3
「いやー、よかったね。ウイング荒山」
試合終了後、開口一番鹿沢は言った。
「やめてくださいよ」
「いや、まじめによかったぞ」
人数ぎりぎりでの紅白戦だったので、スクラムハーフ三人のうち一人はべつのポジションを守らなければならなかった。そして監督が指名したのは、「ウイング荒山」だった。その荒山は、見事に1トライを決めたのである。
「正直、楽しかったです」
「そうだろう。オプションの一つになるな。……ん、松上、どうした」
皆が笑顔を見せる中、二年生フランカーの松上はうつむいていた。
「なんでも……あ、いや……言っておかないと、です。肩が……」
そう言うと松上は、右肩を抑えた。すぐに鹿沢が駆け寄る。
「痛いのか?」
「……はい」
「今までけがは?」
「ないです」
「とりあえず病院に行こう。車を出す」
「すみません……宝田さんが復帰の日に……こんな……」
「気にするな。けがをしたことのないラガーマンなんていない」
鹿沢は、松上の左の肩を抱いた。
松上は強豪クラブから推薦で入学しており、一年生の時からレギュラーとして活躍してきた。チームにとって不可欠な存在であるとともに、二年生をまとめる存在でもある。
「俺も行きます」
そう言ったのは、能代だった。松上が心配であるとともに、「自分がいない方がいい」可能性を考えたのである。
鹿沢も察して、うなずいた。
「荒山、後は頼んだ」
「はい」
3人が去り、27人が残された。
「うまくいかないもんだな……」
練習が終わった後、宝田は吐き出すように言った。
「軽傷なことを祈ろう」
荒山が宝田の肩をもむ。
「凝ってないぞ」
「本当にぃ? 久々すぎて大変なこととかなってない?」
「思ったより大丈夫だった」
ラグビーにはけがが付き物だ。それは長く競技をやっている者が実感することでもあり、宝田たちが言い聞かせてきたことでもあった。だから仕方ない。いつか復帰できる。
そして宝田が試合に復帰した日に、新たな怪我人が出た。
宝田はゴールポストを眺めた。一年前、当然のようにあそこにボールを蹴っていた。その役割は、能代に引き継がれた。「預かってもらっている」と思っていた。復帰したら、再び受け取る、と。
しかし今や誰も、そうなるとは思っていない。宝田が復帰しても、キッカーは犬伏だと思っている。
宝田は試合に戻ってきた。けれども、「あの日の」宝田が戻ってきたわけではない。「東峯の天才フルバック」は、カムバックできるとは限らない。
今日の能代はいい動きをしていた。預かっていてもらっただけだ。宝田はそう思っていた。けれども、新たな恐怖が生まれた。
能代と、戦わなければいけないのか? 不戦勝ではないのか?
宝田は、レギュラー争いをしたことがない。ずっと、不動のフルバックだった。
松上、お前は味わうんじゃないぞ。心の中で、言った。こんな恐怖、知らないままでいいんだ。
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