第四十一話
「ふふふっ。確かにその通りでございますね。いやはや私としたことが、驚きのあまりついつい好奇心が疼いてしまいまして、知りたい欲求が抑えられませんでした。…………お恥ずかしい限りです。しかし今の言い方、再現性があるということでございますよね。なら、私なりに見極められるように頑張ると致しましょうか」
ふふふ、楽しいですねえ――などと笑いながら、こん、と。
老紳士は、杖の先端で床を叩いた。
こん、こん、こん、と。
「指鳴らすだけじゃないのか」
杖が床を叩く度、黒い球体がふよふよと、どこにともなく出現した。
ふよん、と形を歪めて宙を浮遊する。
こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん、こん。
「いちいち多いな」
愚痴る間にも黒い球体がどんどん増えていく。
こんな状況になるのを予想できていなかったわけではないが、しかしさて、どうしたものか。
いや、というか。
魔力弾も撃ち出せず、魔術での遠距離攻撃もできないフラトがこの爆発球体を処理するには、先程エンカがそこらにぶちまけた小石をいちいちぶつけるしかないか。
なんて、そんなことを思っていると。
「!?」
少し離れた場所で不意に爆発が起きた。
しかも更に、爆発が連続する。
原因は――フラトの後方から放たれる魔力弾だった。
それが球体に着弾する前に空中で炸裂し、範囲内にある球体が誘爆を起こしているのだ。
「ふんっ。そっちが球体同士で誘爆しないように調整してても、こっちが爆発起こせば関係ないでしょ。ってことでホウツキ、こっちの周囲と、ついでに他にも邪魔そうなのは私が適当に処理するから、そっちはそっちで集中して」
振り返ると、エンカは片手で『元気になるパン』を持ち、齧って咀嚼しながら、もう片方の手で魔力弾を発射しまくっていた。
本当に、言葉通り適当に処理してやがる。
「…………助かる。ありがとう」
とは言え、である。
いつものノリで、ふざけているように見えてしまうが、先程の戦闘でエンカは、なんだかんだ嫌がっていた魔剣まで使用し、かなり魔力を使っていた筈なのだ。
これから先を考えるならば、エンカには少しでも魔力を温存してもらい、少しでも回復してもらわなければならない。
どれだけ時間を稼げるのかはわからないが――それが僅かだろうと。
「さて――」
いつの間にか、フラトの周辺に増えまくった球体のせいで、老紳士の姿が見えなくなっている。
「ここで何もできなきゃお前も死ぬわけだけど、手伝ってくれたりする?」
言いながら、足下に落ちていた小石をいくつか拾って頭上に放り投げると――しゅ、とそれぞれに糸が張り付き、あっという間に小石を包み込むように巻き付き、ぐるんぐるんと振り回され、黒い球体へ襲撃を掛け始めた。
爆発、爆発、爆発。
驚くべきは、超至近距離でその爆発を食らっているはずの、小石を内包した糸の塊に傷一つ付いていなことか。
糸一本すら切れず、寧ろ爆風に乗って上手く次の球体まで飛んでいき、再び爆発を起こして処理している。
そうして切り開かれた道をフラトは駆けて進む――のだが。
「…………まあ、だよな」
いつまでも同じ場所で、ぼうっとあの老紳士が待っている筈なんてなかった。
咄嗟に上を見上げたフラトに、
「私をお探しかね」
ぞくり、と背後に出現した気配と声。
咄嗟に振り返ったフラトの喉元に迫る杖の先端。
「っ!」
右手で杖を叩くように軌道をずらしながら、自分も横に勢いよく転がって回避した。
「っ、…………わざわざ声を掛けてくるなんて余裕かよ」
「なに、そういうわけではないですとも。何より少年、貴方、私が声を掛けるよりも先に、私のことちゃんと気付いていたでしょう? じゃないとあれは避けられませんよ」
言うや否や、ばしゃり、と老紳士は真っ黒な液体のようになって床に落ち、それが立ち昇って黒い球体に変化した。
すかさず蜘蛛が糸の塊をぶつけて爆発させ、フラトはその場から飛び退った。
「あれも魔術、なんかね」
どうなのだろう。
ナナメはアレを――人の皮を被った化物のよう、みたいに言っていたか。
どろどろとした不快な黒。
なら老紳士としての『人型』ではなく、あのどろどろとした真っ黒な『液体』の方こそが本体?
なのだろうか?
「まあ、この際相手がなんであれっ」
言いながらフラトは、横に振り向きざま拳を打ち出した。
が。
人型を形勢しかけていた、真っ黒なモノの頭部を貫きはしたものの、手応えらしい手応えは感じられなかった。
「ちぇ」
びしゃり、と崩れて床に沈み、数メートル離れた場所の床に再び湧き出して人型を形成。
老紳士と成り、顔に薄っぺらい笑顔を張り付ける。
仮に液体状のソレが本体なのだと仮定して――いや、液体があんな風に人型になったり、ましてや喋ったり、攻撃してきたりなんて不可思議は、もう取り敢えず飲み込むとして――果たしてそんなものを相手にどう戦うべきなのか。
物理攻撃の近接戦闘が主体のフラトとはそもそも相性が悪い。
やれることが限られ過ぎている。
「ずるいぞ、それ」
「はははっ、ずるい、ですか。何だか新鮮で直球な文句ですね」
何故か、楽しそうに老紳士は言う。
「でも貴方、今度はかなり余裕で私に気付いたじゃないですか」
「気づかいでか。僕の間合だぞ」
「ほうほう。成程成程。先程は離れた場所から一気に間合いを詰めた為に、攻撃を仕掛けるところまでいけた、と。矢張りこうして人型を形成するまでのタイムラグがネックですかねえ」
ふふふん、と楽しそうに老紳士が考察を口にし、
「では――こういうのは、どうですか?」
「は? あ、がっ!」
急に横からぶん殴られ、フラトの身体が吹っ飛んだ。
受け身さえまともに取れず、床に身体を打ち付け、転がる。
「いってー」
すぐさま起き上がったフラトの視界には、今の今まで自分がいたところにぼうっと突っ立っている――真っ黒な人型の何かが映った。
子供が描いた雑な『人間』の輪郭を、とんでもなく図太くして真っ黒に塗り潰したようなモノ。
ソレが、ばしゃり、と一瞬で液体のようになり、床に散らばって吸い込まれていった。
「分身は、もっとずるいって」
全然気付かなかった。
こうして見た後となれば、それらしい薄っすらとした気配は感じていたが、アレに意識らしいものがないせいか、反応しきれなかった。
殺意というか、害意というか――敵意のようなものが感じられないだけで、随分やりにくいものである。
ああ――いや。
ちょっと違うか。
素直に認めるべきだ。
単純に意識の隙を突かれたのだと。
老紳士以外に、自分に攻撃を仕掛けてくるような何者かはいないと、そう思い込んでいた無意識の隙を。
甘えた。脅威と認識しつつも、甘く見ていたな、と――気持を切り替える。
「いやいや、正確には分身などではないですがね。人の形にして使役しているだけですので」
「変わらないだろ、それ」
もしかしたら単純な分身だったほうが上手く反応出来ていたかもしれない。
「はははははははははっ、ですか。ではでは、このまま私は高みの見物と洒落こませていただき、貴方の戦いを研究させてもらいましょう」
「あ」
言うなり老紳士がゆっくりと、地面から足を離し、宙へと浮かび上がった。
跳躍ではなく浮遊。
完全に手の届かない高さで老紳士が静止するのと同時、
「うわ…………」
フラトの周囲で三体の、先程フラトをぶん殴った『影』のようなものが床から立ち昇るように、生まれた。
正面の一体が繰り出した拳を避け様、カウンターで頭部を殴って破壊。
すぐさま右の二体目が、フラトを掴もうと伸ばしてきた手を弾いて逆に掴み――これちゃんと掴めるのか――などと感心しながら懐に入って背負い投げ。
左の三体目にぶつけて、その場から大きく後退した。
フラトの視線の先、頭部を破壊した一体目は既にその姿を消しており、残った二体も、フラトを追いかけてくるでもなく、びしゃり、と液状になり、床に吸い込まれるように消えた。
のだが。
後退したフラトが着地した、その場所を取り囲むように――五体の影が新たに立ち上がった。
「忙しないな」
きりもなさそうだった。
嫌そうに表情を歪めるフラトに、五体の影が一斉に飛び掛かってくる。
正面に踏み込み、目の前の一体を殴り飛ばしてその勢いのままに離脱しようと、瞬時に考えたフラトだったが――
「なっ!?」
考えたように踏み込む前に、飛び掛かってきた五体の影が一斉に液状に変化し、その形を変え、フラトを包み込む球体と成った。
「ホウツキさん!」
ナナメの叫びは、老紳士が指をぱちんと鳴らし、フラトを覆っていた球体が大爆発を起こした轟音で掻き消された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます