第二話
「探索…………探索かあ」
一応流れのままに散ってはみたものの、探すと言われてもなあ、とフラトは困惑していた。
この場合、四分の一の空間をフラトが担当することになるのが自然なのだが、しかしまあ、見た限りで怪しい場所などない。
何か仕掛けられているのだとすれば、出来るだけわかりにくいように偽装された魔術的なものだろうし、そんなものを目視で見つけられるわけないよなあ、と思いながらも、取り敢えず地面を見ながら歩き回るフラト。
やってる風の雰囲気は出さなければ。
「……………………」
いや、やってる風って何だろう。
凄い気まずい。罪悪感というか、申し訳なさで胸が苦しい。
多分こんなの、他の三人から見ればフラトが何もしていないのは丸わかりだろう。
あいつだけ何かさぼってね――などと言われていたり、思われたりしないだろうかと、胃がきりきりする。
周りが働いているというのに、自分だけやれることがないというのは非常にストレスである。
苦し紛れにそこら辺の大きめの石をどかしてみたり、適当に地面を掘ったりしてみる。
「……………………」
全く手応えなんて感じなかった。
まあ、出来ることなんてその程度なのでしょうがないのだが。
たまたま近くに来ていたナナメを見ると、彼女なんて宝石のようなものに糸を括り付けて垂らし、何やらそれっぽいことをしている。
手で地面を掘り返してる自分が惨めったらしいったらない。
「それは何ですか?」
堪らず話し掛けてしまった。
「これは、所謂ダウジングです」
ナナメが顔を上げ、俯いていたせいでずれていた眼鏡を直しながら言う。
「この先端の宝石、魔鉱宝石なんですよ」
「魔鉱宝石?」
「知りませんか? かなり純度の高い魔鉱石の中から稀に見つかる宝石です」
「何か、凄い高価そうですね」
「…………」
何も言わずに苦笑で返されるあたり、本当に高いのだろう。
「魔鉱宝石の魔力伝達率や魔力保有量などは、通常の魔鉱石や宝石類よりも抜群にいいんです。ただその代わり、魔力の流し方や流す量によっては簡単に砕けるので、あまり実戦向きではないというか、ほんと、魔術の為に使う物としては結構ピーキーな性質なんです。なので、どちらかと言えば鑑賞用とか、装飾品としての価値の方が高いですね」
「その上で使っているということは、ダウジングとの相性は良い?」
「はい。魔力伝達率が良すぎて、この宝石自体が魔力に対してとても敏感に反応するんです。強めの魔術が近くで発動していると、ちりちりと微弱に振動するくらいには。なのでそれを頼りに探してみてる、って感じですね」
「へええ……………………って、それちょっと振るえてません?」
「ええ、振るえてますね」
「ってことは――」
「いえ、残念ながら…………」
本当に残念そうにナナメは首を横に振った。
「どこを歩いてもずっと同じように振動し続けているので、多分トバク様の結界の魔術に反応してしまっているのでしょう」
「そしたら一時的に結界の魔術を解除してもらったらいいのではないですか?」
「いえ、そもそも魔鉱宝石のこの振るえ、山に這入ってからずっとなんです。振動自体はこの結界内に這入ることで少し大きくなりはしましたが、この地の濃い魔素にまで反応してしまっているようでして…………」
「そうでしたか。ま、そんな簡単に行くはずもないですか」
「ですね」
苦笑いでナナメは相槌を打った。
「場所によってもっと極端に振動が大きくなってくれたりすれば、何かしらわかるかもと思ったのですが…………どうも、この方法じゃ駄目そうですね」
言いながらナナメは紐を手繰って宝石を手元に戻し、それを鞄の中に入れてしまった。
「…………」
「…………」
不意に会話が途切れて気まずい空気が流れる。
フラトにはそもそも何かを探す為の手段がないし、恐らく、ナナメにしてもダウジングくらいしか思い付かなかったのだろう。特に次の行動に移る気配がない。
ふと、目が合い――次第にナナメの視線が上がっていく。
じーっと、上がっていく。
「あの…………ホウツキ様」
「何でしょう」
「その……………………その頭の上の子は、何なんでしょうか?」
「それは僕も訊きたいですね」
「えぇ…………」
「まあ、強いて言うなら置物ですかね痛っ」
振り回された糸玉がフラトの顔面に直撃した後、巻き取られた。
「その子、撚蜘蛛ですよね?」
「みたいですね」
「えーっと、その口振りからしますと戦力として一緒に行動しているわけでは…………」
「ないですね」
戦力なんてとんでもないこれですよ、とフラトが自分の頭の上を指差すと、案の定糸玉が投げられたし、なんなら玉にとげとげが付いていた。
まあその棘だって糸をなんやかんやして作っているのだろうが、本当に器用なことをするなあ、と思う。
しかも短時間で。普通に痛いし。
「山を歩いてたらたまたま巡り合って、そしたら勝手に服に飛びついてよじ登ってきて、以来頭の上に勝手に居座ってるんですよ、こいつ」
色々端折っているが、嘘ではない。
「なので僕もこいつについてはよく知らないんですよねえ」
ほんと。
全然。
何にも――みたいなレベルで知らない。
「はあ…………」
呆れているのか、疑っているのか。
よくわからないものをよくわからないまま飲み込もうとして、けどやっぱり喉あたりに引っ掛かるから飲み込めなくてどうしようかなあ、みたいな目で見られながら、ナナメの吐き出す吐息を聞いたところで、
「集合ー」
エンカの声が響き、二人でそちらへ向かう。
「はい、並んでー」
言われた通り、エンカを前にして三人横に並ぶと、目の前のエンカは手を上げ、
「では、何か気付いたことがある人ー」
と、そんなことを言った。
「お前が気付いたから集合掛けたんじゃないのかよ」
「はい、うるさい」
ひゅん。
「あぶなっ」
慌ててフラトが首を倒すと、間一髪、頬を掠めるように飛んでいった小石程度の魔力弾が背後の木に当たって破裂した。
「…………」
「…………」
僅かな静寂――ごほん、とエンカがわざとらしく咳払いをして、再び口を開く。
「何か気付いたことある人ー」
何事もなかったかのように間延びした声で、再度そんな風に言うが、あんなものを見せられた後で誰か発言するとでも思っているのか。
「はーい」
ということで、フラトが手を上げた。
「はいホウツキ、何に気付いた?」
「いや、何にも」
「は?」
「だから何にも気付いてない。成果はありませんでした、という報告です」
不甲斐なくて申し訳ありません、とその場の勢いで深く深く頭まで下げようとしたらエンカに頭を引っ叩かれた。
「いてっ……………………いや、一応石引っ繰り返したりとかしてみたけど何も見つからなかったんだよ」
「石って、蛇やら虫やら探してるわけでもあるまいに」
でもまあしょうがないか、と小さな声でエンカがこぼすのをフラトは聞いた。
フラトに魔術的な何かを探す術がないことは理解してくれているらしい。
じゃあ叩かなくてもいいのにと思ったが、先に茶番を仕掛けたのはフラトなのでしょうがない。
「あ、あのー」
「はい」
おずおずと手を上げたナナメをエンカが指差す。
「私も、ホウツキさんと同じようなものでした。一応ダウジングを試してみたりはしましたが、これといった成果は何も…………」
「うむ。でも出来ることを試していて偉い」
「あ、ありがとうございます」
ナナメが安堵の吐息を漏らす。
もしかしたら自分も引っ叩かれたり、魔力弾を飛ばされるかもしれないと思ったのかもしれない。
いや、寧ろ何故やらない。
「それでザラメは?」
「俺も、これと言っては何も」
と首を横に振った。
「で、招集を掛けたあんたこそどうなんだ、崩城の」
「ちょっと、ザラメっ――」
すかさずナナメが、責め立てるような声音で、トウロウの名を呼びながら右足を後ろに振り上げ、振り子のように振ろうとしていると――
「あー、いいよいいよ」
エンカは言ってナナメを止めた。
「いえ、でも…………」
仕方なさそうにナナメは振り上げた足を戻すが、不服そうである。
「怒ってくれるのはありがたいけどそんな気にしなくていいよ。正直、親しい人以外に何言われたって別に気にしないし、それを抜きにしても、なんていうか、ザラメが蔑称として言っている感じしないし」
「えっ」
エンカが言うと、ナナメが驚いたようにトウロウの方を振り返った。
「えっ、て……………………城ぶっ壊すところ結構間近で見てたけど、普通にすげえなって思ってたよ、俺は。っていうか、少しでも戦闘に携わるなら、あの破壊力は普通に憧れる部類だと思うが」
みすみす、守るべき城を壊された王家部隊の人間を除いて、とトウロウ。
「私はてっきりまたふざけて、人の気持ちを害して悦に浸っているのかと思っていました」
「俺のこと何だと思ってんだよ…………」
ナナメの素直な気持ちの吐露にトウロウが苦い顔を見せる。
「ま、そういうことだから、あまり気にしなくていいよ」
エンカがナナメにそう言い、
「だってよ」
トウロウが便乗してナナメにニヤついた顔を見せると、
「いってえええええええええええ!」
一旦は下ろされた足が再び後ろに振り上げられ、トウロウの脛を襲った。
「あー、あとさ、この際だから今言っちゃうけど、私のこともホウツキのことも『様』付けしなくていいから。というか、何か嫌だから止めて欲しい」
「え、いや、それは…………」
「止めて欲しい」
「うぅ…………トバクさ、さ、んー……………………トバク、さん」
「まあ、じゃあそれで。ほんとはここから先、切羽詰まった状況とかもあるだろうし、簡潔な報告の為に敬語も邪魔なんだけど…………」
「…………ええっとー」
「ま、変に気にして報告が遅れる方が危ういし、そこはもういいや。何か気を遣って敬語にしてるってよりも、普段からそういう風に人と話すみたいな感じあるし、そっちの方が自然なんでしょ」
「…………すみません」
「いいよいいよ。んでさっきのザラメからの質問だけど、私も目ぼしいものは何も見つけられてない」
となると――。
自然と全員の視線が中央にあるドーム状の構造物に向けられた。
わかりやすく取り付けられた一つの扉。
エンカを先頭に、四人で目の前まで近付いてみる。
「ここら辺も別に、何かの仕掛けっぽい反応はないんだけど。何か感じる?」
言いながらエンカが振り返って三人に問うが、それぞれ首を横に振るだけだった。
「だよね。んじゃあ、まあ――」
「あ、ちょっとトバク!?」
「!?」
「!?」
ここまであれ程に警戒しておいて。
いかにもなこの扉に、安易に飛びつくのを避けていたのに。
というか――不用意に開けたら即死級の罠が作動するかも、なんて注意喚起をしたのはエンカだった筈なのに。
当の本人は気楽に扉に手を掛けて、開けやがった。
後ろの三人は咄嗟に身構えたが。
「真っ白」
白、というか。
扉の先は光に満ちているかのようで、或いは光に遮られているかのようで――何も見えない。
「扉を超える瞬間に作動するタイプの魔術ってことかな。よし、かかって来い」
「あっ」
何がかかって来いなのか、ろくに調べもせずにエンカは楽しそうにニヤついて扉の先に飛び込んだ。
光の中に溶けるようにエンカの姿が見えなくなる。
「あいつっ」
フラトもエンカを追って扉の先に飛び込み、
「ホウツキさん、待ってください」
「あ、おい、もうちょっと慎重に…………」
結局、順々に全員が光の中へ、その身を投じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます