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「犬伏、ちょっといいか」

 今日は、監督の来ない日である。練習メニューが終わった後、能代がカルアに声をかけた。

「はい」

「梅坂学院とやるのは初めてだよな」

「そうですね」

「俺もだ」

「え、えーと」

「まあ。ベンチにはいた。試合に出るのは初めてだ」

「ん? あー……それはつまり」

「監督に言われた。次は、俺が出る」

 カルアはしばらく目を丸くしていた。だが、彼はこんなことを言った。

「ちゃんと決断してもらえたんですね」

「……犬伏、お前……」

「僕も、能代先輩が出るべきだと思っていました。宝田先輩の全盛期は知らないけど……多分まだ、万全じゃない。コンビネーションで言っても、僕と能代先輩の方がうまくいく」

 スタンドオフとフルバックは、連携することも多い。実際宝田と組んでみて、カルアは違和感を抱いていた。それが何なのかは、試合終盤になって気が付いた。「二宮さんと、変わりない動きをされてる」

 カルアは二宮とは違う。ボールを予測したり追いかけたりする能力は低い。その代わり、取ってからは遠くまで蹴ることができるため、少しぐらいの遅れは挽回できる。

 また、カルアはフルバックをすることもある選手だ。そのため試合中に能代とはポジションチェンジのような形になることもある。ベンチにいる時見ていると、二宮がスタンドオフの時、能代はそのような動きをしない。二宮はスタンドオフ専門の選手なのだ。

 宝田は、フルバックとしてみるとやはりいい動きをしているのだろう。しかし、犬伏を生かし切れているとは言えなかった。

「うれしいなあ。ただ、三年生たちは内心穏やかじゃないかもしれない」

「そうでしょうね……でも、勝たなきゃつぎがないですから」

 能代は微笑むと、拳を出した。カルアはそれに、拳で応えた。



 真っ暗な闇の中。カルアは、一人グラウンドに残っていた。ボールもゴールポストも見えない。

 目をつぶって、助走を取った。蹴られたボールは、まっすぐに飛んだ。闇を切って進み、そして、右のポールにぶつかって落ちた。

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