第32話 日常的非日常

 俺はどこへ向かうのかも決めないままに、四季の後をついていく形で道を行く。

 どこに行こうと構わない。妙な動きをしたら即座に攻撃する用意はできている。


「私これからウチ帰るんだけど、睦月君...今日泊まってくの?」


「ああ、そのつもりだ。突然で悪いな。」


 ノールックで返す、図々しいとしか思えないこの無愛想な答えはこいつを試すためのブラフ。

 思うに、こいつは俺に食傷的な好意を向けているように感じた。

 過去になにかしらの関係があったのは間違いない。問題はその深さが不明なこと。

 自意識過剰でなく、見せた行動の数々から推測した、あくまでも仮説程度のものだが。


「そっか、今日泊まってくんだ...!」


 横を歩く四季は嫌悪の表情を浮かべるどころか頬を赤らめ、手を後ろに組んで歩みが弾むように軽くなった。

 まったく、わかりやすくて助かる。

 やがて四季はごく普通のマンションの一室へ到着し、俺はすんなり中へ通された。


 2LDKのごく普通の部屋。

 白がメインカラーになった物の少ないシンプルな空間。

 観葉植物などはまったく置かれておらず、テレビ台の下にある据え置きゲーム機がかえって目立って見えた。


「他の人入れるの初めてなんだよね...ねぇ、居心地とか、悪くない...?」


「別に。いいんじゃないか。」


 恥ずかしそうにモジモジしながらそう言う四季の言葉を、俺はまた適当に流す。

 依然として、俺の顔を覗き込んでくる張り付いたような穏やかな笑顔は消えていない。

 冷たくあしらわれている自覚がないのか。


「そういえば、ご飯どうするの?私料理とかできないからどこか食べに...」


「ああ、焼肉でも行くか?」


「えっ、行こ行こ!大好物なんだけど、なんでわかったの?」


「.........知らねぇよ。」


 どうして俺はこんなところでそんなものを的中させちまったんだ。

 またややこしいことになったらどうする。

 ヤバい、めちゃくちゃ嬉しそうにしてやがる。

 塩対応しまくって反応を見る作戦だったのに。

 そうだ、適当に話題を逸らそう。


「....んじゃ夜まで暇だな。」


「格闘ゲームしかないけどやる?言っとくけど私マジで強いからね。」


 四季が電源を入れ、言われるがままにコントローラーを渡される。

 画面に映ったゲームタイトル。幸いこのソフトはやったことがあった。

 尊に対戦に付き合わされていた時と同じものだったからだ。


 ソファーに並んで座り、対戦モードを起動してキャラクターを選択する。

 ゲームがスタートし俺は適当なコンボでキャラを動かしてみるも当たらず、逆にカウンターを食らいまくる。

 その後も何戦かプレイしたが、CPU並みの反応速度によるガード&カウンターで全く歯が立たず、結局一勝もできず夜を迎えてしまった。


「....そろそろ行くか。」


 四季の終始勝ち誇った顔を無視し、俺達は部屋を出て焼肉屋に向かう。

 店は空いていて、円形をした半個室のテーブル席に案内された。

 四季はテンションが上がっているのかどんどん注文する。そのほとんどがタン塩だが。

 満面の笑みで焼けたタン塩を頬張り、わんぱくに米を進める。

 相当な好物なのだろう、歓喜の唸りを何度も上げていた。


 腹が減っているのは俺も例外じゃなかった、適当に注文して焼き、食する。

 だが味が上手く入ってこない。

 もしかしたら。不倶戴天の敵かもしれない可能性を1%でも有する人間が、目の前に座っているからなのだろうか。


 俺はふと、席の外にある廊下を見た。


「.....」


「あっ。」


 サングラス越しに目が合った。

 いくらマスクをしていても、その白髪ではバレるに決まっている。

 偶然にも、麗が一人で来店してきたのだ。


「お前....なんでココ居んだよ。」


「そりゃこっちのセリフだわ!!ビビった~...なんで店被らすんだよマジで!」

「一人焼肉楽しもうと思ってたのにィ、これじゃあ、なんか...違う感じになるっしょ!?」


「知らねぇよ...」


 すると麗は俺の向かいで黙々と食べ進めている四季に気がつき、サングラスとマスクをすごい勢いで外すとこっちの座席に入ってきた。

 また厄介なのが増えた。


「えぇ!えぇマジ!?この子ってカノジ」


ちげっ.....いや、まぁ....?」


 危ないところだった。

 真っ向から否定してしまってはせっかくの作戦がパーだ、だから黙れ。もう黙っとけお前。

 ニヤニヤこっち見ながら俺のカルビつまもうとすんな。早く出てけ。


「お前席ここじゃねぇだろうが!早く出てけっつーの!」


「ハイハイわかりましたって~。そいじゃ、ごゆっくり~!」


 麗が出ていった後の四季は、ずっとどこか嬉しそうな顔に変わっていた。

 あぁもうダメだこりゃ。みるみるうちに親交が深まってやがる。

「楽しい二人の食事に水を差す人を追い払ってくれた」とでも思ってやがるのか?えぇ畜生!


 こうなったらやけ食い、と白米にがっつこうとしたその瞬間、店内に怒鳴り声が響いた。

 やれ髪の毛が入ってるだの何だのと、しゃがれた声で店員相手に喚き散らしている。

 ヤクザかたちの悪いヤンキーか、関わりたくないものだ。


「オォイコラァ!!俺様を誰だと思ってんだアァ!?」

「天下の鎌鼬カマイタチ様だぞテメェ!!表出ろコノヤロー!!」


 その叫びに、ぴくり、と俺の箸が止まった。

 警察関係者としての立場もさることながら、奴が自称した「鎌鼬カマイタチ」というワード。

 MECの武器は共通して金属だった、それ絡みのものにはどこか敏感になっていたのだろう。

 俺の猜疑心は瞬く間にMAXになっていた。


「四季、これで払っといてくれ。さっきの白髪野郎の分もな。」


「ん、はいよ~。」

「私もうちょいで食べ終わるから~。」


 俺は財布から出した二万円をテーブルに置くと、席を立った。

 そのまま騒いでいる奴の元へ向かい、平謝りを続けている店員を脇に下がらせる。

 飯が不味くなるのもそうだが、何より俺の疑いを晴らしたい気持ちの方が大きかった。


「オイ、やかましいんだよボケが。」


「アァ?んだよガキ。」


「アタマ弱そうに喚き散らかしやがって、飯が不味くなんだろーがクソムシが。」


 脚を開きふてぶてしそうに椅子に座る、金色に染めた短髪の男。

 ジーパンにタンクトップというラフな格好だが、両腕、手首から肩にかけてびっしりトライバル模様のタトゥーが入っていた。

 おそらくは半グレの類いだろう。そんなに血の気が多いなら、お望み通り


「つーか、鎌鼬カマイタチってなんだよバーカ。異名?それ異名なのかよ?マジでダッセエな。小学生かっての。」


「んだとガキィイ!!やんのか!?アァ!?」


 ほら乗ってきた。バカは扱いやすくていい。

 俺は首を捻って、心の底から嘲るような半笑いを見せつけつつさらに煽り文句をぶつける。

 顔を真っ赤にしてテーブルを叩き座席から立ち上がり、メンチを切ってくる男。


「やってやんぜ。とっとと表出ろオッサン。」


「上等だ、八つ裂きにしてやんよ。」


「うわ口ニンニク臭ッ、近くで喋んなカス。」


「テンメェ~~ッ!!」


 息巻くチンピラを連れて、俺は店から出る。

 怒りが収まらないのか、男はこの人通りの多い路地の真ん中で喧嘩を始めようという。

 どこまでも短絡的。「鎌鼬カマイタチ」が本当に単なる大袈裟な異名である気がしてきた。


 そこへ、満足げにサービスのガムを噛みながら出てきた四季が合流する。


「お、ここでやっちゃうの?横っ腹痛くなるのイヤだから私見てるね。」

「ヤバかったら言って。すぐ殺すから。」


「あ...?オイガキ、アレテメェのツレか?」


「あぁ?.....あー、まぁな。」


「ちょうどイイ、その女もテメェブッ殺した後でギタギタに犯してやるよ!!」


「...。」


 男は咆哮を上げながらファイティングポーズを取り、こっちに猛然と突進してくる。

 そしてキックとステップを交えた左右のラッシュを叩き込んできた。

 こいつボクシングかなにかかじっているのか。

 素早く淀みのない動き、隙も少ない。


 もっとも、坂田のスパーリングに比べればハエ程にノロノロとした拳だが。

 俺はポケットに手を入れたまま攻撃をかわし続ける。


「よく避けんじゃねぇかよクソガキィ!!」


 しばし俺が攻撃をいなしていると男も落ち着いてきたのか、首をかしげながらふと俺の方を指差した。


「おいガキ、背負ってるソレ、刀だな?」


「....だったら何だってんだ。」


 男は口の端をニィッと歪めると、腹を抱えて大笑いを始めた。


「ハッハハハ!!まさか、がテメェから現れるなんてなァ!!面白ェぜ!!」

「知ってっか?テメェのその刀な、二千万は下らねー額の賞金がかけられてんだぜェ!?」

「んなもんプラプラ持ち歩いててよォ、よく襲われなかったよなァ!!ギャハハハ!!」


 この言葉で俺は確信した。こいつはMECのメンバーだ。

 パトロール中に襲ってきた連中も、俺の心眼の賞金目当てに決行したと言っていた。

 ならこいつも、なにか金属を操作する能力を持っているはずだ。


「だったら、本気でやらねェとな...!?」


 すると、男の手足、身体の様々な場所から湾曲した鋭い刃が飛び出す。

 出血はない、自分の意思で出現させているものだろう。

 これで確定だな。ここからは警察関係者としてではなく、特事の課員としてコイツをぶっ倒すことにする。


 しかし周りには既にスマホのカメラを構えたギャラリーができていた。

 無闇に心眼を抜いてSNSにでも上げられたら、きっと課にとっては面倒なことになる。

 拳銃もダメだ。仕方ないが、格闘で相手をするほかない。


「すんげェ力だろ?喧嘩売る相手が悪かったな、クソガキ。」

「コイツで何人もぶった切ってきたんだぜ。だから俺は鎌鼬カマイタチって呼ばれるよーになった。」

「もっとも服ごと裂いちまうから、ろくにイイ服着れなくなるのが悩みだが....なァ!!」


 男は刃を展開した腕で再度攻撃を仕掛ける。

 モーション自体は先程と変わらないが、不規則な位置とタイミングから突き出る刃、突き出すか否かのフェイントに翻弄され、打撃と傷を負わせ続けられてしまう。


 刃を出しては引っ込めを繰り返していて、俺が間合いの予測ができるだけにかえって厄介な攻撃となってしまっている。

 そしてコイツは、いたぶるためにわざと浅い傷を与えるよう手加減してやがる。


 そこで俺は、わざと踵を背後の地面に引っ掻けるようにしてよろけたふりをした。

 無論だ。いつでも左右に回避行動を取れる体勢は整えている。


 男は高笑いしながら、俺の顔面目掛けて握り込んだ拳を振り下ろす。

 完全に油断しきった大振りのフック。そこに刃は展開されていない。

 そこへ、俺はもう一方の足で踏ん張りそのままポケットから出したをカウンター気味に差し込んで男の顔面にぶつけた。


「....ッッ!?ゲホッ!!ゴホォッ!!な、なにをッガハッ!!しやがッ....ゲホォッ!!」


 その直後、くしゃみと咳を繰り返しながらむせ返り、辺りを焦った様子でよたよたと歩き回る男。

 奴の顔面にぶちまけてやったのは、コショウの山。さっき席を立つ前、並べられていた調味料の中から一本失敬したものだ。

 手を突っ込んだポケットの中で、蓋を緩く開いた状態で忍ばせておいたのだ。


 目鼻といった粘膜部にダイレクトヒットした。

 しばらくは激痛に苦しむだろう。

 俺は前が全く見えていない男へゆっくりと近づく。男はそれにかろうじて気づき、来るな来るなと叫びながら刃をめちゃくちゃに振り回す。


「───歯ァ食い縛れェエエッ!!」


 その間隙、鳩尾に真っ直ぐ蹴りを突き刺す。

 苦悶の呻きを上げながらうずくまる男をさらに背中から蹴倒し、俺は脱いだネクタイとYシャツを使って男の手足を拘束した。


「テメェ...汚ェ手使いやがって...!!」


「ガキ相手に刃物出したテメェに言われたくねーよボケ。」

。」


 俺は懐から警察手帳を取り出し、「特殊事象対策課」の字を見せつけてやった。


 そしてしばらく経ち、男の上に座ったまま頬杖をつく俺の所へまだ口に肉やら何やらを頬張ったままの麗がようやくやってくる。

 もがもが言っていて何だかさっぱりわからん。


「...飲み込んでから喋れ。」


「...ッンゴクッ...!っはぁ、ちょいちょい!これはどういう!?」


「店で騒いでた半グレ。溜飲下げるついでにしょっぴこうとしたらMECメンバーだった。」

「早く橘さんに連絡してコイツの回収を寄越させてくれ。」


「おぉ、了解...!ところで俺の代金が知らんうちに払われてたんだけど....」


「俺が払っといた。つーわけだから...」

「四季、帰るぞ。」


 俺は拘束されたままバタバタともがいている男を置いて、処理を麗に丸投げした。

 なにを言ってこようが「奢ったんだから」で黙らせるつもりだ。


 背中を叩く二つの叫び声を振り切って、俺達は部屋へと急ぐ。

 かいた汗とコショウまみれになったポケットがザラザラして気持ち悪い。


 今度はシャワーでも借りるか。

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