安住の拠点へ(ユニット:桐夜)

 下水道を歩く、二人の人物がいた。


「ついてきてるな? 俺の手を放すなよ」

「……」


 その一人である、灰色のジャケットを着こなしジーンズを濡らして歩く男の名前は、“灰坂はいさか 桐夜きりや”。

 彼は異世界から、恋人と共に転移した後、彼女と共に安住の場所を築き上げて生活の地としていた。


「…………」


 そして、もう一人の名前はἐλπίςエルピス

 この場とは異なる異世界――地球の古代ギリシャ語において、「希望」の意味を持つ言葉を名に冠している。


「もう少しで、寧愛ねあの活性ポータルだ」


 残存する人工魂鏡石を用い、姿を隠している二人。

 かの悪竜王“ハイネ”からすれば「児戯じぎ」と評される程度の隠形おんぎょうであるが、それでも今、彼らは見つかるわけにはいかなかった。


「……ここだ!」


 と、桐夜の視界において緑色に輝く床が見える。

 先ほど呟いた“活性ポータル”そのものだ。


「この床に立つんだ。あとは何もするなよ」

「……」


 エルピスは無言で、桐夜の言葉に従う。

 桐夜の指示する床に立った瞬間――エルピスの姿が、消え去った。


「良し、行ったな」


 桐夜は軽く、左右を警戒する。人影も気配も無い。


「まったく、とんだ出来事になっちまったぜ。……だが、ヒモとしての使命は果たせたろ」


 それだけ呟くと、自らも同じ床に立ち――そして、姿を消し去ったのであった。


     ***


「……?」


 見慣れない部屋に来たエルピスは、首を軽くかしげる。


「ふぅ、ここまで来れば……ってやつだ」

「!」


 数秒の間をおいて、桐夜が転移してきた。表情らしきものをほぼ持たないエルピスだが、さすがに驚愕のそぶりを見せる。


寧愛ねあ、ただいまー」


 自らの恋人――にして事実上の妻であり、彼女自身が自称する名前は“灰坂 寧愛”、本名は“包國かねくに 寧愛ねあ”――に対し、帰宅を示す言葉を告げる。

 わずかな間をおいて、金髪金眼、そして巨乳を特徴に持つ美女が姿を現す。


「お帰り、桐夜。……ところで、その人は?」

「ああ、ちょいとワケありってこった。何も聞かずに、彼? 彼女? ……ともかく、この人を保護してくれや」


 恋人に対してなかなか向けることはない真剣な表情を向ける。その一瞬で、寧愛は何があったかを察した。


「……分かったわ。桐夜の頼みというのなら」


 寧愛は二つ返事で、桐夜の要望を受け入れた。


     ***


 話はわき道にそれるが、寧愛自身も魂鏡石保有者――異能者である。

 彼女は「緑」の異能を保有している。色は単色であり戦闘にも向かないが、「緑」の力量に関しては桐夜ですらも凌駕りょうがするほどの力を秘めているのだ。


 主な役割は「緑」の異能を拠点に重ね掛けして、“受容”――周囲の者たちに拠点の存在を大気のごとく受容、あるいは順応させ、、つまりきわめて強力なステルス効果を付与することにある。このため、悪竜王ですら探知は非常に困難な代物と化しているのだ。

 また、保有者かそれに準ずる力量、特に善性や神性の持ち主のみでしか探知不能な転移箇所ポータル周囲の地形セントラルに多数配置し、桐夜が拠点へ戻ることを支援する。そのポータルも「活性」と呼ばれる、桐夜の目で見れば緑に光り輝いている場所からしか転移できないため、これが拠点の特定をよりいっそう困難にしている。


 その上、住居は0-2:セントラル地下に接する位置にある。

 しかも貧民窟ではなく、表向きの入口自体はエリア0-1:セントラル市街地に存在するのだ。一見すれば「ただのいち住居」にしか見えないため、これも偽装に一役買っている。


 それゆえに、エルピスをかくまうには最上の場所となっていたのである。


     ***


「……お風呂、入るかしら?」


 桐夜の帰宅に備えて風呂を沸かしていた寧愛だが、こうなっては客人を優先することとなる。


「……」


 エルピスがコクリと頷くと、寧愛は風呂場へ案内した。


「こっちよ。……その前に、あなたの名前を聞かせてほしいわね」

「そういえば、聞いてなかったな。俺にも聞かせてくれや」


 うがい手洗いを済ませた桐夜は、エルピスと入れ違うように風呂場へ導く。


「……我が名は」


 エルピスは二人に促され、自らの名を呟いた。


「……我が名は“エルピス”」

「エルピス……“希望”、という名前ね」


 寧愛は元の世界において、相当の教養を持つお嬢様である。ギリシャ語にもいくらか通じていた。


「……貴方たちは、希望に満ちている。私をここに招き入れてくれたこと、感謝する。では」




 それだけ言うと、エルピスは風呂場の扉を閉めて入浴を始めたのであった。


---


★解説

 まずはコチラのエピソードをご一読あれ。

https://kakuyomu.jp/works/16817139558839696935/episodes/16817330647784979894


 このエピソードの流れにより、ちょうど良くも安全な拠点を有していた桐夜君にエルピス保護のお鉢が回ってきた。

 そのため、有原も私でソルト様に急きょ許可を取り、エルピスを引き取らせていただくことになった。


 適当なタイミングでFFXX本体と合流させようと思っていたエルピスだが、このような結果で有原陣営による保護を与えることとなったのは……正直、予想外。結果としては「有原陣営の手中に収めた」という目的を達成しているが、過程は想定していなかったのである。


 で、その拠点の安全性なのだが――とりあえず「隠し扉の三人組」の地震でもノーダメージ、というのはこの場で書き加えておく。

 そして、肝心の隠密性なのだが……本来この解説で書くような内容を本編中に描写として含めたのだが、ぶっちゃけ「ハイネおじいちゃんでも全力全開でないと探知すら不可」レベルに高めているので、

 というか、仮に見つかったとしても、ハイネおじいちゃんの性格を考えると乗り込むかは五分五分といったところ。因縁こそあるし、ハイネおじいちゃんなら桐夜君を圧倒しうる(事実、一度圧倒している)が、ぶっちゃけ「だとしても、わざわざ桐夜君たちの元へ行くだろうか?」という疑問が完全には拭えないのだ。


 ちなみに、このような拠点を確保したのは、桐夜君の項目に書いた「ハンター登録を済ませており、リア様の世界で依頼を着実にこなして生きている」という設定が活きた。

 転移してすぐに依頼を遂行しまくったので、今では資金に余裕ができるほど……という状況が生まれたのである。いちおう両替も済ませてあるけどね。

※参考:https://kakuyomu.jp/works/16817139558648925327/episodes/16817139558648937052


 そして今更ながら、「恋人がいる」の“恋人”は寧愛ねあさんのこと。元の世界(原作)の時点で恋人であり「桐夜の雇い主」でもあったのだが、今はちょっと立場が逆転ぎみ。原作とは逆に、稼ぎ頭が桐夜君で、寧愛さんは家事担当となっているのだ。

 でも桐夜君の自称が「ヒモ」なのは相変わらずだけど。あと、寧愛さんのお金の運用は下手くそではないので、もしかしたら依頼とは別口で(合法だけど)稼いでいるのかもしれない。


 あと、エルピスの見た目は……「候補を決めてこそいるが、まだ煮え切らない」ので今回は保留。

 ただし、そう遠くないうちに決める予定。私自身の性癖に照らし合わせるなら、女性ということになるが……そこもまだボカしておこう。


 とりあえず、緊急案件である「エルピスの保護」は達成した。

 エピソードを書く順序を逆転する運び、とはなったが……。

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