十八章5



『さあ、どうするんだ? 司書長』

「ロンド。見せてさしあげなさい」

「待ってました。ぱんぱかぱーん!」

『わめくな。人目につく』

「……小さくなっても、お口の悪いのはなおらないんですねぇ」

『だから?』

「まあいいですよ。今日のわたくし、がぜん、やる気ですから。今度こそ、あなたに『ぎゃふん』と言わせてみせます。いでよ。小天使!」


 廊下を歩きつつ、ロンドが腕輪から召喚獣をよびだしたので、まともな大きさならと、ワレスは思った。まわりじゅうの兵士がギョッとしている。ロンドの肩に乗ったワレスや伯爵には気づいていないようだが。


「あちゃ。また間違えた」


 出てきたのは先日のミミズクだ。


『衆目の的で失敗か』

「ま、負けません。今度こそ。いでよ。小天使!」


 ミミズクが消え、ピンク色の毛玉が現れる。猫ぐらいの大きさのまるっこいものだ。目鼻はついているものの、なんともいえない生き物だ。背中に羽があるので、百歩ゆずれば天使に見えなくもない。


『おまえ、ぬいぐるみを使い魔にして、どうする気だ?』

「ぬいぐるみではありません。妖精です。可愛いでしょう? わたくしの小天使プチアンジュ。プチアンと呼んであげてください」


 抱きあげて頬ずりするので、ワレスはロンドの髪をにぎりしめた。


『やめろ。おまえは今、おれにとってゴーレムよりデカイんだぞ。おれを塔の屋上から落とすつもりか?』

「あ、すみません。つい、可愛くて」

『おまえの使い魔には、こんなのしかいないのか?』

「失礼な。ちゃんと獣王だっておりますよ」

『こんなもの、なんの役にも立たない。あるじにそっくりだ』

「まあ、見ていてくださいよ。プチアン、いい子ですね。さ、わたくしになってごらんなさい」


 ぴいーっと甲高い笛のような鳴き声をあげて、まるまっちいものがクルリと一回転した。すると髪の色、目の色、着ている服までそっくりのロンドが、もう一人、そこに現れる。プチアンが化けたのだ。


『なるほど。変化の妖怪か。ミミズクよりは使える』

「妖怪じゃありません。妖精です」


 ちゃんと訂正はする。どっちでも同じだとワレスは思うが、ロンドには大事なポイントらしい。

 ロンドは使い魔を封印した腕輪を、プチアンの腕に通した。


「まだまだ、こんなの、うちのプチアンには序の口ですよ。プチアン、そのまま、ずうっと小さくなって。ほら、この人と同じくらいにね」


 ワレスの見ている前で、プチアンのロンドは小さく、小さく、ちぢんでいった。最後にはワレスと同じサイズになる。かわいそうに、通りかかった兵士が何人か腰をぬかした。


「どうです? これなら、あなたもと言うでしょう。さ、遠慮なく言っていいですよ」


 ワレスは軽蔑をこめてつぶやいた。


『……ぎゃふん』

「あれぇ? なんて冷たいでしょう?」

『あたりまえだ。ぴいぴい言って踊ってるぞ。こんな低能妖怪、使えるか』

「妖精です。裏庭についたら、わたくしが同調であやつるから大丈夫ですよぉ。プチアンの変化は完璧です。体内の構造もわたくしと同じ。つまり、わたくしの声で歌えますし、腕輪を持たせたから、召喚もできます。ああ、それにしても、なんて可愛らしい……」


 内心、ちょっとは心のこもったを言ってやってもいいと思った。が、自分自身のチビを見て変態みたいにウットリしてるので、感心したとは絶対に言わないと心に誓った。


 司書長が安心させるように補足する。


「わたくしも体の大きさを自在にあやつるまではできません。ロンドに任せますが、心配はいりません。ロンドの使い魔はどれも七級にはもったいないハイレベルです。とくに、獣王は神獣。この千年、誰も使い魔にできた者はおりません。召喚魔術師家系のジュールでさえ、獣王に匹敵する使い魔は持っておりませんよ」

『なんでそんななものを、このヘボ魔術師が?』


 ロンドが袖をかみながら答える。


「裏庭で歌ってたら、よってきたんですよぉー」


 セイレーンの歌声。

 人の心を思いのままあやつる魔力を秘めた……。


『なんだか、ズルイな』


 ワレスが言うと、司書長はさみしげに笑う。


「それが魔術の世界ですから。素質のある者だけが高みへ行ける。それだけに、誘惑も多い」


 ワレスは司書長がスノウンのことを言っているのだと悟った。


『スノウンはどうなったんだ? あれきり帰ってこないんだろう?』

「スノウンはあなたを捕えるために利用されただけです。おそらく、殺されたでしょう。あなたが封印内で会ったときには、すでに……」


 影のようにかききえたスノウンを思いだす。


『あいつも上に行きたかったのかな?』


 ダグラムの瞳がかげる。


「スノウンはわたくしの恋人でした。若いころの話ですが」


 そうか。それで……。


 私は一生、辺境の砦を守るだけの男だと、スノウンは言った。私は二級、ダグラムは一級。永遠に追いつけないと。


(スノウンは自分が一級になれないと知っていたのか)


 とっくに地下へ入っていてもおかしくない昔の恋人。

 二人はなぜ別れたのか。そこのところが原因だったのか?

 スノウンは今でも彼女を愛していた。だから、彼女に追いつきたかったのかもしれない。


(だからって、おれの体で追いついたって、しょうがないだろうよ。ダグラムが愛したのは、体もふくめてのあんただろうに)


 戦いの前だというのに、物悲しい気分になる。

 司書長が優しい口調でなだめてくれた。


「出会わないよりは、出会えたほうが幸せです。わたくしはスノウンと出会ったことに、なんの後悔もありません。スノウンもきっと同じです」


 何もしないよりは、何かをするほうがいい。そのほうが後悔もない。

 スノウンもこの結果に満足していたのだろうか。


『かたきは、おれがとってあげますよ。司書長』


 裏庭が見えてきた。いよいよ、敵地に乗りこむのだ。

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