第十三話
「さて、取り敢えずわからないって言ってた『魔術』に関してのざっくりとした説明はそんなこところかな。正直、私にもわかってない部分って沢山あると思うし、後はもう自分で見て、調べてみて、って感じになると思うけど」
「ありがとうございます」
「あとなんだろ…………何かこれといって訊いておきたいことってある?」
「そうですねえ…………あ、そういえば」
「全身の黒子の数?」
「そんなマニアックな質問、そういえば、みたいなノリでしませんよ」
「じゃあ改まってならするんだ」
「しません」
「私は、そこそこ身体に黒子あるんだけど」
「訊いてないんですけど!?」
「どこにあるか知りたくない?」
「…………」
「あ、でも、そういえば、見たんだっけ。私の裸」
「…………」
反応しづらい会話の展開させるなよ、とフラトの顔が歪んだ。
「正直どこに黒子があるかなんてまじまじと見てないし、だからそれこそ正直に言えば知りたくはあるけど、ここは話を戻すとしましょう」
「心の声漏れてんぞ」
ごっほん、とわざとらしく咳払いをして、
「あの巨大な猪は何だったんですか?」
真面目くさった顔をしてフラトは改まって訊いた。
いや、実際この質問は大切な質問なのだ。これから、この山を歩かなければいけないのだから。
「あれは私もわからん」
しかし、きっぱりと、そう言われた。
「わからんですか」
「神獣か幻獣か…………あんな魔獣聞いたことないしなあ」
「その魔獣ってのは?」
「魔獣は魔獣なんだけど……………………もしかしてホウツキと師匠さんが暮らしてた山って魔獣もいなかったの?」
「どうなんでしょう…………少なくとも火を吐く猪はいませんでしたけど」
「それは私もここで初めて見たよ。しかもあんな極大火力、規格外も規格外。私達が一般的に猪って呼んでるのは
「そうですね…………確かにさっきのも赤かったな。そういう種類もいるのかと思ってあまり気にしませんでしたけど」
「人間も動物も、遥か昔は魔力なんて持ってなくて、その頃から比べると、人は魔力を持っても外見上目立った変化は起こってないけど、動物や昆虫は魔力を体内に保有するようになって変化したって話を聞いたことある」
「変化、ですか」
「そ。獣は魔力を持つようになって魔獣になり、それぞれで固有の能力と呼べるものを獲得したって」
「能力…………」
「たとえばホウツキが獲ってきた猪樫なら、筋肉を収縮させることで刃物なんて通さないくらい身体を硬くすることができて、そんな状態で弾丸みたいに突っ込んでくるんだけど……………………」
あれ、とエンカが首を傾げる。
「ホウツキ、どうやって獲ってきたの?」
「え、脳天ぶん殴って気絶させてから、ナイフでとどめを」
「まじか…………手、大丈夫なの?」
「…………うん。大丈夫そうですね」
自分の左手をグーパーしながら確かめ、頷く。
果たして硬かっただろうか、と思い出そうとしてみるが、あまりよく憶えていなかった。
「そしたら僕が湖で取った魚も?」
「だろうね。まあ私、あんまり魚食べないから詳しくは知らないけど」
「へえ。…………あ」
「どうしたの?」
「いや、魚にしろ今食べた肉にしろ、やたら旨味が強いなって感じたので、やっぱりそれってこの世界のものだからだったのかなって」
「あー、あー、あー! かもね。そっか、寧ろホウツキは味を強く感じてたから、味付けあまりなかったのか」
成程なあ、とエンカは一人で納得していた。
「じゃあ小さい頃、僕をこの山で追い回してた狼ってのは」
「
「それも魔獣ですか」
「灰褐色の体毛をして、比較的体格が大きな個体が多いかな。体毛を硬質化して棘みたいにすることができるんだよ。群れで行動する習性があって、ここじゃなくても山に這入れば結構な高確率で生息してるって言われてる」
「尖狼、尖狼ですか。でかく感じてたのは僕が小さかったからじゃなくて、実際にでかいんですね」
「小さい頃なら尚更でかく見えてただろうね」
しかしこうなると。
「これから先、どいつもこいつも出会う獣出会う獣全部僕の知らない奴らばっかりってことか…………困ったねこりゃあ、覚える事が沢山だ」
「新鮮な事ばかりでいいじゃん」
「気楽に言ってくれますね」
「あはは、他人事だからねー」
エンカが快活に笑う。
「ホウツキはあと何か訊きたい事ある? ってか思い付く?」
「いやあ、教えて欲しいとは言ったものの、そもそも自分が何を知らないのかをわからないので何とも」
「だよねえ。私も一緒。ホウツキが何を知らないのかがわからないから、何ともって感じ」
二人して同時に周囲を見回す。
近くには湖。周囲は大木が乱立する深い繁み。
別段目に留まるような変わったものもない。
「まあ、魔術と魔獣に関して知れただけでも良かったです」
「了解。それじゃあ一旦質問タイムは終わりにして――」
とエンカが両の掌を打ち合わせて言う。
「こっからは、これからの話をしようよ」
「これから?」
「そう。ま、有体に言って私達は今遭難しているわけだよ」
あっさりと、言ってのける。
「やっぱりトバクさんも道はわかりませんか」
「今日初めて這入った山だからね。たとえあの崖上に戻れたとしても、あの巨大猪からどこをどう逃げ回ってきたのかは流石に憶えてないかな」
「そりゃあ、そうですよね」
「そこで提案。この場は運命共同体、一蓮托生、袖振り合うも多生の縁、ってことでこのサワスクナ山から抜けるまでは一緒に行動しない?」
「サワ、なんですか?」
「サワスクナ山。この山の名前だよ」
「あー」
「それで? どうする?」
「僕としては願ってもない提案ですが、いいんですか? 魔術とか有用そうなもの使えませんけど」
「でも山での知識はあるでしょ? そういうのも有用だし、こんな状況じゃあ一人より二人でしょ」
「そう言ってもらえると、助かります」
正直、訊き返しはしたもののエンカからその提案をしてくれて本当に助かった。
それがなければフラトから、提案ではなく、普通にお願いするつもりだった。
懇願していた。
土下座して請うことも辞さないつもりだった。
「危ない危ない。地面を転がりながら地団太を踏むところだった」
「何が起きたらそんな事態になるのさ」
「いえ、最終手段的なああだこうだで駄々っ子的な」
「ホウツキってあんまりプライドとかなさそうだよね」
「失礼な」
「土下座して三回転地面を転がったらおっぱい触ってもいいよって言ったら?」
「土下座して五回転地面を転がる」
「増えてる…………。じゃあ転がった後で、触るって言っても指先でつん、って軽く触るだけね、って言ったら」
「喜ぶ」
「…………」
「何だその顔は」
「何となく、ホウツキがその無茶苦茶な師匠さんの下で十年間も一緒に暮らしていけた理由の一端を垣間見た気がする」
「何だそれ」
おかしいな、とフラトは首を傾げる。
そこまでされて喜ばれるくらいの美貌と肢体を持ち合わせているのだ、とここは喜ぶところだろうに。
「ま、まあ、そういうことで宜しくね」
「宜しくお願いします」
小さく頭を下げながら言う。
「そしたら僕、先に寝ますね」
なんやかんやと話し込んでいたらしく、陽がもう沈み始めて、空が暗くなってきている。
あっという間に真っ暗になってしまうだろう。
遭難中に夜に行動なんてもっての外だし、動くにしても明日になってからになる。
「ひと眠りしたら起きて朝まで僕が火の番をするので、その間はトバクさんが寝ていて下さい」
「了解。私はさっきまで寝てたようなもんだしね。任せてー。しばらくは周辺に魔獣なんて戻ってこないだろうけどさ」
「はい。あとはまあ、火の番も兼ねて」
言いながらフラトが岩から腰を上げて、寝袋の方へ歩き出すと、
「あ、そうだホウツキ」
「はい?」
足を止めて振り返る。
「こっからは敬語も敬称もなしにしよう。こんな状況だし、あくまで立場は対等にっていうのと、明日からの山道、正直何があるかわからないし、お互いの声掛けは最低限の文字数で最大の情報量を共有するのが一番いいでしょ」
「確かに」
「じゃあこれからはそれで」
「わかった。改めて宜しくトバク」
「うん。宜しくー。じゃ、引き留めて悪かったね。おやー」
「すみー」
ということで今度こそフラトは自分の寝袋に入って――寝転がったところではたと気付く。
おや?
何だか自分のではない良い匂いがするなと気付いてしまった。
同時に、何か後ろめたい感情が芽生えたので思考を中断した。
実際は中断しようとしながら悶々としてしばらく眠れなかったのだが。
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