十二章
十二章1
文書室をおとずれたワレスは、目立たないすみにある司書の寝室へ、ロンドを誘った。
「おまえの部屋へ行こう。いいだろう?」
「ああ〜ん。やっと、その気になってくださったのですね。よろしいですとも。行きましょう。行きましょう」
ついてくるハシェドのことは、あまり気にしていないらしい。こういうところが、ロンドだ。
薄暗い、陰気な部屋。まっこうくさい司書たちの匂いがする。
「さあ、どうぞ。今なら、だぁれも来ませんよ。うふっ」
さっそくベッドにすわって、ずいぶん乗り気なのが哀れでさえある。
「あせらず服をぬげ」
「うれしいっ。ワレスさま!」
覆面はとらずに服からぬぎはじめる。やっぱり、感性がおかしい。
「わたくし、この日を待っておりました。とびきり奉仕させていただきますわ。オスカー。ごめんなさいね。だって、わたくし、生きているんですものぉ」
手ぎわよく衣をぬぎすてていく。お芝居の早変わりのようだ。ワレスは我慢ならなくなって、クスクス笑った。
「そこまででいい」
「は? でも、下着をはいてたら、できないですよ?」
「問題ない」
ハシェドを手招きして、彼が両手にかかえた衣服の山をベッドの上にひろげる。
ロンドはようやく気づいて、目つきが侮蔑的になった。
「なんですか? それ」
「着せかえ人形の材料だ。人形遊びは好きじゃないのか? 女はみんな、花と宝石と人形が大好きだぞ。あとは甘いお菓子」
「何が人形遊びですか。だって、それ、男物ですよ」
「あたりまえだ。おれのおさがりだからな」
「やっぱり! どの服も見おぼえがある。プレゼントなら新品にしてくださいよ。誠意が感じられません」
「なんで、おれがおまえに意味もなくプレゼントなんて贈るんだ。いいから好きなのを選べよ。おれだって、ほんとは自分の着ていた服をおまえなんかに着せたくないんだぞ。だが、役立たずのおまえが役立つ、めったにない機会だからな」
「寝るんじゃないんですかぁ……?」
「まだ言うか。さっさと着ろ」
「ああん……」
クネクネしていたロンドだが、あきらめたのか、ワレスの服を選んで身につける。夏なので目の荒い風通しのよいユイラ服。正装用の丈の長い白無垢の上に、帆船が大きく刺繍で入った水色のローブだ。ロンドはその上から、日よけの
「それで? 私を着飾らせて、どうしようって言うんです?」
服装が変わると態度まで変わった。これなら昔の貴公子の面影がある。もともと造りは悪くないので、趣味のいい服を着てまともにしていると、まるで純潔のまま死んだ乙女が白鳥になり、満月の夜にだけ人間の姿に戻るといわれる、古い伝説の白鳥の精のようだ。
目論見が予想以上にうまく運んで、ワレスは喜んだ。ハシェドなんて、着替えおえたロンドを見たあとから、ぽかんと口をあけて言葉にならない。
「よしよし。そのまま背筋を伸ばして、妙なことはしゃべらないように」
「しょうがないので、しばらく、グレウスになりきってあげますよ」
「しばらくと言わず、つねにそうだと助かるが」
「それはムリです。司書の制服を着てる私は、ロンドですから。こういう服はひさしぶりだ」
やっとハシェドが我に返る。
「ビックリしたな。そうしてると、意外とロンドって……」
ちょっと照れくさそうなので、ニマリとロンドが笑う。
「ユニセックスなのが私の魅力です。今なら迫っても怒りませんか?」
ハシェドのあごのさきに指をかけて、やりだしたので、ワレスはあわてた。
「誘惑するのは別の男にしてくれ。好きだろう?」
「相手によりけりかな」
名前をうちあけると、ロンドは嬉しそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます