3


「すげー、変化へんげの術!」

 西木が叫んだ。

「それでいい」

 そして、鹿沢監督は笑っていた。

 指示したわけではない。瀬上が勝手に、バックスラインに入ったのだ。

 総合先端未来創世の試合を見ていて不満だったのは、工夫がないことだった。荒山と宝田がいながら突き抜けられなかったのは、足し算でラグビーをしていたからだ。うまくなろう。つよくなろう。それは大事だが、それでは上位校に追いつけない。新口がそうだったように、弱者は何かを試さなければならない。

 梅坂学院は、ずっと準優勝している強豪校だ。しかしそれは、毎年負け続けているということでもある。どこかに弱点はある。試合前にも指示は出している。しかし、試合中にだって何かを感じ取れるはずだ。

 総合先端未来創世が再び攻めている。カルアにパスが渡った。相手陣奥深くを見て、ゆっくりと足を振った。ボールはほとんど上に上がらず、地を這うようにして飛んで行った。

 フルバックの横石が、ボールを追う。追いついた、と思ったが予想通りにボールが落ちてくることはなかった。勢いを失わないまま、彼の体へとボールが突っ込んでくる。思わず手を前に出す横石。弾かれるボール。

「ノックオーン」

 相手陣奥深く、総合先端未来創世はマイボールスクラムを獲得したのである。



 何かが違う。小茂田はいぶかしんでいた。総合先端未来創世、元東嶺高校はくみしやすい相手だったはずだ。良い選手はいるものの、穴も多い。特に驚くような攻撃も仕掛けてこない。それが、全く別のチームになっている。

 考えられるのは、スクラムハーフが異なることだ。二年生の星野は、とにかく素早くボールを出す。状況把握が早いのだろう。ただ、特別うまいようには見えない。

 新戦力はどうか。金田と犬伏、ここは事前にも警戒してきた。ずば抜けたステップとキック。局面を打開する力がある二人。しかし以前試合を見た時には、二人だけでどうにかなるもみのとも思えなかった。練習試合で東博多に惨敗したということも聞いていた。

 ちらりと、ベンチを見た。前回にはいなかった若い男が、腕を組んで立っている。名前も顔も知らない。新しい監督なのだろう。あの男はきっと、つまらない精神論を振りかざす前の監督とは違うのだろう。

 荒山、瀬上のコンバート。宝田ではなく能代を出す。飯伏をスタンドオフで出す。すべて、前の監督ならできなかったことだろう。

「あいつが敵だったのか」

 ゴールライン前、近堂の前進を二人がかりで止めた。彼もまた、新戦力だ。昨年からいたようだが、あまり試合には出ていなかった。大きくて強い。速さはないが、ゴール前という状況ではとても厄介だ。近堂を起点として、近場を何回も攻められる。後ろにはバックスのラインも形成されている。

 星野は顔を真っ赤にしてボールを回していた。大事な試合で先発を任されて、必死なのだろう。そして背後から荒山が見守っていた。場所が変わっても、彼がチームの柱なのである。

 小茂田もキャプテンとして、思うことがある。スクラムハーフでキャプテンは、忙しすぎる。みんなのことを見守っていられたら。

 荒山が、そうしている。厄介だ、とても厄介だと小茂田は感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る