第2話

 さあ次はどうやって女神の空腹を満たそうか?

 そう考えたとき脳裏に浮かんだものは一つだけだった。

 しかも、それが目の前というか隣のビルに入っている。


 だが、かおるは冷静に考える。


(追立おいたては、必ず漫画喫茶にたどり着くだろう。奴も根性はある方だ。そうなれば、次に的を得た質問が来たら一発アウトだ)

ロータリーへ移動しタクシーに飛び乗ることにした。

「カラオケ屋さんへ行ってください」

 タクシーの運転手は、この人は頭でも打ったのか? みたいな顔をしている。そりゃそうだ、目の前にカラオケと書いた大きな電光掲示板のネオンが黄色、オレンジと駅前広場を彩っているのだから。


「あ、すいません。以外のカラオケ屋さんに行ってください」


「あ、はいよ」

 運転手は彼女の圧に負け、ブルルンと発車させた。



 追立は漫画喫茶の外に出て空を仰いだ。もう少しだった。次の質問をどうするか考えているけど、一向に良案が浮かばない。むしろもう無理な気がする。


(ゆめかりんの気持ちを知るためには、他の作家先生に聞いてみる方が無難だよな……)

 

 携帯を取り出し、御角先生に連絡してみる。

『はい。追立さん、どうかしましたか?』

「あ、あの、先生に少しお尋ねしたいといいますか、ご相談したいことがございまして。今お時間よろしいでしょうか?」


『はい。少しなら』


「あ、ありがとうございますっ! あの、相談と言うのは、他の先生のことでして。今日打合せ予定だったのですが、絶賛捜索中なんですよ。あっ、つくるほうじゃないですよ、探す方です。同じ立場の方なら気持ちがわかるかなと思いまして」


『あ~、それは神隠しですね。それか記憶を食べられて家に帰れないのかもしれません』

(完全に執筆中だな……)

「そうですよね、ありがとうございました」

 この状況は不味いとすぐに電話を切る。


「ふぅ」


 次は、真名鶴先生に連絡してみる。

『はい。どうかしましたか?』

「ご相談がありまして。今少しいいですか?」

『いいでしょう』

 御角先生にしたのと同じ説明をしてみた。

『それはのでしょう。の仕業かもしれません』

「あ、ありがとうございました」

(こちらも執筆中か)


 最後にみちの先生に連絡してみる。

『あれ、明日じゃなかったっけ?』

「あ、はい、打合せは明日です。あ、あの、先生に少しお尋ねしたいといいますか、ご相談したいことがございまして。今お時間よろしいでしょうか?」


『少しならいいですよ』

追立は再度同じ説明をしてみる。


『あ~わかるっ! わかるよ、それ! でもちょっと待ってね』


「あ、はい」


 何やらスピーカーからはカタカタとパソコンを打つ音が聞こえる。

『あ、あった。昔書いた作品のURL送っておくから、それの読みな。あとは、そろそろあなたも上級編集者にならないといけないんだから自分で考えなよ! じゃあ』


 プープー


 唐突に電話を切られた。

 お忙しいだろうから仕方ないな。

 送られてきたURLを押してカクヨムサイトへ飛んだ。『シンプルなカクヨムの考え方』あれ? なんか違う気もするが、指定された題名のところを読んでみた。


 創作論。作者の人柄が出る文章。読んできたものの影響。リフレッシュ。


(そうか、ゆめかりんは、行き詰まっているんだ! そして、新しい影響を求めて漫画喫茶に行ったのか!)


「新しい影響…… 次こそ図書館か?」


 その時。ふと、何気に隣のビルに目をむけた。

 カラオケ……

 ありえるっ! 非常にありえるっ!

 ストレス発散もできるし、あの人なら歌詞とメロディーで、異世界転移しそうだ。


 その頃、香は大通りに面した大きなボウリングピンが屋上にそびえ立つ建物にいた。運転手が気を利かせてカラオケ以外にも遊べる複合施設に連れてきてくれたのだ。

 香はこういう施設は初めてで興奮する。

「色んなのが遊べるとかすっげぇな!」

 あまりのワクワク感に声のトーンが半音上がる。

 申込みをして、まっ先にボールプールに飛び込んだ。

「うはっ」

 こども心に胸が高鳴る。


……


 だが、その気持ちは最初だけだった。ビリヤード、ダーツ、その他も遊んでみるが、一人だから孤独感にさいなまれた。


(ここは二人以上で来るところだな……)


 香は他で遊ぶのをあきらめ、半べそをかきながら当初の予定通りカラオケルームに入ることに決める。

 まずは、石川様の超メジャー曲を呼び出す。


♪♪♪


「きたよ~、これだよこれっ! 阿久先生の景色と感情の描写バランスが最高なんだよなっ!」

 拳を入れて転移熱唱した後に、香の解説がカラオケルームに響き渡る。


 ようやく調子が戻ったとき、転移阻害兵器が震える。 

『④ゆめかりんは図書館にいますか? それともカラオケにいますか?』


 駅からかなり離れたし、堂々と答えることにした。

『カラオケにいるぞ』


 そして、終わりなき旅を入れて準備する。


♪♪♪


「お~、まさに今の気持ちにリンクするぞ! そうだ、わたしはまだまだやれる! 自分探しはまだ終わらない!」

 解説の声の方が大きくなる。

 その後も香は、呼び出し→転移熱唱→一人解説 を順に繰り返していく。熱唱中は、感情豊かに泣いたり、怒ったり、笑ったり、惚れたり……


 一方、追立は悩んでいた。はぐらかされると思ったが返事があまりに素直だったからだ。

(もしかして隣のカラオケ店ではないのか? どこか違う場所に移動した?)

 マップで検索すると路地裏にもう一店舗発見する。

 一回分でにかかる。

『⑤ゆめかりんは、何番の部屋にいますか?』


 これもすぐに返事が返ってきた。

『19』

 追立は店舗を探すことを決心する。

 まずはネオンがまぶしいカラオケ店からだ。


「ご利用は何時間にされますか?」

 店員がナイススマイルで問いかける。

『あ、すいません。連れがいるかもなんで。19番の部屋は使用中ですか?』

「少々お待ちくださいませ」

 液晶画面を確認しているが、画面の色が反射して店員の眼鏡が青く見える。

「チッ」

 急に顔色が変わる。

「お客様。19番は使用されていませんが」

 鬼の形相で睨まれる。

「す、すいません。店舗間違いかもです。ありがとうございましたっ!」

 頭をさげ急いで店を出た。先程とは違う汗が吹き出した。


 気を取り直して路地裏の方に向かう。小さな道を曲がった瞬間、ここでもないことを確信する。店舗は潰れていた。


(一体どこにいるんだ……)

 

 その頃、香の中の閃きの女神がようやく働き始める。


 鬼ごっこ。様々なアニメの主役たちとその世界観。一人で遊ぶ孤独感。感情と景色の描写。

 高級バッグを机に裏返し中身を全部だして、万年筆を手に取る。

「うぉーーーーーっ!」

 万年筆が意思を持ったかのように走りだす。それとともにどんどん香の意識も研ぎ澄まされていく。


 『ギフテッド』は先天的にを持ったカレンが主人公の作品だ。彼は発達障がいと誤診されて苦悩の日々を送っている所を、ユーリ博士に救われる。そうしてギフテッド教育を受け、秘密裏に国際犯罪を阻止していく。今は核爆弾を盗んでアメリカに攻撃しようとする犯罪集団パラスを追い込んでいるところだ。だが、パラスも集団のメリットを存分に利用し、逆に待ち伏せしてカレンを襲う。なんとかカレンは襲撃から逃げ切り、ユーリ博士のアジトに戻った。


 香は、今まさにその続きを書いている。


 後日、ユーリ博士が困っているカレンへ、アリスを紹介する。アリスもカレンと同じように育ち、というギフテッドを持っていた。最初は言い合い、喧嘩をする二人も相手の力の凄さに尊敬の念を抱く。そして、二人で協力したときのお互いの力の偉大さに気付いて惹かれ合う。

 アリスは犯罪集団パラスの今までの行動を分析し、次の襲撃場所を予測する。

 カレンは高い知性でそこへの侵入ルートや襲撃日時、襲撃方法を推理してインターポールと協力し、パラスの壊滅に成功した。


「ふぅ!」

 これ程の勢いで書き終えたのは初めてだった。

 香は今紡いだ言葉たちが書かれた紙を、心が奪われるように見入って、自らその世界へ転移する。


 どれくらい経っただろうか。

 満足感に満たされて時間を忘れていた。


 そういえば追立とやり取りしていたことを思い出して、転移阻害兵器を手に取る。


「⑥タクシーは何分ぐらい乗りましたか?」


「あれ、ゆうこりん。返事がないですが……」


「質問が卑怯でしたか?」


「⑦カラオケの機種は何ですか?」


「これも駄目ですか?」


「あれ、香さん?」


「⑧大通りですか?」


「お~い……」


「なんで返事くれないんですか?」


「あれ、何かありましたか? 大丈夫ですか?」


 着信がこの後十回……


(追立君や、すまないね。どうせなら後少しだけ付き合ってもらうよ)


 香の中の悪魔がまた囁く。


『すまんすまん。歌うのに熱中してしまっていた。⑥タクシーは十五分ぐらい乗ったかな。⑦カラオケの機種はわからん。⑧ああ、大通り沿いだぞ』

 ニヤリと笑いながら返信し、身支度を整えタクシーを呼んだ。



 追立は当初、返事が来なくなったことに苛立ちを覚えたが、次第に不安を抱くようになる。


(事故か何かにあったのだろうか。道路で暴れて補導されたとか? さすがにそれはないか……)


 一抹の不安を抱え、今度はカラオケ店を広域マップで検索してみる。すると大通り沿いの西側に一店舗。その真逆に複合施設が一店舗。

 再度質問のメールを送信する。


 だが、三十分待ってもメールの返信がない。そのため意を決して電話することに決めた。


『プルルル プルルル』


 携帯は繋がってるようだが、冷たい機械音が繰り返されるだけ。

 太陽はいよいよ頂点に近づき、追立を容赦なく照りつける。また汗でシャツが変色する。

 もうこれで三度目かと心底嫌な気持ちになる。

 これ以上は汗もかきたくない。

 周りを見渡し、茶色に白で珈琲と書かれた看板を見つけて、そこへ一時避難することにした。

 本当に今日原稿をもらうことはできるのかという不安がどんどん心を蝕んでいく。

 気付いたら十数回ゆめかりんに電話していたことに自分でも驚く。

 落ち着こうとアイスコーヒーを一気に飲み干した。


 その時、ようやく追立の携帯が鳴る。

(やっぱり大通り沿いか!)

 それがわかったなら、質問は一つしかない。


「⑨複合施設ですか?」


 追立はメールを送信しながら、急いで会計を済ましてタクシーに乗り込む。


「イエスだ!」


 香はその頃、専用移動手段が到着したので会計を済ませていた。

 休みの日にでも追立を誘ってここで対決したら楽しそうだな、とその様子を想像しながら産み出したこどもを大事に抱えて専用移動手段に乗り込む。


 女神の空腹は満たされたが自分の空腹に気が付いたのでスーパーに寄ってもらい、ピザやお総菜を二人分より多めに買い込む。追立のためにノンアルコールビールも頻発してやった。


 自宅へ戻るとささっと片付け、机に買ってきたものを広げてメールを送る。


『追立や、どうやら時間切れのようだ。今回はお前の負けだな。罰として後一時間は付き合ってもらう。早く帰ってこい』


 追立の携帯が鳴ったのはちょうど複合施設に着いてタクシーを降りたところだった。


(まじでか……)


(帰ってこい? どこにだ? もうゲームは終わっているのだろうか……)


(家に来いと言うことか……)


 再度タクシーを拾い、絶望に打ちひしがれながら香の自宅に着いた。


 唾をゴクリと飲み込み、インターホンを押す。


『お~遅かったなあ、鍵空いてるから入ってこい』


 恐る恐る玄関のドアを開ける。

 そこには既に缶ビールを一本飲み終えた赤いワンピースの女性がいた。


「やっと会えた」

 本当に心からの一言が漏れた。


「まあ、座って食べようじゃないか」

 香は機嫌良くポンポンと隣の椅子を叩く。


(これは原稿はあきらめるしかないか……)

追立は肩を落としながら、言われた通りに椅子に座る。

(だが、どう聞こう。原稿は? できていますか? 聞きにくい……)

追立は携帯を取り出しメールを一通作成し送信した。


『⑩今日の分、出来ていますか?』


 香はニヤリと笑顔になり、紙の束を追立の胸に叩きつける。

「もちろん、お前のお陰で出来上がってるぞ! さあ、食おうじゃないか」


「え、本当に? 先食べ始めてくださいっ! ちょっと読ませてもらいますねっ!」


「うわっ、ここにきて新キャラですか! お、おもしろい! お、お~! あっ! ほうほう。 そうきたか。カレンの推理がひかるっ! いやあ!」

読み終えて、原稿を丁寧にファイルに入れる。


「ゆめかりんっ! これは神回ですよっ! 手直しなんてするところがないですっ!」


「ほうらおう、そうらろう」

香はピザをほうばりながら返事をする。


「君の協力の賜物だよ。ご褒美にノンアルコールもあるぞ!」

冷蔵庫から缶を取り出して追立にホイッと投げる。


「あらためて、カンパ~イっ!」

缶同士なので、鈍い音しか鳴らなかったが、二人の中では最高の音が鳴った。


「ときに追立や。今度の休みにでも複合施設でビリヤードとか勝負をして遊んではくれないか?」

 香の顔が酔っているからか見分けがつかないが明らかに赤らめている。


「いいですね。ゆめかりんには負けませんよ! でもその服装はやめてくださいね。僕がドキドキするので」


 二人の行く末がこの後どうなっていくのかはまた別のお話。

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売れっ子作家の一日。たまにはいいじゃない!女神のお腹が空いたんだもの 宗像 緑(むなかた みどり) @sekaigakawaru

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