第四十二話
「ホウツキさん!」
フラトを包み込んだ球体の大爆発で、ナナメの声は掻き消された。
近くにあった球体も連鎖的に爆発し、更なる轟音を撒き散らす。
「……………………そんな」
爆発の中心地は――跡形もなくなっていた。
傷一つない、焦げ跡すらない床が、何事もなかったかのように見えるだけで、それ以外の何もかも、一切合切が爆発で吹き飛ばされてしまったようで。
「おやおや?」
しかし、そんな光景に老紳士は疑問を感じたらしく、爆心地から視線を逸らし、辺りを探るように俯瞰している。
「流石に肉や内臓、血液が少しくらいは――っ」
なんて、えぐいことを口にしている途中で言葉を切り、身体ごとぐるん、と背後を振り返った老紳士。
同時に掲げた杖が、間一髪――蹴りを受け止めていた。
上空にいる老紳士の、更に上に出現したフラトが、身体を縦に回転させ、勢いを乗せて振り下ろした右足を――その蹴りを。
「くっ」
フラトは、受け止められても尚、ぐぐぐ、と力を籠め、杖を強引に下げる。
そして。
続けて振り下ろした左足の踵が、老紳士の顔面を捉えた。
「んぶっ」
思い切り、そのまま振り抜いた左足の勢いに吹き飛ばされ、老紳士が落下していく。
その後を追うように、重力に従って自然落下するフラトは、追撃で老紳士を踏み付けようとしたが、これは真っ黒な液体状に変化され回避された。
「流石に、そこまで甘くないか」
ちぇ、と呟きはするが。
しかし。
空中での蹴りは確かに手応えがあったし、今の、単純な踏み付けなんていうわかりやすい追撃に対し、反撃ではなく回避行動を取った。
多分、ダメージは通っていると見ていいのだろう――と思う。
ただそうなると、それはそれで、とフラトは複雑な表情作る。
そんなフラトに、
「急に背後から襲うとはずるいじゃあ、ないですかな」
五メートルほど離れた場所に出現した老紳士から、文句が浴びせかけられた。
「こちとら余裕がないんで、攻撃する前に話し掛けたりとかはしないよ」
そう言うフラトの服は――いや服どころか、下の皮膚や肉まで裂けてところどころ出血しているし、傷の周辺には火傷も見られる。
「ふむふむ。普通に人の形を保って動いてますね、貴方」
「…………まあ、見ての通り」
無事ってわけじゃあないが、とフラト。
「ふむふむ。むむむ――」
唸りながら老紳士が、左手の人差し指をこめかみに当てようとするが。
「ああいやいや、違うんでしたね。これは違うんでした。こういうことじゃない。しかしだとするなら果たして果たして、不思議なものですねえ。幻術や認識疎外の類ではなく、あなたが人であるということも間違いがない。となれば、あの球体には間違いなく閉じ込められた筈だというのに…………」
こめかみに当てようと上げていた左手を顎に当て直し、不思議そうに、しかし同時にどこか楽し気に、口角を上げながら首を捻って、『気になりますねえ』などと呟く。
「それ、考えててわかるのか?」
「何事も、思考せねば辿り着けますまい」
「確かに」
――思考することは絶対にやめるな、と。
――起き得る最悪の事態を想定することを忘れるな、と。
師匠に何度言われたことか。
まあ、その言葉を聞かされるのは、決まってぼこぼこにされた後だったりするのだが。
さっきだってそれを意識できていなくて、『影』みたいなヤツにぶん殴られたし。
「けど、思考だけじゃ足りない」
「どういうことでございましょう?」
「思考するだけじゃあ、なかなか辿り着けないことが世の中ほとんどだ、って言われた」
「つまり?」
「思考と試行こそが必要なんだってさ」
「ほおぅ。成程成程。確かにそれも一理。いや、心理ですかな。ではでは、折角御助言頂きましたので、その試行とやらをば――」
くるくるくる、と杖を器用に振り回しながら、老紳士が歩を進めてくる。
真っ直ぐ、フラトの方へ。
歩いてくる。
距離はあっという間に縮まり――あと一歩。
フラトの間合いに侵入するその直前、老紳士の姿がブレるように掻き消えた。
が。
その直後には、突き出したフラトの肘が、正確に老紳士の顔面を捉えていた。
「ぶっ」
醜悪な呻きを残して、老紳士の身体が吹き飛ぶ。
ごっ、と一度身体を床に打ち付けた後、液体状になって床に飛散。瞬時に集まり、老紳士の姿を形成し直していたが、フラトがぶん殴ったばかりの顔面にはまだ跡が残っていた。
「いたたたたた。んんむっ」
老紳士が首を左右に振り、こき、こき、と子気味のいい音を鳴らす。
骨とか筋とか、およそ人体を構成している要素など、その中にないだろうに。
器用というか、遊び心に溢れているというか。
「んんんんんむぅ。いやはやいやはや、おかしいんですよねえ、さっきから。とても、とても、痛いんですよ。あなたの攻撃」
「そりゃあ、だって、ちゃんと当ててるし」
「いえいえ、そういうことではなくて……………………いや、まあそうですね、何故か当たってるんですよねえ」
朗らかな声音で言いながら、しかし、老紳士の顔から薄っぺらい笑みが剥がれ落ちた。
真顔で、真っ直ぐに見据えられ――びり、とフラトの背筋に、電流にも似た緊張感が走る。
懐かしい――緊張感を極度に高めるだけ高めたかのような空気。
辺りに充満する、殺意と気迫。
僅か数日――師匠と稽古をしていないだけで、その感覚を随分と懐かしいもののように感じた。
「変なんですよねえ」
「何が?」
「いえ、私がこの『遺跡』なんかと貴方達に呼ばれている場所で、これだけ後ろに位置している意味はわかりますでしょう?」
「まあ、なんとなく…………」
「その私が、ただの人間の打撃を喰らっただけで、ここまでのダメージを受けるとでも? というかそれ以前に、ただの打撃なんかを喰らうとでも?」
「いや、それは、さあ…………知らんけど」
とは嘯いてみるが、そんなものは、エンカの攻撃がまともに通らなかった時点で明白だったことである。
「貴方、別に何かしら特別な『魔術』を使ってる様子もないですしねえ」
「まあね」
使いようがない。
「何故当たるのですか? 何故こんなに『痛い』などと、私が感じているのでしょうか?」
「さあ?」
「ふふふ、気になりますねえ。ああ、痛いなどという感覚、いつぶりでしょうか。久しい、とんと久しい感覚です。痛いのに、こんなにも痛いのに、なんと楽しいことなのでしょうか」
なんか盛り上がり始めた。
いや、あの老紳士は最初から一人で、勝手に盛り上がっている感があったけれど。
遂に極まったか。
「いや、そこで楽しそうにするのってどうなのよ。怖いんだけど」
「まさかまさか、今更怖いなどと吐くのですか」
「そりゃあ怖いよ。得体の知れない化物みたいなのと戦うのは、本当に、心底怖い」
「私がなんなのか、気になります?」
「別に」
「振られてしまいましたかねえ」
でも、と老紳士は続ける。
「逃げられませんよ」
「わかってる」
「じゃあ付き合っていただきましょうか、っ!」
真っ直ぐ突っ込んできた老紳士が、身体の影に隠すように引き絞っていた杖を突き出してくる。
「っ」
フラトはそれを避けるために首を傾げ、紙一重で躱した上でカウンターを合わせようとして――
「!?」
咄嗟に横に転がった。
「ほお」
老紳士が感心したような声を漏らす。
「今のは完全に感覚でしたよねえ。最初は首を動かすだけで躱そうとしておりましたし、何やら反撃の気配も感じられました。直感という奴ですかねえ」
言う通り、感覚だった。
何がどう、と言語化するのは難しい。
兎に角、そうしないといけないという気がして、身体が勝手に動いていたのだ。
これまで散々、師匠にしごかれた賜物とでも言おうか。
すぐさま立ち上がったフラトの首筋から、たらり、と血が垂れていた。
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