第三十四話

 最後に到達した『10』の柱がある部屋。

 一旦ここでしっかりと休息を取ることにした四人は、食事を済ませ、風呂に入り、洗濯もしつつ――目隠し用に張ったロープの位置を変え、更にフラトが亜空間収納から切れ込みの入った木の棒をいくつか取り出して組み上げ、それらに洗濯物を掛けて現在乾かし中である。

 下着やら何やらもう丸見えだし、フラトはそこら辺、どう配慮したものかと最初悩んでいたのだが、エンカのみならずナナメからも『気にしなくていい』と言われてしまい、そんなことで悩む時間があるなら休息の為に時間を掛けるべき、と言われてしまった。

 そもそもお風呂すら、ナナメは目隠しなしで入るつもりだったらしい。

 組合において、依頼遂行の為に長期遠征する際は、男女であろうと互いに裸を見られるくらいは当たり前のこととして臨まなければならないらしい。それが当たり前なのだとか。

 確かに、川や湖を見つけて水浴びをするとなった際も、恥ずかしいからと一人、或いは小人数になってしまっては、危機的状況に遭ったときにすぐに助けられない。

 言われてみれば、納得であった。

 しかし。

 了承の上であっても、覚悟の上であったとしても――矢張り、どうしても気になるものは気になるし、正直見たくなるので、フラトは自分から洗濯物が自分の背に来るような位置に移動して、ナナメが淹れてくれた珈琲を楽しむのだった。

 多分、美味しかったんだと思う。

 他の三人も、ほっとしたようにちびちび珈琲を口にするような、静かな時間が幾ばくか過ぎた頃、おもむろに、改まるように、ナナメが口を開いた。

「では、折角なので状況の整理を、私の把握している限りで話させていただきます」

 しっとりと金髪を湿らせたナナメは少しだけ大人っぽく、艶やかに見える。

 年頃故だろうか――と言ってもフラトもナナメもそこまで変わらないのだが――曖昧な年頃というか、幼く見えてしまうときもあれば、今のように急に大人っぽく見えるときもある。

 道中、魔術のこととなると鼻息荒く、喜々として語っていた魔術オタクとしての雰囲気はどこへやら。

 寂しいものである。

 ともあれ――閑話休題。

 現状確認、情報共有である。

「ここまでの道中でようやく全ての柱の位置を把握し、尚且つ私達は既に『1』と『2』の柱を破壊することに成功してます。『1』の柱を壊した際、最初の柱とは違って巻き戻るように元に戻ることはなく、寧ろそのまま柱ごと床に沈んで消えたことから、『順番通りに柱を破壊していく』という方針は間違っていなかったかと」

 ナナメがマッピングした地図を広げ、視線を落としながら言う。

 小さなメモに書き足し書き足し広げていったそれは、今となっては継ぎ接ぎだらけの巨大な、しかし立派な地図となっていた。

「確かに以前ザラメが言ったように、ここからは順番通りに行かなければならないので、わざわざ遠くに行ってから引き返す、なんて手間を取らなければならない場面もあるでしょうが、半面ここまで散々引っ掛かってきたハズレのルート――柱には通じず、行き止まりとなったルートは全て無視できますので、どうでしょう、これまで掛かった三日間という時間から更に多くなることはないと…………願いたいですね。あわよくば短くなってくれることを期待したいですが、まあそれは置いておいて、これから辿るルートはどこも一度は通っているはずなので、二度目の通過に初めて起動するような罠さえなければ、ほとんど罠の対処にかかずらうことなく進めるというのは、朗報と言えるかもしれません」

「二度目の通過に際して、初めて起動する罠…………その可能性は、俺達がこの迷路のような階層を進み始めてすぐに話題に出たが、一応、ここまでの道中でそういったタイプの罠は一つもなかったよな」

 こちらもまた確認するようにトウロウが言うと、他の三人は無言で頷き、それを確認したトウロウは更に続ける。

「まあ可能性という話なら、こうして全ての柱のある部屋を回った後になって、初めて起動するようになる罠の存在も考えられるっちゃ考えられるし、矢張り、一度通ったからって手放しで気を緩めたりは、しない方がいいかもな」

 釘を刺すようにトウロウが言うと、

「そうですね、長くいるせいで慣れてきたのか、少し『ここが遺跡である』という事実がぼやけていたかもしれません。遺跡内で気を抜く、なんて、厳禁でしたね」

「まあ確かに気を抜いちゃいけないのはそうだけど、タナさんが朗報って言ったのもあながち間違いではないよね」

 少し申し訳なさそうにするナナメに対し、エンカがフォローするように言う。

「確かに気は抜けないけど、ここまでの感じからすると全ての通路で罠が新しく起動、あるいは再起動ってこともなさそうだよね。別に罠そのもので、執拗に私達を殺しに来てるわけじゃないっていうかさ。だからまあ、ここに来るまでよりも、実際に対処しなくちゃならない罠の数は大分減ると思うし、その分体力を節約できて、通路を進む方に消費できるなら時間の短縮にも繋がるでしょ」

「執拗に殺しに来てるわけじゃない、とは言うが崩城の、俺の記憶だと罠はほとんどどれも、まともに喰らえば即死級のものばかりだったと思うが」

「うん、まあそれはそうだけど、そういうことじゃなくてさ…………んーなんて言ったらいいかな、ここまでの罠ってさ、どこもかしこもあんまり似通った罠ってなかったじゃん?」

「そうだったか? …………まじで?」

「うん、まじで。かなりバラエティ豊かに考えられてたって言うか、取り揃えられてたって言うか、豪華だったわけよ。でもその割に、通路と通路の繋ぎ目となる曲がり角で罠が発動することは、結局ここまで一度もなかったし、この小部屋も同様だよね。ちゃんと安全地帯が確保されてた」

「罠が通路のみに設置されてるっていうルールがあると?」

「さて、作った側に課せられた縛りなのか、それとも自ら課した縛りなのかはわからないけど、どうにも、作った側も『面白さ』みたいなのを求めてる匂いはしないでもないかなって」

「面白さ、ねえ…………」

「ただそう考えると、突発的にどこかで新しい罠の発動ってのは、十分に有り得る気がするけど、一度使った罠の再起動なんて、あまり面白くないような真似はしないと思うんだよね」

「ま、ここまで来ると、崩城のその主張もあながち間違いじゃない気もしてくるから何とも言えんな。取り敢えずこれ以上混ぜっ返すのは止めとくわ」

 肩を竦め、微妙な表情のままトウロウは、カップに入った珈琲に口を付けた。

「結局、これまで通り警戒はしつつ、だけど対処する罠が少なくなれば進む分の体力に当てられていいよね、ってことでいいのか?」

「そゆこと」

 フラトがそれとなく結論をまとめると、エンカもまたカップに口を付けながら肯定した。

 つまるところ――これから今まで通ってきた通路を戻り、柱を順番に破壊していかなければならない、という目標が変わるわけではない。

 あくまで今のこの時間は、ちょっとした状況の整理なので、話し合いもそこそこに、それぞれが手元の珈琲を飲み終えると、思い思いに時間を使い始めた。

 エンカは軽い柔軟を始め、トウロウは剣の手入れを。

 フラトも最初はナイフの手入れをしていたのだが、あまり時間も掛からず終わってしまい、ふと近くで、まじまじと自分の作成した地図を見ているナナメが目に留まった。

 大作も大作、超大作と言っていいほどの規模になった自作地図。

 流石にそこまでのものを作ると、自分で作ったとはいえ感動もひとしおなのか、きらきらした目でまじまじと見ていた。

 ふと、そんなナナメの視線がフラトとぶつかる。

「もしかして、この魔術陣が気になりますか!?」

 はきはきとそんなことを言って、別にフラトが気付いてもいなかった地図の隅にある小さな魔術陣を、わざわざ近くに寄って来て見せてきた。

「いや、あの――」

「魔力を溜める核になるような魔鉱石もないのに、こんなところに魔術陣を描いてなんの意味があるんだって思いますよね!?」

 ぐい、と前のめりで言ってくる。

「あの……………………はい」

 フラトが折れると、ナナメが喜々として語り出す。

 お風呂上がりでどれだけ大人っぽくても、魔術オタクは魔術オタクなのだった。

「実はですね、この紙自体にそこまで多くはありませんが魔力を含有する性質があるんです。なんといってもこの紙、封鎖地域となっている魔力濃度のとても濃いところに生えている木から作られた紙でして、そこそこ値の張る貴重なものなのですが、でもそういうものだからこそ、遺跡で役立つかなと思って持ってきたんです。まあ、どれだけ希少な珍しいものでも所詮はメモでしかありませんが、でもこうして役立つなら本望ですよね。持ってきて良かったです」

「へえ」

 特に気になってはいないことだったが、割と面白い話が聞けて素で感心してしまうフラトだった。

「えっと、答えたくなければいいのですが、因みに、その隅にある魔術陣はどういた魔術を発動する為に?」

「勿論大丈夫ですよ! あのですね、別に大したことない魔術陣なんですが、これは劣化を緩やかに遅くしてくれるもので、言ってしまえば防塵、防水などが施される仕様になります」

「割と便利ですね」

「そうなんですよ」

 ナナメが嬉しそうに顔を綻ばせる。

 保存機能のある袋にしろ、水の溜まる鍋にしろ、魔力保有可能な紙を使ったメモにしろ、色々と持っているものである。

 きっと他にも便利道具を持っているだろうし、訊けば喜々として答えてくれそうな気配があるが…………次の機会ということで。

「んじゃそろそろ順番に寝ようか。多分四人で一斉に寝ても問題はなさそうだけど、一応ね」

 ということで疲労度の高そうなナナメとエンカが先に眠り、フラトとトウロウが後半ということになった。



 それぞれ十分な睡眠を取った後。

 朝食もしっかりと食べて服装も整え、それぞれ乾かしていた服も収納し、丸太やらなんやら使っていた道具はフラトの亜空間収納の中へ。

 焚火の後始末も終えて、片づけは万端。

「準備できた?」

 エンカの問い掛けに三人は頷いて答えた。

「んじゃ、行こうか。こっからは順番に柱を破壊していくことになるから、進む順路はタナさん、お願いしてもいい?」

「はい。その為のマッピングです。任せて下さい」

 力強く、少し嬉しそうにナナメが言う。

「昨日言った通り、一度通過したからって甘えるのはなしだからね」

「はい」

「わかってる」

「了解」

 三人がそれぞれ答え、それじゃあ、とエンカを先頭にこの小部屋から出て行こうとしたときだった。

 しゅる、と。

 糸がエンカの首に巻き付いて瞬時に締められた。

「うぶぇっ」

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