第二十一話

「それじゃあ、行きましょうか」

 一晩が経ち、朝食後の清掃を終えたところでクビキとフラトは連れ立って玄関から出て裏庭へ向かった。

「へえ…………器用にやるものね」

 使えなくなったパーツ部分が差し替えられたり、ほぼ取り外されたパーツ群だけで新たに造られた、どうしてもところどころで色味や雰囲気の異なる棚や台を見て、クビキが感心したように漏らした。

「長いこと山で暮らしていて、ちょっとした工作は慣れているもので」

「これが、ちょっとした、ねえ…………」

 感心されたと思ったらすぐに呆れ顔を向けられた。

「もうどうにも使えないのは出来るだけパーツ単位であそこにまとめてます」

 とフラトが少し離れた場所を指差す。

「いや、処分する分って…………私が想定していたより断然少なくなってるんだけど」

「工具が用意してあってよかったです」

「あのね、なんか根本的に価値感って言うか、常識の部分から違ってそうだから、これは一応、一応言っておくけど――道具があっても使う人間に技術がなければ宝の持ち腐れなのよ。とても、素敵な人に育ててもらえたのね」

「素敵…………ですかねえ。まあ凄まじい人でしたけど」

 人というか化物だった、とは言わない。

 なんと言うか――普通に嬉しくて、むず痒くて。自分を通して師匠を素敵だと言ってもらえたことを、フラトは不覚にも嬉しいと思ってしまって、茶化すに茶化せなかった。

 くそぅ。

「それじゃあ処分品以外は倉庫に戻しちゃっていいですかね」

「ええ。お願いするわ。置く位置は――」

「地下へ続く為の穴が開く、あの位置を避けるんですよね。何となく憶えているから大丈夫だと思います。処分する方はどうしますか?」

「それは正面玄関の脇にでも置いておいてもらえると助かるわ」

「わかりました」

「今回、あんたに修理してもらったものも一ヵ所にまとめてもらえると助かるわね。時間のあるときに学長や他の職員と相談して使えそうなところで使わせてもらおうと思うから」

「はい、ありがとうございます」

「いや、お礼を言うのはこっちの方なんだけど…………まあいいわ。それじゃ――」

 跡は任せたわ――とクビキが踵を返して建物の方へ戻ろうとしたときだった。

「「っ!?」」

 どごん、と。

 少し離れた裏庭の隅の方で爆発が起きた。

 土埃が巻き上げられる。

 衝撃に乗ってこちらにまで飛んできた土埃が目や口に入らないように咄嗟に顔を覆っていた腕をフラトが下げると、

「…………」

 視線の先、爆発の中心地と思しきその場所では――「ごほ、ごほ、がほ、げほ」と急き込みながら、両手で持った剣を突き出した状態で左右に振り振りして、舞い上がった土煙を散り飛ばそうとしている人物が目に映った。

「お、おはー」

 とそいつが、自分を見つめるフラト達の視線に気付き、ちょっとバツが悪そうな表情で、しかし状況にそぐわない気楽な声音でもって挨拶を口にしながら、近付いてくる。

 それを見てフラトは肩の力を抜くと同時に、一瞬にして自分の背後に回り込み、自分を盾のようにしたクビキを肩越しに呆れたように睨み付け、

「何よ」

 何故か強気に、寧ろ何で自分が睨みつけられているのかわからないとばかりに口を尖らせるクビキに対し、

「別にいいですけど…………」

 小さく呟いて視線を外し、その間にすぐそばまで近付いてきたそいつに、挨拶を口にした。

「よー」

「や。久し振りー」

「お前のド派手な登場のせいで僕は砂埃塗れだよ、トバク」

 フラトが自分の髪や服に付いた砂埃を払いながら言うと、にしし、とそいつは楽しそうに笑った。

 エンカ・トバク。

 数日前に、サワスクナ山での遭難から脱し、下山したところで別れた、灰銀色の髪がよく似合う少女。

「驚かせたろーって思ってちょっと遠目からジャンプしてきたんだけど、想像以上に土煙が舞っちゃって、私も砂塗れになっちゃったよ」

「十分に驚いたけど、次からは玄関から這入ってきた方がいいぞ」

「ごめん、ごめん」

 照れたように笑って誤魔化すエンカだが、突然の爆発は魔獣の襲撃かと、割と本気で思ってフラトも咄嗟に臨戦態勢に這入ったし、それはフラトを盾にしていたクビキにしてもそうだったろう。

 ちょっとサプライズしてみた、みたいな感覚で遥か上空から落ちてくるのはまじで止めた方がいいと思うフラトだった。

 盛大な音と衝撃波に、あれだけ土煙が巻き上がったにも拘わらず、その爆発の中心地に目を向ければ、地面が全然抉れたりしていないので、つまりエンカの『そういう演出』だったということなのだろうが。

 魔術を使って無駄に派手な事をする奴である。

「何、あんたトバクちゃんと知り合いなの?」

 何食わぬ顔でフラトの背後から出てきて隣に並んだクビキが言う。

「トバクちゃんって、カイガイさんこそ知ってるんですか?」

「知ってるも何も、うちの常連よその子」

「常連?」

 フラトがエンカの方へ視線を投げると、何故かピースが返ってきた。

 意味わからん。

「いつもうちの野菜、わざわざここまで来てまとめ買いしてくれるのよ。個人で買いに来てくれる数少ない顧客よ」

 横からの丁寧な説明に、へえ、とフラトは相槌を打った。

「元気が出るパンにはここの野菜が必要不可欠なんだよねー」

「ここの野菜が使われてたのか。そういうのは王都で調達してるのかと思ってた」

「折角亜空間収納の魔具もあるんだし、だったら作ってるところで買った方が新鮮なものを手に入れられるでしょ。それに移動させる商人の労力が掛かってない分、こっちで直接かった方が安いし」

「それはそうだろうけどさ…………」

 そう言えるのは、ここに問題なく来ることが出来る――問題が起きたところで、それこそ問題なく対処できるエンカだからこそだろう。

 組合序列――華の位。

 実質の最高位序列。

 普通は、そんなリスクを冒すくらいなら、少々高くても安全に王都で購入する選択肢を選ぶのではないだろうか。じゃなきゃわざわざ商人の人もここまで仕入れに来ないだろうし。

「というか何であんたはトバクちゃんのこと知ってんのよ。この子、これでも華の位の組合員なのよ」

「ここに来る前に出会って、この町のことを教えてくれたのがトバクですよ」

「ああ、そういうこと。ふうん…………」

 訝し気な相槌を打つクビキ。

 出会って情報交換をした程度の距離感ではないだろうな――くらいには思われているのかもしれないが、だからといって言及もしてこなかった。咄嗟に、瞬時に迷わず人を盾にしたりするくせに、妙なところで大人な態度を見せる人である。

 クビキは、それで、とエンカの方へ視線を移す。

「それで――トバクちゃん、今日もいつもの量でいいのかしら?」

「はい。それでお願いします」

「了解。用意するから食堂で待っててくれる?」

「りょーかーい。ホウツキも一緒に行こうよ」

 とエンカからごくごく自然に誘われたのだが。

「いや、僕ここにあるの片付けないといけないからトバク一人で行ってくれ」

「えー。じゃあ私も手伝うよ。ほらさっさとやっちゃおう、二人でやった方が早いでしょ」

 などと言って、何をどこに運ぶかもわからないくせに、さっと目の前の箱を、三つほど重ねて平気で持ち上げ、移動しようとするエンカ。

「これどこ運ぶのー?」

「ちょっと待て待て」

 そういうことなら、と慌ててフラトは倉庫部屋の窓に近づき、全開にする。

「そしたらトバク、それ持ってそのままこの部屋の中に這入ってくれないか?」

「うぃー」

 エンカは持っていた箱を一度足下に下ろし、靴を脱いで大きく作られた窓を乗り越えるように部屋の中に這入ってから、改めて箱も部屋の中へ移動させた。

「その箱は、そっち側な。あとの物は僕がここまで運んできて置く場所教えるから、トバクはこのまま中で待って、整理しながら置いていってくれないか?」

「はいよー」

 そんな返事を背にフラトは再びシートを敷いた場所へ戻って別の箱類を運び、それが終われば椅子や台、棚などを運び、部屋の中にいるエンカに次々渡していった。

 横着しているのか何なのか、エンカは片手で、そこそこの重量があるものを軽々と運ぶ。

「お前それ、魔術使ってるだろ」

「そりゃあ、その方が楽だし」

「さいですか」

「だからほら、そんなところでぼうっと突っ立ってないで次の運んできてよ」

「はいはい」

 効率を考えるなら、フラトは自分が部屋の中にいる方が指示の手間も省けていいんじゃないかと思うものの、この物置部屋の整理はフラトが言い出した事なので、沢山動く役割は矢張り自分がこなすべきだろうと、改めて自分に言い聞かせながら迅速に、けれど傷がつかないよう丁寧に運んだ。

 思わぬエンカの手伝いがあったおかげで役割分担ができ、運び込む作業が終わるのとほぼ同時、並べて整理する作業も完了した。かなり早く終わったんじゃないだろうか。

 最後に、処分する物を紐で縛ってまとめ、移動させるだけである。

 エンカには、自分の靴を回収して、倉庫部屋の窓の戸締りとカーテンを閉めてから玄関に靴を置き、食堂に行ってもらう。フラトは外側を回って処分する物を置いて、正面玄関から這入る――と。

 それを伝えに、フラトが縛った処分品を小脇に抱えて倉庫部屋の方へ近付くと、

「あんにゃろう」

 既に窓もカーテンも閉められていた。当然エンカの靴もない。

 そうするように言おうと思っていたのだが、なんか釈然としなかった。

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