(4)

 あっさりと藤木がうなずく。

 それから、膝の上に肘を突き、掌を組んで、その上に顎を乗せた。


「では、次だ。私がと思う?」


 それはこちらが聞きたい――と言いたいところだが、柴塚は言葉を飲み込んだ。

 そして改めて考える。


 藤木が目的とすること。求めること。

 柴塚から得られること。情報。

 柴塚自分である理由。

 自分が他者と異なるところ。

 昨日の会議で謹慎を食らう羽目になったこと。

 何故か。


 ……やはり、『』か。


 最も単純に想起されるのは、柴塚がどこまで知っているのかを探りに来た、といったところか。

 その程度の如何によって、処分対処が変わってくるのかもしれない。どこかの離島の交番にでも異動になる飛ばされるかもしれない。いや、違う、そういう話ではなく……


【それにしても、?】


 ……そこだ。


 脳の片隅からの疑義に柴塚は同意する。


【探るだけなら本人が来る必要もない】


 第一、こちらは情報ネタを何も持ってないのと同じだ。それは昨日の会議で察せられただろう。


【なら、理由は別にある】


 あるか? 何があると?


【推し量るための情報が無さ過ぎる】


 分かりようがない、と。


【推論ではなく、一般的な感覚ではどうか?】


 一般的? 例えば自分なら……自分でなければならない場合……そうだな、時とか――まさか?


【正否は推測できない】


 に何の意味がある?


【こちらには不明。だが】


 他に、何か情報ネタを引き出せる可能性も無い、か……


 …………


 脳内のでの検討から前方へと意識を戻す柴塚へ、藤木がにこやかに笑いかけた。


は終わったかな?」


 柴塚の口元がわずかに引きる。動揺を隠しきれなかった。


「眼球が少し右へ、特に右下へ向いていたからね。もし気付かれたくないなら訓練することだ」


 この化け物がっ!


 朗らかに言う藤木に対して、胸の内で思い切り悪態を吐いて動揺を発散し、一呼吸して柴塚は藤木を見据える。


「……お眼鏡にかないましたか?」


 わざわざ藤木本部長が訪れる理由。藤木自身でなければならない理由。

 最も単純な理由、それは、だ。

 思えば、実際、先ほどではないか。


 しかし、それが正解とは正直信じられない話だった。柴塚という人間を見分けんぶんして、。それに意味があるとは、柴塚自身には到底思えない。

 思えないのだが。


 藤木の目が、一度、大きく見開かれた。

 そして、薄く、細くなる。


いね」


 如来のような、あるいは無邪気な微笑み。

 思いのほか穏やかな顔。


 それを契機トリガーにして、鼓膜がいきなり共振し始める。

 唐突に蝉の多重奏が

 頭上からの熱線と足下から噴出する熱気に挟まれて、圧されて、肺が窮屈そうだ。

 左右のこめかみから頬にかけて、何筋も汗が滴り落ちていく。


 意識が追える範疇の外に退いていた柴塚の感覚が、戻る。


 指で手早く汗を払う。

 その様子を藤木が目に留めた。


「炎天下だからね。大丈夫かな?」


「問題ありません」

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