、随分と気が早いな。いつしかノリノリになっている吉峰に乾の方が置いていかれている始末だ。


「盛夏ちゃ~ん、遠慮する事ないんやで~?好きなの食うてええよ~。」


「ありがとうございます。それじゃお言葉に甘えて...いただきま~す。」


「睦月く~んお酒取ってくれる~?適当なんでええから~!」


「はいはい...」


 とりあえず目についた缶ビールを持ち、居間へ戻る。吉峰は缶を受け取ると食い気味に感謝の意を述べながらプルタブを起こした。

 そして、溢れてくる泡ごと一気に流し込む。ごくんごくんと喉が鳴る音が思わずこちらまで渇きを催させる。


「くぅっっ、ぁあ~~!美味い!」

「あ、ごめんなウチだけ飲んでもうて。二人もなんかお酒飲む?」


「俺は下戸なんで。遠慮しときます。言ってませんでしたけど盛夏コイツも未成年で。」


「あら、そうなん?ほなら二人とも緑茶でええかなぁ?」


「助かります。どうも。」


「あ、睦月くんごめんやけど、緑茶もお願いしてええかな?」

「コップは戸棚のやつ使って~。」


「....はいはい。」


 踵を返して、ティーバッグの沈んだピッチャーに充填された緑茶を取り、戸棚に置いてあったマグカップを二つ取る。

 俺だって客人なのだから、こき使うのはやめてくれ、なんてことは思わない。

 むしろ懐かしさを感じている。家の中、あれを取ってくれと頼む何気ない会話は、坂田家での生活を思い起こさせた。

 これからもうしばらく世話になるかもしれないんだ、このくらいはしないとな。


「睦月ィ~!俺のチューハイも出して~!」


「主催者のテメェが取れッ!!」

       「アンタは自分で取りぃ!!」


「ちょおッ、酷ない!?」


 コイツはムカつくから例外とする。

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