陽喰らいの儀⑪ スーア様救出作戦
時間は前後し、 大罪都市プラウディア【真なるバベル】【癒療室】
「……………生き延びた、か」
【白海の細波】ベグードは身体を起こす。痛みは無いが、身体の彼方此方が軋むのは恐らく回復薬の影響だろう。だがなによりも大きな違和感は右腕だ。
「よりにもよって利き手か……」
彼の右腕は幾重にも癒やしの術式の刻まれた包帯が巻かれていた。鈍痛がずっと続いている。そして感覚が酷く鈍い。意思通り動かせはするが、精密な剣技を武器とする彼にはキツイ怪我だった。
普段の彼であれば、この傷を負った時点で前には出ない。自身の剣先がブレた状態で他人の命を背負うなんてご免だった。しかし今は、そんな剣でも無理矢理振り回さなければ、もっと多くの命がこぼれ落ちる現場にいる。
「……行けるか」
ベグードは険しい表情のまま、腰に備えたままの細剣を握りしめる。右手の痛みと身体の軋みを押さえ込むようにして、剣を引き抜き、
「失礼、ベグードさんの様子を――」
「あ」
不意に現れた【歩ム者】のウルの姿に力が抜け、剣がすっぽ抜けて彼の頭上やや上のテントの柱にベグードの愛剣は突き立った。
「…………」
「…………」
馬鹿馬鹿しいが死にかけたウルを余所に、ベグードは突き刺さった剣を引き抜こうとした。が、高い位置に刺さったそれを引き抜くことは困難だった。やむなくウルがそれをそっと引き抜いてベグードに手渡す。
受け取ったベグードは鞘に収めると、ウルに向き直った。
「ノックして入れ」
「ここはテントだパイセン。他に言うことは」
「……悪かった」
「はい」
流石に謝った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「で、戦況はどうなっている?」
ベグードはウルが持ち込んだ携帯食を囓りながら尋ねる。普段彼が口にしている物と比べれば美味かった。神官達も混じる混成軍であるからか、用意されてる食料もちょっと良い物が使われていた。
元々食欲が細い方で、しかも今は傷が痛むので味が良くて口に含むのに苦痛が少ないのは助かった。これで何時ものぼそぼその食料だと強引に押し流さなければならなかった。
「スーア様を喰った竜を巡って攻防が続いている」
「……まだ、あの方は取り返せてはいないか」
「あの竜以外にも2体の混成竜が出た。魔物も大量で、形勢は悪い」
つまり、計三体の混成竜が今バベルを蠢いているということになる。
悪い情報だ。恐らく大罪迷宮プラウディアが勝負を仕掛けてきている。【天祈】のスーアを首尾良く捕らえたことで、此処が勝負所だとそう思ったらしい。
此処で僅かでも下がれば、その瞬間戦線が崩壊する。
「だから私の様子を見にきたか。復帰できるかの確認だな?」
「ビクトール騎士団長が、無理をさせるが可能ならば頼むと」
「了解」
今少し気絶していれば休めただろうか、などという考えはすぐに捨てる。眠ったまま何が何だか分からないうちに死ぬよりは、戦って死ぬ方がよっぽどマシな死に様だ。
なにより彼を待つ【白海の細波】の部下達がいる。彼らを放置する気にはならない。
「支度してすぐに出る。お前も戻れ、僅かであれ貢献すると良い」
「分かった……それとこれを」
そう言ってウルはカップを差し出した。なんだ?と分からぬままにベグードはそれを受け取り、カップをのぞき込んで、そしてもっと分からなくなった。
「…………これはなんだ?」
「お茶だ」
「七色に輝いているが?」
「お茶だ」
「この異臭は?」
「お茶だ」
ベグードはウルを見た。ウルは真顔である。冗談を言っている雰囲気はない。
「……これを飲むとどうなるんだ?」
「とてつもなく元気になる。ああ勿論ドラッグの意味合いではなく」
「薬湯の類いか?」
「お茶だ」
何故その点を譲ろうとしないのだろう。
という疑問はさておき、まあ、流石に世界の命運が掛かるであろう危険な場で、アホみたいな冗談を口にしたりはしないだろう。ベグードは暫く顔を顰めていたが、意を決して一気にカップを呷った。
「――――」
そして死んだ。
「それじゃあ、俺も戦場に戻るのでパイセンも後から頼む」
その捨て台詞を吐いてウルは去って行った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
真なるバベル 作戦本部
「……勝負所だな」
騎士団長ビクトールが小さく唸る。作戦本部に広がるのは【歩ム者】のシズクが展開する魔本。【真なるバベル】を中心とした簡易図。そこには現在ビクトール達が内にいる防壁、そこに群がる大量の魔物達、そして外部で暴れる三つの混成竜が確認できた。
一体は【天祈のスーア】をその腹に捕らえた飛翔する魔眼の黒竜
二体目、現在【神鳴女帝】が一人で抑えている空中庭園を縦横無尽に駆ける蒼竜
三体目、神官と魔術師の混合部隊により足止めを行っている愚鈍にして巨大な灰色竜
この三つの竜を押さえ込めなければ、終わる。
まず、大軍となる魔物達の圧は強くなっている。まだ幾らかは【ウーガ】に逸れている分マシでは在るのだろうが、しかし何時までも抑えられない。【天祈】が完全に封じられているのがあまりにも痛い。
だからこそ、大罪迷宮プラウディアも残る竜2体を出したのだろう。続けて出さない事を鑑みるに、今はまだ、これ以上の大物の増援は無いだろう。ここで向こうが竜を温存する理由は無い。あと一歩押し込めば天賢王を守る盾は崩壊するのだから。
だが、逆を言えば此処をしのぎさえすれば、勝てる。まさに勝負所だ。
「灰色竜が止まりません!予備の魔術師部隊を追加しますか!?」
「ダメだ。まだ終わりが見えていない。此処でローテを崩せん」
プラウディアの七天達からの一報があれば、あるいは【天祈】のスーアの救助が成ればまた話は変わる。だが、
「【竜殺し】を使い、竜の足下を狙え。幾らかの阻害にはなる。スーア様の代用となる広域爆散術式はあと何回分残ってる?」
「後5回ほど!それ以降は魔力の充填にしばらくの時間を必要とします!」
「10分後に二回分使用して魔物達を払え。待機中の防壁部隊に準備させろ。場合によっては次の交替は長くなる。強壮薬も配れ。癒療班も待機させろ。王のご様子は?」
「「まだ平気だがすこしきつい」とのことです!」
「あの方は正直にしか言わんからな……了解した。呼びかけた冒険者達は?」
「あちらに」
よし、とビクトールは指定されたテントに入る。中には幾人かの冒険者達が集っている。現在、体力、気力に余裕がある余剰戦力達だ。イカザがいないのは心許ないが、現状防壁を維持する部隊を欠かすことが出来ない以上、自由に動け、尖った戦闘能力を持つ彼らが頼みとなる。
そしてその中には【白海の細波】のベグードの姿もあった。ビクトールは少し安堵する。癒療室に連れ込まれてから暫く意識を取り戻さなかったから、間に合わないかもと懸念していたのだが、なんとか復帰してくれたらしい。
「ベグード、問題ないか?」
「なんとか。少し剣先が鈍るかも知れませんが、仲間に助けて貰います」
その言葉に白海の細波のメンバーも力強く頷く。ビクトールは少し安心したように笑顔を向けた。
「顔色も、此処に運ばれるよりもずっとマシになっている」
「…………ええ、まあ」
そう言うと、何故かベグードは酷く複雑な表情をしながら、同じテントにいる【歩ム者】のウルを睨み付けた。ウルは全力で目を逸らしている。なにがあったのかは知らないが、とりあえず元気になったならそれでいい。
作戦に支障を来す不仲はご免だが、多少のトラブルなら世界の命運の前には些事だ。
「では、これよりスーア様救出作戦会議を開始する」
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