第77話 バトルマグネット

 俺は橘から、この男、乾 赳がやってきたという京都支部についての話を聞かされた。まずこの支部はオカルトになにかとゆかりのある土地にあるため怪異との遭遇率が高い。

 その備えとして集められた戦闘員の割合も次第につり上がっており、オブジェクトの使用に関してもルールが比較的緩くなっている。

 メンバーは犯罪者上がりばかりで素行の悪い者が多く、本部から支部長よりも上の権限を持つ監督官がわざわざ寄越されるほどである。


 そんな血の気の多い課員を束ねている乾もその例に漏れず、始末書一枚書く代わりにオブジェクトを持ち出せる(無断で)という裏技のようなテクニックを流行らせた張本人。

 そしてなにかやらかす度に謹慎を食らわせていては人員が足りなくなるため、規制そのものを緩くする案を上に打診した人間でもある。悪用しようものなら即座にその者を殺害しても構わないという条件付きで。


 こちらよりも断然無法地帯に近いな。そんな場所から来た人間、ましてや頭領がろくな人格を持っているはずがない。

 乾は自らにとってマイナスイメージとしかなりえないであろうこの話を、納得したように腕を組みながら黙ったままうんうんと頷いて聞いていた。


 俺は今日から、この男とツーマンセルを組みとある対MEC専用の作戦を実行するらしい。仮説に仮説を重ねた試験的なものだが、と橘はまず手前に置いた。

 そして、三つの仮説を提示する。一つ目は、現在各支部長で連絡を取り合って出たMECの実態についての予測。「一般人で構成された武装組織」というものだ。

 あくまで仮定、現時点では判断材料がまだ少ない。この説がもしそうなら、街中にだってメンバーが潜んでいるかもしれない、ということになる。

 ここで橘は、プラスチックの芯が入れられ真っ直ぐになった刀袋を俺に手渡した。


「刀袋...?こんなもの、替えたところで何かあるんですか。」


「まぁ聞け。こいつはお前の心眼を取り扱った作戦だ。」


 橘が言うには、今まで見てきた戦闘の結果から見て、心眼の持つ魔術の消滅効果は資格者が手に持たずとも発動するらしい。だがここが難しいところで、抽象的な概念のようなものが絡んでくる。

 刀と資格者とが繋がった"意志の糸"、と橘は形容する。木知屋の使う時間停止魔術と合わせた攻撃により手放させられた時も心眼だけは止まった時間を破って落下していた。


 二つ目の仮説。故に資格者が強い意志を持っていれば、手から離れていようと心眼に接近した魔術を消滅させる効果はある程度継続するというもの。

 この刀袋にはシースルー素材のスリットが入っており、これに抜き身の心眼を収納して街中をただ歩き回るだけ、という作戦だった。

 言わば金属探知機のようなやり方。すれ違った時に刀身がわずかにでも光ったなら、そいつがMECの力を宿す魔術師、あるいは無関係の検挙対象である。


 ツーマンセルを組んだのはこのスリットから見える光を背負っている俺自身が確認できないため。乾は俺の一歩後ろを歩き、光の発生を常に観察する。

 だがそれでは穴がある。連中が使う魔術の発生源を特定できていないからだ。ここで三つ目の仮説が登場する。


 連中は魔術を使う時、細かな位置は不明なものの必ず身体のどこかから液体金属を出し、消す時は身体に戻っていく。見たところ無から有を生み出しているわけではない。

 ならばそれに付随して、身体と繋がった核のようなものが存在するのではないかと提唱した。

 そのため身体に接触させれば武器を消すことが出来、なおかつその人間が魔術師であるという証明にもなる。


「...と、一石二鳥の作戦というわけだ。」


「質問や、タチバナ課長。袋に入れたら魔術師に直接接触できんのとちゃう?」

「先っちょだけ出しとくとかやないやろな?そんなんただの通り魔と変わらへんよ。」


「そこについては問題ない。」


 下調べは済んでいたらしい。これまで集めてきたうち合計四つのオブジェクトを犠牲にして、なにか一枚挟んだ状態でも効果を与えられるかの検証を行ったらしい。

 結果は良好。鞘越しにでも効果は発現するが、光が確認できなくなるので透けて見える袋を利用したこの方法を取ることにしたらしい。


「待て、一体誰が実験を...?資格者は俺と尊の他にいないはず...」


「...ああ、尊に手伝ってもらった。」


「はァ...ッ!?おまっ、勝手に...!!」

「いつだ!?いつ実行した!?言え!」


「先週の火曜....お前が風呂入ってる時にササっと心眼借りて...霞にはちゃんと許可取ってるから大丈夫だ。」


「やンなら俺に一言言えよ!マジで...」


「だって絶対お前怒るだろ!...悪かったよ!でも尊を心眼に触らせるなって煩ェ評議会はもういないんだぜ!?」

「安全には無論細心の注意を払ったさ!使ったオブジェクトも直接近づいた人間に被害を与えるようなモンじゃない!」


「...ぁあ~~ッ......だったらなんで俺を呼ばなかったんだ...?」


「作戦、二人別々に毎度説明してられねェだろ。この状況じゃあよ...時間がないんだ。」


「なんや仲がよろしいことで。親子なん?」


「「......」」


 評議会が死んで今さら思考を毒されでもしやがったか。尊に自らの意志決定なく殺人の道具を握らせるとは、勝手なマネしてくれるな。

 親父って関係がなければ手が出ていた所だ。ひとまず作戦の通達は終了。

 わざわざ日を決めてやることではない至極簡単な内容、早速俺達は実行に乗り出した。乾を連れて手近な繁華街へと向かう。


 尊にメールでパトロールの欠席を連絡すると、泣き顔の絵文字が三分と経たないうちに返信されてくる。ずっと待っているんだろう、何時間も連絡を入れないと向こうから電話が掛かってくるからな。


「なにニヤついてんねん。」


「ニッ、ニヤついてねェ!!」


 長髪を靡かせながら顔を覗き込みからかってくる。コイツはどうにも気に入らない。以前特事を欺こうとした関西弁の石動ヤツと佇まいが似ているからだ。

 偏見だが、この手の人間は他人の不幸が好きなんだろう。隙を見つけられたらすぐにつけ込まれ精神を逆撫でしてくる。

 道すがら何度も話しかけてきていたが、すべてそっけなく返してやる。それでもペラペラ根掘り葉掘りプロフィールを知りたがるその厚かましい姿勢はもはや称賛に値するが。


「なァなァ、そないな刀持っとるんやったら、ひょっとしてキミ強いん?」


「...知るか。アンタよりは強いかもな?」


「へェ~~。言うやないの。」


「行くぞ。ちゃんとスリット見とけよ。」


「ハイハイ、わかってま~す。」


 鞘から抜いた心眼を袋に入れて、華やかな店が立ち並ぶ通りを歩く。しかしまだ昼間だからか人混みというところまではいかず、至近距離ですれ違えない。

 よく見れば、着物の裏に隠しているが乾も自前の刀を持ってきている。随分と既知のものから離れた特異な見た目をしている得物だったが、なにが仕込まれているんだろうか。


 進んでいくと、さらに道行く人が疎らになっていく。乾からの報告もない。

 そろそろ引き返して別のところを歩いてみるか。踵を返そうとしたその時、俺の身体はいきなり左側から押し出されるようにして吹き飛ばされた。

 背後を確認する間もなく、俺はちょうど隣にあった薄暗い駐車場の中に放り出される。コンクリートの上を転がりながら体勢を整えて、屈んだまま入り口の方に目をやった。


 脚を突き出す蹴りの姿勢のまま、乾が恍惚の表情を浮かべて立っていた。懐に隠した刀を取り出しニタニタ笑いを浮かべてゆっくりと迫って来る。


「...テンメェ...何しやがる!!」


「アァハハハあ~~ッ、もう辛抱たまらんわ、睦月ちゃァアんッ!!」

「キミ強いんやろォ~!?別に俺には隠すコトないんやでェ~!?ヒャハッ、ヒヒヒッ...!」


「はァ...?人蹴っ飛ばしといて訳分かんねェことばっか言ってんなよこの野郎!!」


「ウチの支部おる頃から噂はかねがね...なんや随分なダークホースらしいやないの...!」

「本部召集が決まった時から待ちきれんかったんや...!責任取ってもらうで、睦月ちゃん。」


 金属製の鞘が地面に突き立てられる。柄頭に掌を当ててクルクルと回している様子を見ると、柄の根元の部分に赤いスイッチのようなものがあった。

 それが引かれると、鞘に青白い雷が走りバチバチと音を立てながら帯電し、稲光が点滅する。あれは魔術じゃない。機械によるものだ。


「ビビったやろ?まァこれはオマケ、所詮は取っ捕まえる用の仕掛けや。」


 乾はそんな鞘をあっさりと引き抜く。纏っていた雷光は消え失せ、わずかに黒みを帯びた本来の刀身が露になった。

 鈍く光を反射する刃。指の腹で刃紋を撫でながら高揚に上擦った声を出している。

 そして切っ先をこちらに向け、腰を深く落として構えた。マズイ、来る。


「正々堂々、俺とろやァッ!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る