第5話 元に戻っていた
服や傷が元に戻っていた。
「おはようレン。」
辺りはまた夕方のようだ。シェリーさんが傍らに立ち煙草をすっている。じゃあ、また化け猫が襲ってくるのだろうか。
「橋には近づくなよ。」
こんな事が続いてはいずれは死んでしまうだろう。私は思い切ってシェリーさんに質問してみた。
「助けてくれないんですか?」
「自分の身を守れない奴を助けてもしょうがないだろ。」
「そんな、せめてどうすれば助かるのか教えてください。」
私はこの人にすがる他なかった。
「いい質問だな。いいだろう。わかりやすく状況を説明してやる。今のお前に選択肢は三つある。」
三つもあるのか。逃げる以外にも選択肢はあるというのか。
「1、永遠に逃げ続ける。2、化け猫に喰われて死ぬ、3化け猫を葬る。以上だ。」
遠くの方から、再び化け猫の群集が私目掛けて襲ってくる。私は慌てて逃げ出すしかなかった。噛み付かれては振り払い、とにかく必死で逃げた。何も考えず逃げることしか出来ない。指を噛み千切られ、泣き叫ぶことしか出来ない私を、無情にも追いかけてくる化け猫の群集。何匹いるのか考える余地もない。
住宅街を逃げていた私は気がつくとその道が行止まりだと気がついた。追い込まれた私はとっさに、民家の壁をよじ登り見知らぬ庭を抜けていく。誰の家だろうと構うものか、どうせ逃げなきゃ死んでしまう。化け猫は身軽に壁を飛び越え私に襲い掛かる。私は体のバランスを崩し、民家の物置に突っ込んだ。化け猫達は止めを刺すように、ゆっくりと私の周りを取り囲む。
私は意外にも冷静に化け猫が10匹はいるだろうと確認した。物置の中にゴルフバックが見えたので、中からクラブを取り出し、化け猫達を睨みつけた。
すると、何かにいっせいに気がつき、化け猫達は皆あさっての方向を見合わせ去っていく。何が起きたのだろうか?わからないが、窮地は脱したのか?それともまた何かに襲われるのか。痛みを堪えながら私はその場に座り込んだ。
「何でだ?」
微かな声で独り言をもらした所に、猫が逃げて言った方角とは逆方向からシェリーさんが歩いて来る。
「人んちの庭、荒しすぎだぞ。」
シェリーさんが壁を飛び越えて現れた。私は疲労と痛みで、恐れる余裕もなかった。
「言ったはずだ。助けてやらない事もないと。」
「でも、さっきは・・・。」
自分でなんとかしろと言っていたはずじゃなかっただろうか。
「お前の意思が知りたかったんだ。」
意思?なんの話をしているのだろう。私は黙ってシェリーさんを見つめた。
「三つの選択肢から戦う事を選んだだろ。」
「それはそれ以外に無かったから・・・。」
確かに選んだが他に生き残る道はなかったからだ。
「いや、そのまま死ぬ奴も、ずっと逃げ続ける奴もいる。それしか無かったと言うことは、無意識にお前が戦う事を選んだということだ。戦うなら助けてやらない事も無い。どうする?」
どうする?どういう意味だろう。私は恐る恐る質問を返した。
「どうするというのは、どういう事でしょうか?」
「戦うのか、戦わないのか、言葉にしてはっきりと選択しろという意味だ。」
戦う?まさかあの化け物と戦うのだろうか。
「待ってください。一体何と戦うって言うんですか?」
どうせ死んだような状況だ。私は開き直り、強気に質問してみた。
「さあな、何とでも戦わなければいけないんじゃないか?アフリカのサバンナに住む動物だったとしても、海底の深海魚だったとしても、選択肢は一緒だ。」
その言葉は妙に納得のいくものだった。
「確かにそうかもしれませんが、いきなり何かと戦えと言われても、どうしていいかわかりません。心の準備が・・・。」
私がそう言い掛けた時、急にシェリーさんは何かに気がつき、私とは違う方向を見つめた。
「どうしますか?」
急に敬語で質問され、私は困惑した。
「え?」
「お前じゃない、ちょっと待て。」
シェリーさんが見つめる方向から人影が現れる。私はただ怯えながら黙って見つめることしか出来なかった。
「いいんじゃないか。」
暗くてよく見えなかったが、女性の声に私は驚きを隠せなかった。20代後半ぐらいの長い髪を後ろで結わいた女性が、ジャージにTシャツというよくわからない格好で話している。
「逃げているだけましだ。逃げるということは、生きたいという意志だからな。それに心の準備が必要だといったんだ。戦わないとは言わなかった。いろいろ教えてやれ。」
そういうとその女性はその場を去って行った。
「わかりました。」
シェリーさんは軽く頷き、私の方を見る。
「お許しが出た。話を聞く気があるか?」
私はその質問に一瞬戸惑ったが、受け入れる以外の選択の余地など考えようが無かった。
「話をするだけだ。とりあえずはな。場所を変えよう。」
そう言って歩いていくシェリーさんの後を私はついて歩いた。
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