第78話 剣鑽、詰み

月輪げつりん道剣術、"水月みなづき式"、四代目。乾 赳...」

「お手柔らかに頼むで...睦月ちゃんよォ!!」


 地面を素早く蹴って、大口を開いて爆笑する乾が刀を振り下ろす。咄嗟に心眼を抜いて受け止めるが、慣れない刀袋に手間取ってしまい柄を握りきれないまま刃が打ち付けられる。

 威力がもろに伝わり手が痺れるのも束の間、ほとんどスパンを空けずに第二、第三の刃が次々と襲ってくる。流れる水のように切れ間のない連続した斬撃。回避する隙がない。


 合間にもう一度腹に蹴りが入り、突き放され距離を置かれた。そして跪き呻く俺に見下すような視線を向けながら鼻歌交じりに手首を回し刃を煌めかせる。

 ようやくしっかりと構えられた。俺はその隙を捕らえに行く。負けじと姿勢を低くしたまま接近、歩幅を短く保ちながら地を這うように連撃をやり返す。


「ふんふん、おもろい動きやな。」


 余裕綽々。俺の渾身の反撃を乾は軽くいなす。見切った命中に合わせて弾きに行くのではなく、まるで初めからこちらの攻撃が流されることが決まっているかのような淀みない動き。

 流されるまま。自然の摂理を体現する、水のごとき滑らかな剣。

 だが時に水は勢いを持ち、万物を射つこともある。大振りを放とうとした間隙にぬらりと差し込まれる刃が、俺の手から心眼を弾き飛ばしてしまう。


 そしてそのまま峰で後ろに倒され、起き上がる間もなく首元に刃が添えられる。完全なる敗北だ。


「随分と、勢いだけの剣やな...今の、俺の真似したつもりなんやろうけど甘いで。」

「俺の"水月式"は形を持たへん。せやから基礎以外は継承されることはない。」

「ソレ、我流なん?なんや荒削りすぎるわ。」


「.....知るかッ...!」


「ま、ええわ。このまま帰ってもいよいよ俺は謀反罪で処刑や。最後の仕合にしようと思っとったが...これじゃ拍子抜けやな。」

「物足りんかったけど、俺の剣に殺られるんなら本望やろ?甘ちゃん。」


 口封じだ。自らの欲求を満たすためだけに吹っ掛けられた殺し合い。

 強制参加、俺は挙げ句の果てに敗者のレッテルを叩きつけられながら殺されようとしている。こんなことがあってたまるか。

 こんなイカれた戦闘狂なんかに、まだ仇を討ってないのに、全てを否定され尽くされたままで命を踏みにじられてたまるか。


 俺は日本刀の扱いに伸び悩んでいた。坂田もカバー範囲じゃなかったし、心眼というリーサルウェポンを持ちながらも鍛練を積めずにいた要素だった。

 だったら目の前で嗤うコイツは使える。いけ好かない性格をしてやがるが、仕方ない。

 このまま殺されるよりマシだ。俺はもし尊厳と命を天秤にかけたなら間違いなく命が優先される。それくらい矜持を持たない人間だ。

 俺一人がどうにかなって済むことだったら、なんだって。


「.....取引、しようぜ。」


「...んあ?今更なんや、命乞いか?」


「まだ傷つけられてねーんだ...俺がこのことを課長に黙っとく代わりに、俺に剣を教えろ。」

「悪い条件じゃないだろ...お前は立場を維持できて、俺は生き延びられるし、守る力を手に入れられる...」


「ほーん...キミ、プライドとかないんか?」


「ないね。とっくの昔に、紙袋の野郎にられちまったらしい。」


「まぁそっちの事情は知らんけど。ほんなら生かしといたるわ。」

て!刀なんて人殺しの道具やんか!」


 乾は鼻で笑いながら懐からメモ紙を取り出すと、その上にペンを走らせ俺に投げ渡した。そこにはとある住所が書かれている。


「そこ、俺ン下宿先や。今年中、東京おる時限りで使わせてもろてる。」

「稽古つけたるわ。俺は弟子取らへん主義なんやけど、取引やし大目に見といたる。」


「....取らねぇんだな。弟子。」


「当たり前やろ。こんな人ォ殺るためだけの剣術、俺が末代にならンとアカンて。」

「もちろん人斬るんは俺にとって楽しいことや。でも世の中はそれを受け入れへん。ま、楽しめるうちにっちゅうやつやな。」


「...いつ行けばいい。」


「別に明日からでええよ。今日は一応、心眼ソレ使わな。任務があるやろ。」

「先言っとくけど、逃げたら今度はマジに斬りに行くで。」


 乾は俺の腕を掴んで助け起こし、地面の上に転がっていた心眼を逆手に握って俺に返した。俺が心眼を袋に収納、乾も納刀して再び懐に隠すと、何事もなかったかのような涼しい顔で駐車場を出ていった。


「はよ来んかい!俺一人やったら魔術師見つけられへんやろ!」


「...あ、ああ...!」


 俺は急いで後をついていく。先程までの激闘が嘘のように、また魔術師の探知任務が再開された。そわそわとしてしまい落ち着かない。

 振り返る度に鬱陶しそうに「前向け」と肩越しに指を指される。なんでお前が嫌そうな顔してるんだ、こっちはまたいきなり蹴られないか気が気じゃないんだ。


 緊張が解けない中、やがて市街地は四つ目に差し掛かった。下校中の学生などがちらほら見え始めたが、日が落ち掛かっている。

 ここでダメなら今日のところは切り上げよう。そう考えながら歩いていたその瞬間、すれ違った男子高校生が背後から「うわっ」と声を上げるのを聞いた。

 振り返ると、乾が恐ろしい笑みを見せつけながらその高校生に肩を組んで路地裏へ引っ張り込んでいくところだった。


「ッ、おい乾!見つけたんなら一言くらい...」


 慌てて追いかけると、乾はゴミ箱の陰に隠れて捕らえた高校生の首をギリギリと締め上げている。どんだけ戦いに飢えてやがるんだ。

 手を離させ、咳き込む高校生を引っ張り床に伏せさせてから念のために心眼を身体に当てておく。閃光が発生し、高校生は困惑したように狼狽え始めた。

 この反応を見るに、橘のは間違ってなかったらしい。力を失ったことに気づいたのだろう。


「乾ッ!情報を聞き出す前に殺してどうすんだテメェ!」


「一人くらいええやろ。沢山おるんや。」


「その一人を探し出すのが大変なんだっつってんだろうが!」

「おいお前、MECのメンバーだよな!俺達は警察だ。なにか組織について知ってることがあれば全部吐け!」


「わ、わかった...!わかったから殺さないで...!その人ォ...ひぃッ...!」


「ホラ、ビビられてんぞ!口割らなくなったらテメェのせいだ!とっとと離れろ!」


 不服そうに首筋に手を当てながら、わざとらしく靴音を鳴らしつつ路地裏から出ていった。脅威の元が去りややホッとしたのか、高校生はまだ怯えながらも話し始めた。

 それは、MECが定期的に行うらしい会合の情報だ。地区ごとにタイミングをずらしメンバー数十人が集まり活動報告や方針決定を行う。

 リーダーも逐一出席するそうだ。俺は今日からもっとも近い開催場所の住所と時刻、その他諸々の必要事項を聞き出し、メモに書いた。


 どうせ魔術はなくなっている。せいぜい殴り掛かる程度にしか抵抗はできない。

 刀を持っているこちらには分が悪いと判断したのか、わずかな敵意の宿る瞳を向けてから高校生はそそくさと走り去っていった。


「乾、情報ゲットだ。連中、ご丁寧に会合なんかやるらしい。」


「ホンマか?おっ、もうすぐやん。俺達で襲撃するん?楽しみやなぁ!」


「...いや、リーダーもいるんだ。下手に目立って逃げられたら元も子もねぇ。」

「メンバーを装って潜入する。どうせこんだけの組織してんだから、一人一人の顔なんか覚えてるわけねぇよ。」


「...なんやねん....派手に行こー思てたんやけど。ま、顔隠せば楽勝やろ。」

「早速収穫アリやな。まだ時間あるやろ?ウチの同居人に挨拶していきぃや。」


「...下宿してる立場が偉そうだな。」


「友達やからな。遠慮なんかせぇへんよ。」


 乾は片手を上げ、タクシーを呼び止めた。どうやら下宿先はここからそこそこ遠いらしい。

 しかし乾が運転手に告げた住所は、渡されたメモのものとは違う場所だった。


「...おい、このメモは...」


「ああソレ、ウソやで。違うトコ行って待ちぼうけ食らっとるのを想像するんが楽しみやったんやけどな~!」

「俺も腹減ってきたから帰りたかってん。任務早う済んで良かったなァ!ハハ!」


 このクソ野郎が。テキトーなことばっか言いやがって。やっぱり仲良くなれねえ。

 これで同居人とやらが同じ感じだったら最悪だな。マトモな人であることを祈るしかない。

 タクシーが夕暮れの街を往く。俺は坂田に、今日の夕飯は外で食べる旨をメールした。

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