(3)

 ……やはり、か?


【謹慎を食らった翌日に、その原因である県警本部の上層部が、と?】


 無い、な。しかし大物過ぎる。行動が早すぎる。それでも、この機会を逃す手はない。


【異論はない。が、相手の方がだ】


 確かに。頭の回転にしろ駆け引きにしろ、俺では及ばなさそうだ。


【とにかく用件を尋ねることで話題をこ


「今日の用件はね、柴塚君」


 脳の片隅との対話に唐突に割り込まれた。


「――はっ」


 柴塚が意識を前方へ振り戻すと、真っ正面から送られていた藤木の視線とぶつかる。


 ひゅっ、と異音。


 柴塚の息が短く漏れた音。ほんの微かで、本人以外は間違いなく気付くことはない程の、小さな、小さな、驚愕の声。

 正面の陰が灯す瞳は、一切の感情を含んでいなかった。

 藤木の目は微動だにせず、何なら瞳孔すら全く変化しない。しかし、それは虚ろなのではなく、むしろ徹底的に圧し固められ、凝縮された黒が、煮詰まっている。

 感情や意思という鎖から解放され、その機能のみの存在としてそこに在る、瞳。


 ……


 柴塚の反応――指先の動き、顔の傾き、呼吸、横隔膜の上下、まばたき、わずかな眼球運動まで、その動きの一切をされている。

 自身も事情聴取の際には同じように被疑者に接している、見ているので分かる。警官なら大なり小なり同様だろう。しかし、眼前の瞳孔は純度、密度ともに桁違いだ。


 汗が伝う。

 寒気がする。

 暑さは――多分、暑い。

 セミの振動音が、遠い。


 不可侵の客観性に埋め尽くされた、故に非生物的であると同時に何よりも野性的な瞳孔が、次の瞬間には微塵も残らず消失する。


「まあ、分かっているとは思うが、昨日の一件についてだ」


 どこかのCMにでも出てきそうな、親近感の溢れる笑顔。瞳までさっきとはもう異なっている。


 これのどこが『昼行灯』だ!


 ほんの数分前の感想を、柴塚はさらに強く認識し直した。

 明らかに、今まで出会ってきた人間の中で頭分抜き出ている。数瞬前の目も、本来なら柴塚に見せないで済ませられたはずだ。柴塚が脳内の対話から戻るときに、先んじて切り替えれた消せたはず。それをわざわざ、柴塚が気付くのを待ってから消した。


 つまりわけだ。


 形勢はすこぶる悪い。完全に掌の上でもてあそばれている。

 しかし、相手から話を切り出してくれるのなら願ってもない。何を企まれているのか分からないが、収穫無しの憂き目に会うぐらいならいっそ踊らされる方がマシだ。


境管理官の方針今回のやり方は、本部長のご意向でしょうか?」


 端的に切り込む柴塚。

 露骨にも程があるが、どうやらまるで歯が立ちそうにない相手だと認識した柴塚は、つくろうことを惜しみなく放棄した。


 二度、三度と、藤木は目をしばたたかせる。

 それから、笑った。楽しそうに。


「思い切りが良いね。個人的には好ましいが、あまりとトラブルの元になる。からめ手も身につけるべきだな」


 藤木の指摘に柴塚は答えない。

 もはや本題以外には耳を貸す気がない、という柴塚の意思表示を受けて、藤木も声音を改めた。


「ふむ。では、君はどうしてその結論に行き着いたのかね?」


「それ以外の結論に行き着きようがありません。関連性を示す物証や証言モノが一切無かった案件を結びつけて、県警本部が指揮権を穫るコントロールする。それに異を唱えて謹慎となった自分の元を本部の頂点が訪れる。これで本部長が無関係だとは思えません」


「うん、ごもっともだ」

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