絶望たる黒竜王

「……ただの小虫こむしではない何者かがいるな」


 黒き軍服の男が、短く呟く。


「この世界に居座る害獣がいじゅうどもを屠り去るために策を講じたが……よもや、3つともが一瞬で打ち倒されようとはな」


 彼の名は“エッツェル”。またの名を“黒竜王”と呼ばれている。


 女神リアの世界は、元々は彼の故郷であった。

 そんな故郷が、彼にとっての“害獣”たる「人間ども」に荒らされていては、到底平静など保てるものではない。


「あれは“絶望”を取り入れた私が、手ずから招いた歪みし概念。それを……」


 ゆえにこそ、彼はの一環として、人間を抹殺しうる手先――歪曲し強化された概念体を三体、送ったのだ。

 人間、あわよくばこの世界を私物化した女神リアの息の根を止めるために――。


 しかしそれは、彼が知覚出来ない存在によって、10分と経たぬ間に阻止されてしまった。

 まるで「これ以上、世界を歪める悪意を送り込むな」と言わんばかりに。


「……おのれ、よくもよくも、我が道を邪魔してくれたものだな」


 怒りを隠さないエッツェルだが、その存在を知覚出来ないことがさらに苛立ちをつのらせる。


「少なくとも、女神ではない。あれが女神によって起こされたことだとは、思えない。私がころせる程度の存在に、あのような真似が出来ようはずがない」


 彼があずかり知るかは定かではないが、元々リアは、強引な召喚を行い、それにより召喚元の世界にまで悪影響を及ぼしている。

 言ってしまえば、なのだ。そのような存在が、新たに招いた概念体を3体とも瞬殺するなど、彼には到底思えない。


「この世界に来る害獣どもの数が増えているが……そろそろうんざりだ。いくらなんでも、この世界にのさばらせ過ぎている。だが、下手な手を打てば、また同じことの繰り返し」


 彼は人間害獣を抹殺するために、次なる手を打つ必要がある。知覚しているかどうかは彼と神のみぞ知るが、大規模な増援が転移を進めている。

 だが、正体不明の存在謎の機体に干渉されない方法を探るには、現状はあまりにも彼にとっての情報が少なすぎた。存在自体を察知はしても、正確に知覚出来ないというのは痛すぎるのだ。


とはいえ、私を殺したかの退魔師であれば、まだ分かる。概念が消滅する前、歪みし概念の一つを、その力を押しとどめたのだから。だが……概念たちをああも容易く排除したのがあの退魔師であるという可能性は、極めて低い」


 退魔師――日向日和は、事情により力が大幅に低下している。

 強化された概念体を倒しえないわけではないが、それでもあそこまでの速さを叩き出す可能性は、今の彼女が叩き出せるものとしては少なかった。


「……そして、我が宿敵たる真銀竜もまた、いる。少なくとも、アレの気配がするものを見つけたのだから」


 エッツェルが暗に示したのは、戦艦ドミニア。真銀竜が加護を全体に付与したそれドミニアは、遠目から見るだけでも言いようのない嫌悪感を与える。


「随伴するもの戦艦どもは容易い……だが、あれがいては私であっても、そう容易くはいかない。そして、異なる世界ながらも……あれには、同族たる竜の気配がした」


 彼にとって同胞たる竜種であれば、まず対話による説得を試みる。たとえそれが、自身を殺した竜であっても……だ。

 それだけ、“竜種であること”は、彼にとって重い価値観なのだ。


「気分は乗らぬが、だからといってあれと焦って衝突しては、いかに私といえど勝ち切れる保証が無い」


 砲座の一基一基にまで、忌々しい加護が付されている。

 かの真銀竜エヴレナは今や行動を異にしているとはいえ、本来の姿をあらわにしても抗しうるであろう兵力を見ては、“黒竜王”たるエッツェルをして迂闊な真似は出来ない。


 だが、そこで焦らないのが、彼の“黒竜王”たるゆえんである。


「……忌々しいが、きたるべき時を待つしかないな。無論、手は打つ。まあ……過去から未来から、都合の良い駒が同胞たちをかき集めてくれるのだ。最終的には、我々が勝つ。我らが道を遮る愚か者どもに、死を――いや、死より手ひどい“絶望”をくれてやる。それが、マリーへの手向たむけというものだろうから」




 かくして“絶望”を取り入れた黒竜王エッツェルは、余裕をたたえ、かつわずかばかりの追憶を帯びた微笑を浮かべながら、人間大のサイズをした桃色の歪曲空間に足を、体を踏み入れたのであった。


---


★解説

 ソルト様から借り受けたエッツェルのエピソード(注:本来の原案者は南木様)。

 こうして書くと、彼もまた“主人公”なのだろう。


「戦争とは、正義と正義のぶつかり合いである」とはよくぞ言ったもので、彼にも正義があるというのがひしひしと伝わってきたのならば幸いである。


 勝手ながら、目下ラスボス候補と見定めているために、この辺りで一度本編として記しておきたかったのである。

 圧倒的なカリスマと実力、そしてそれを最大限活用して率いる軍勢は、FFXXやその協力者をしてそう容易く勝てはしないだろう。とりあえず、ただの物量で勝てるとは思わない。


 やる気概は無いので完全なる妄想として読み飛ばしていただきたいのだが、二週目があるとすれば彼のサイドに立って操ってみるのも良いのかもしれない。

 迎える結末として彼の陣営が勝つか、それともやはりリア様たちの勢力が勝つかは、まるで予想が付かないが。もっとも、操る以上は勝たせるために動かすから、そこは分からない。

 ……くどいが、“妄想”である。“言いだしっぺの法則”を適用するのは、今回はご容赦頂きたい。


 さて、このエピソードが、エッツェルの設定と大きく矛盾していなければ良いのだが……。

 特に最後の「マリー」の一文は、個人的に気にしているところである。

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