2. 同棲終了!?

「なぁ彼方、大切な話があるんだ」

「大切な話?」


 夕飯を食べて後片付けを終えた後、優斗は真剣な表情で彼方に切り出した。


「とても大切な話だ」

「…………うん」


 彼方を安心させるために笑顔を絶やさぬように気を付けていた優斗が、珍しく真面目な雰囲気を漂わせている。

 彼方が復調したことで、少し込み入った話をしても大丈夫だろうと思ったが故の行動だ。


「彼方って凄い元気になったよな」

「うん」

「最初に会った時の事を考えると信じられないくらいだ」


 それほど時間が経っていないにも関わらず、まるで一年近くも経過したかのような気がする。

 それもそのはず。

 少しでも油断したら命を絶ってしまうかもしれないという緊張感の中で、二十四時間彼方の事だけを考え続けて行動していたから。


 あまりにも濃密な生活が続いていたがゆえに、時間感覚が狂ってしまっていたのだ。


「篠ヶ瀬君が傍に居てくれたからだよ。ありがとう」

「そうか……」


 相も変わらず彼方は照れもせずにストレートに感謝の言葉を伝えてくれる。

 それが照れ臭かったけれど、同時に大きな達成感に少しだけ胸が熱くなった。


「(ついにここまで来たのか)」


 最終目的が『生きてて良かった』と言わせることだと考えるとまだまだ道半ばではあるが、それでもすでに大きなことを成し遂げたことに間違いない。


 優斗は一人の少女を救ったのだ。


「(俺は間違ってなかったのかな。母さん)」


 両親に誇れる自分になれただろうか。

 良くやったと喜んで貰えているだろうか。


「(って危ない危ない。しんみりしている場合じゃなかった)」


 この会話はあくまでも話を切り出す前のジャブのようなものだ。

 本題はここから先にある。


 優斗は気持ちを切り替えて、一度軽く深呼吸をした。

 そして彼方に一つの提案をする。


「そろそろ俺、自分の家に戻っても大丈夫かな」

「嫌」


 即答だった。

 考えるそぶりすら見せなかった。


「篠ヶ瀬君が傍に居てくれなきゃ嫌」


 不機嫌そうな顔になり、断固として拒否する構えだった。


 そもそも優斗が彼方の家で生活しているのは二つの理由がある。


 一つは彼方がまともに生活出来る精神状態では無かったから、生活の補助をするため。

 ご飯を食べさせたり、お風呂に入れたり、着替えさせたり、眠らせたり、部屋を片付けさせたり。

 生きるにあたって最低限の行為を協力して行っていた。


 だが今の彼方はもう一人で何でも出来る状態にまで回復している。

 彼方は家事が得意なので一人で何でもこなし、優斗はフォロー出来ることが無く彼方の作る料理を美味しくいただくだけの存在となっていた。

 つまり生活を補助する必要は無い。


 もう一つの理由は彼方が一人だと寂しさと悲しさでメンタルが壊れてしまいそうになることだ。

 

 しかし実はこちらの問題も解決済みだ。

 優斗が一人で買い物に出かけたり、逆に彼方が一人で買い物に出かけたり、優斗が家に戻って洗濯などをしてきたりと、彼方を一人にしても寂しさに打ちひしがれることはなくなっていた。


 だとすると、こうして優斗が彼方の家でほぼ同棲状態で生活する必要は無くなっていると思ったのだ。


「時々様子を見に来るからさ」

「嫌」

「登下校は続けるからさ」

「嫌」


 取り付く島もない。


「今まで通りに篠ヶ瀬君とずっと一緒がいい」 


 美少女にこんなことを言われて喜ばない男など居ない。

 もちろんヘタレ疑惑のある優斗でもそれは同じだ。


 だが本当にそれで良いのだろうかとも思う。

 これは優斗への単なる依存であって、彼方のメンタル回復の妨げになるのではないかと。

 いつまでも優斗が傍に居るからこそ、彼方の自立を阻害し……


「迷惑……かな?」

「そんなことないよ!」

「やった」


 心の中でグダグダと言い訳し続けるが、美少女に不安そうにこう言われてしまえば一発でKOだった。


 反射的に認めてしまったことに『しまった』と思う心と、でも本当はこれからも一緒にいられて嬉しいと思う心の狭間で揺れている優斗は気付いていなかった。


 一瞬だけ彼方がしてやったりという表情を浮かべていたことに。


「私からも大切な話があるの」

「え?」


 そんな裏事情をバレないようにするためか、彼方は急に話を変えてしかも『大切な話』というフレーズを使って優斗の興味を鷲掴みにした。


「これまでのことを教えて欲しい」


 だが話の内容はフェイクではなく本当に『大切な話』であった。


「篠ヶ瀬君が私と会ってから今までのことを教えて欲しいの。ここしばらくの記憶がどうも曖昧だから、何があったのかを知っておきたくて」

「そういうことか」


 夢現の世界に逃げ込んでいたからか、彼方は何があったのかを具体的に把握していなかった。

 特に優斗と彼方にどのような触れ合いがあったのかを確認したかった。

 おぼろげな記憶をはっきりとしたものに変えて心の宝箱に大切にしまっておくために。


「私がどんなだったかも遠慮なく教えて欲しいの」

「え?」

「お願い、本当のことを教えて」

「…………分かった」


 中には彼方にとって苦い行為と思えることもあっただろう。

 だけれども包み隠さず全てを教えて欲しいと願った。


 ここで耳触りの良い想い出だけを語るのは簡単だ。

 でもそれはきっと彼方のためにはならない。

 優斗はそう思って全てを話すことに決めた。


 えっちな部分だけは話辛かったので省いたが。




「…………」


 全てを聞き終えた彼方は目を閉じて何かを考えている。

 話の内容を受け入れているのだろうと思った優斗は、邪魔をしないようにと静かに待つ。


 するとしばらくして、彼方が右手で額の部分を押さえた。


「彼方?」


 少しだけ顔をしかめていて、まるで頭痛に悩まされているかのポーズだった。


「ごめんなさい。少しだけ頭が痛くて」

「休んだ方が良いよ。ごめんな、沢山話過ぎたから混乱しちゃったんだろ」

「ううん、謝らないで。篠ヶ瀬君は悪くないし、話の内容も多分関係ないと思う」

「そうなの?」


 でもこのタイミングで頭痛が発生するならば、関係ないと言われても信じがたい。


「篠ヶ瀬君が話してくれた内容は、全部私が知ってたことだったから」

「え?」

「あはは、私ったら見てないようでちゃんと見ていたみたい」


 優斗と出会ったあの日から今に至るまで。

 優斗の話を聞くとその映像が脳裏に蘇った。

 半分死んでいるような状態だったのに、全部ちゃんと覚えていた。


 だから優斗の話に特別ショックを受けるようなことは無かった。


「でも覚えてないことがあるみたいなの。不思議だよね、篠ヶ瀬君の話には無かった何かがあったんじゃないかって気がするの」

「ええ、俺全部話したぞ」

「だよね。う~ん、何なんだろうコレ」


 優斗が意図的に省いたことなどえっちな話だけだ。

 まさかそれのことではないはずだと優斗は思い込んでいたから不思議に思う。


「気にしても仕方ないし、頭痛も治まったからもう大丈夫。話してくれてありがとう」


 頭痛は気になるが、彼方がそう言うのならば大丈夫なのだろう。

 心配し過ぎても彼方を困らせるだけだろう。

 心に留めておいて再発したら強引に病院に連れて行く方針に決めた。


「(病院か……)」


 果たして今の彼方は警察や病院という単語を受け止められるのだろうか。

 怪我や病気をした時に病院に行ってくれるのだろうか。

 そもそも何故それらの単語がタブーなのか。


「(今日は止めておこう)」


 長い話をしたし、先程の頭痛も気になる。

 またいつか聞こうと思って忘れる代わりに、別のことを思い出した。


「そうだ、俺彼方にずっと渡さなきゃって思ってたんだった」

「何を?」

「これ」


 女の子へのプレゼント、なんて色気のあるものではなかった。


「お金? なんで?」

「だって彼方にご飯食べさせてもらってるし、ずっとここで過ごしてるから電気代とかもかかってるし。だからその分のお金を渡すよ」


 優斗がここに来た当初はずっと優斗が料理をするつもりだった。

 そしてその分の代金は自分が払おうと思っていた。

 しかし優斗は産廃ゲーミング料理しか作るつもりが無いためキッチンにすら入れて貰えず、心壊れた彼方に料理をさせてしまうという羽目になってしまっていた。


 料理をしない、その他の家事もしないとなると彼方の生活費で養われているような気がしてしまい、ずっと罪悪感があったのだ。


「いらないよ」

「いや、受け取ってよ。お金は大事だよ」

「それでも受け取れないよ。むしろ私の方がもっともっとお礼をしなきゃ」

「それはお金じゃないものが良いな」

「それなら私もお金じゃないものが欲しい」

「いや、これは食費や生活費だからお金の方が自然だと思うけど」

「いいの。受け取らないったら受け取らないから」

「むぅ……」


 その後どれだけ粘っても彼方はお金を受け取ってはくれなかった。


「(そういえば彼方ってお金どうしてるんだろう)」


 普通の家庭であれば、保険金などの遺産が残されているはずだ。

 彼方もおそらくはそうだと思うけれど、あの状態の彼方がちゃんと受け取れていたのだろうか。


 優斗はそのことに少し不安を覚えた。

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