裏. 僕は君のことを許さない
ざまぁみろ。
三日月 彼方が、両親を亡くして死んだような姿になっている。
見た目も性格も良く成績優秀スポーツ万能の完璧超人。
男からの人気も高く何度も告白されたことがあるらしい。
誰からも好かれており彼方の周囲にはいつも人が集まっている。
そんなクソムカツク女が絶望に染まっている。
あまりにも愉快で笑いが止まらない。
別に玲緒奈が彼方に酷い事をされたことなど一度もない。
むしろ親切にかつ適切な距離で接してくれる。
その優等生っぷりがこの上なくムカついた。
徹底的に
それが玲緒奈という人間だった。
ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通に育ち、それなのにもう矯正出来ないほどに歪んでしまった少女。
真っすぐなものが大嫌いで、真っすぐな象徴とも思える彼方の存在が反吐が出る程にムカついていた。
だがムカついたからといって手を出すことは出来ない。
クラスメイトは全員が彼方の味方だ。
彼方に手を出そうにも彼らに守られ、逆に彼らを扇動しようにも彼方が『ごめんね、私のせいで』などと悲し気に言えば罪悪感で無かったことにされるだろう。
そうなれば爪弾きにされるのは自分の方だ。
そうなることは怖くは無いが、効果が無いままに自分だけが被害を受けるのは気に喰わない。
だからイラつきながらも何も出来なかった。
しかし運が良い事に、玲緒奈が何もせずとも彼方は自滅した。
家族の死により絶望し、身も心もボロボロになった。
「キャハハハ! ざまぁ!」
玲緒奈はこのタイミングで動いた。
『三日月さん可哀想』
『私達が声かけてあげないとね』
クラスのチャットでは彼方を支える会話で盛り上がっていた。
そこに玲緒奈は爆弾を放り投げた。
『三日月に近づいたら潰す』
当然、最初は誰もまともに取り合おうとはしなかった。
それどころか、傷ついた彼方に攻撃するかのような玲緒奈の発言を非難し出した。
「バカ共が。誰に何を言ってるのか、分からせてやるよ」
玲緒奈はある画像を投稿する。
『冗談でしょ?』
『流石にこれは……』
『マジ?』
『なんならてめぇらに『紹介』してやろうか?』
それは見るからに犯罪者風の男と玲緒奈が一緒に半裸の姿で映っている写真だった。
半グレ、反社。
そう呼ばれてそうな男達と付き合いがあり、玲緒奈に逆らったら彼らに『紹介』すると脅した。
玲緒奈の知る限り、彼女のクラスにこの脅しを振り切れそうな勇気のある人物はいない。
目論見通り、彼方はクラスで孤立してしまった。
家でも学校でも支えてくれる人がいない彼方は日に日にやつれていく。
このまま衰弱死するのではとすら思えた。
それはそれで最高の結果だけれども、どうせなら苦痛に顔が歪む姿も見たかった。
死ぬ前に男達に攫わせてボコらせようか。
しかし正気の無い彼方をボコっても反応が無くて面白くは無いか。
などと醜悪な考えを巡らせながら彼方の姿を見るのが、玲緒奈の毎日の楽しみだった。
だがその至福の日々は長くは続かなかった。
「誰だあいつ?」
見たことのない男子生徒が、彼方に纏わりつき始めたのだ。
一緒に登下校し、一緒に昼食を食べ、一方的ではあるが親し気に話をしている。
しかもあろうことか、徐々に彼方が元通りの雰囲気になり始めているではないか。
「クソ、クソクソクソ!」
このままではいずれ彼方は元気なるだろう。
せっかくクラスメイトを力で抑え込んだのに、まさか他のクラスから刺客がやってくるとは思わなかった。
「あのクソ野郎もぶっ潰す。おい、お前らあいつを呼び出して来い」
優斗にも圧力をかけるべく、取り巻きの女子達にそう命令した。
だが彼女達は気まずげな表情を浮かべて動こうとしない。
「どうした?」
「玲緒奈、あいつに手を出すのは止めた方が良いよ」
「そうそう、あいつって王子様と仲が良いみたいなの」
「はぁ!?」
王子様。
それは優斗の親友である都成閃のこと。
イケメン優男の閃は他のクラスの女子からも人気があり、メンクイの玲緒奈も想いを寄せていたのだ。
優斗に手を出せば閃からの不評を買ってしまう。
「チッ! クソが!」
うかつに優斗に手を出せないと分かった玲緒奈は、別の作戦を考えた。
優斗自身には手を出さずに彼方にダメージを与える方法を。
「絶対にぶっ壊してやる!」
彼方の事をずっと見ていた玲緒奈は、彼方が鞄につけていた猫のぬいぐるみを何度も触っているのを知っている。
誰かが露骨に彼方のことを避けた場合などに、彼方はソレに触れていた。
明らかに手作り感のあるソレが数少ない心の支えになっているのだろう。
だったらそれを消してしまえば、大ダメージを与えられるはず。
それこそ、あの目障りな男がいようが死にたくなるくらいに。
玲緒奈は彼方の席の近くを通るフリをして、ぬいぐるみをキーホルダーからこっそり引きちぎった。
「はい、これあんた達が持ってなさい」
「え?」
そしてそれをクラスメイトの女子達に手渡した。
彼方と元々仲が良く玲緒奈からの指示を無視しそうな雰囲気がある女子達。
こうして悪事の片棒を担がせ、共犯の意識を植えさせようとした。
ぬいぐるみを捨てなかったのは、万が一にもメンタルが復調した際に、これを取り出して目の前でズタズタにしてやるつもりだったからだ。
大切なぬいぐるみが無くなったことに気付いた時の彼方の狼狽えようは最高だった。
母親を呼びながら地面に這いつくばる姿に笑いが止まらない。
「あぁ、最高」
後からやってきた優斗が声をかけても彼方の雰囲気は変わらなかった。
作戦が成功したのだと内心大喜びだった。
慌てる二人の様子を満足気に眺めていたら、優斗がクラスメイト達にぬいぐるみについて聞き始める。
その姿を見ていた玲緒奈は、更に酷いことを思いついてしまった。
「あの薄汚いやつっしょ。ゴミかと思ってゴミ箱に捨てちゃった」
床を這いつくばる姿は最高だけれども、ゴミを漁る姿はもっと惨めで素敵ではないか。
それゆえ、そうなるように誘導をした。
しかしこの作戦は成功しなかった。
何故か彼方だけは移動しなかったのだ。
「(まぁいいか。十分堪能させてもらったし)」
やがて日が暮れ、タイムアップが近づく時間帯。
存分に堪能した玲緒奈は、結末を見ずに帰宅した。
その晩。
『玲緒奈マズいよ。ヤツらが裏切ってぬいぐるみ返したらしいよ』
取り巻きからもたらされた情報により、結末を確認しなかったことを後悔することになった。
「あんの、クソアマ共が!」
――――――――
「絶対に許さねぇ。先にあいつらを滅茶苦茶にしてやる!」
翌朝。
玲緒奈は裏切ったクラスメイト達に制裁することで頭が一杯だった。
「チッ、まだ来てねーか」
登校後にイライラしながら問題の二人が登校するのを待つ。
隙を見て連れ出して、男共に攫わせてやろう。
仲が良かった女共が自分のために酷い目に遭ったと知れば彼方は更に傷つくのではないか。
「(そうか、それで良いじゃん。あいつらも新しい『餌』を欲しがってたし、あたしってやっぱ天才!)」
制裁が彼方への責めにつながると気付いた玲緒奈は、それまでのイライラが消えて代わりにワクワクしはじめた。
取り巻きの二人はそれまで声をかけるのも憚られていたけれど、玲緒奈の雰囲気が柔らかくなったことで安心していた。
そんな彼女達にある人物が声をかけてきた。
「君が神田さんかい?」
「と、とと、都成君!?」
玲緒奈が憧れていた男子生徒、都成閃。
閃の方から玲緒奈に話しかけて来たのだ。
「はい! 私が神田です! 神田玲緒奈です!」
あまりの幸運に舞い上がっている玲緒奈だが、閃と優斗が友人であることを忘れていた。
憧れの人に嫌われたくないから優斗本人には手出ししないと考えていたはずなのに。
このタイミングでやってきたことが、昨日の事と関係がありそうだなどと直ぐに分かりそうなものなのに。
「そうか、人違いじゃなくて良かったよ。それに僕のことを知っているなら自己紹介は不要だね。実は君に話があるんだ」
「わ、わわ、私に!?」
もしかして告白ではないか。
会ったことすらない相手なのに、しかも教室内でそんなことをするわけがない。
それなのに僅かに期待して頬を赤らめる姿だけ見ると、普通の女の子のようだ。
「(イケメンの玉の輿チャンスきた! キャハハ、絶対に逃がさないわ!)」
だが玲緒奈は閃を外見や家柄でしか見ていなかった。
閃の父親は成り上がり企業の社長として有名な人物だ。
彼と結婚出来るのならば確かに玉の輿ではあるだろう。
「(なんとしても弱みを握ってやる!)」
玲緒奈は恋愛どころか相手を操り金と権力を思うがままに使う事しか考えていなかった。
結局のところ、人生観の全てが歪んでしまっているのだ。
そんな彼女に閃がかける言葉が優しい物であるはずがない。
「優斗と三日月さんに関わらないでくれ」
「え?」
ようやく玲緒奈は気が付いた。
閃が自分を見る目つきがあまりにも険しいという事を。
まるで仇敵を見るかのような激しい怒りがこめられていることを。
「……な……なん」
「なんで? だって僕は優斗の親友だよ。優斗が大切にしようとしているものが傷つけられて黙ってられると思う?」
少し考えれば分かる事だった筈。
だけれども玲緒奈は彼方への憎しみに囚われていて、優斗を蔑ろにしすぎていたのだ。
「今回は忠告だけにしておく。もし次に何かやってみろ。僕は君のことを許さない」
「ひいっ!?」
閃は玲緒奈を一睨みしてその場を立ち去った。
そしてこの姿は他の生徒達にも見られていた。
学校中で絶大な人気があり資産家の息子という権力も持つイケメン王子と玲緒奈が敵対することになってしまった。
それすなわち、玲緒奈が学校中の敵になってしまったということでもある。
今なら玲緒奈の脅しを振り切って彼方に力を貸しても簡単には報復できないだろう。
イケメン王子が守ってくれる可能性すらある。
玲緒奈がこの先孤立することになるのは当然の流れだった。
「どうしてあの女ばかり!クソオオオオオオオオ!」
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