第29話 1-7-4 記憶襲来

1-7-4 記憶襲来 耳より近く感じたい



ーー

 音波たちが片付けをしている頃、片山たち軽音楽部も機材の撤収作業をしていた。


 講堂裏側の開閉扉を全開にし、荷台に積んで運び出す。


 佐藤が中に入り、片山は、外で一人になる。



 すると、背後から声がした。


「ねえ、片山くん。話があるからちょっとコッチ来てくれないかな」


「!」


 片山は、バッと振り向く。

 


 声の主は、部長と同じクラスの女子だ。


 確か宇野と呼ばれていたか。



(背後を取られるなんて…)


 片山は、冷ひやっとする。



「あー、今忙しいんで、ここで聞きます」


 すると宇野は、いきなり片山の腕を両手で掴んで引っ張り、壁のほうに移動する。



 またもや宇野に先手を取られた形となった片山は、動揺する。


 

「っ、…手、離してください」


 壁近くで、ようやく宇野の手から逃れる。



「片山くん、時々うちのクラスに遊びに来てたよね。

 ひと目見たときから、好きになったの。付き合って」


 腕を掴まれた気持ち悪さと突然の告白。


 面倒くさいし、二度も不意を突かれたので早く離れたいと思ったが、部長のクラスだし何とか我慢して、柔らかく断ることにした片山。



「…気持ちは嬉しいですが、付き合うとかは、ちょっと無理です」


 顔を逸そらして、宇野に言う。



「なんで…、彼女居ないならいいじゃない。

 それとも本当は彼女いるの?


 いつも一緒にいる子とか」



 宇野は片山の胸に触り、顔をあて抱きついた。



「あっ!」

ゾクッ!ー、


 胸を押された勢いで片山は壁に背を当てた。


ド…クン…

 身体中が痺れ、全身に悪寒が走る。



「私のほうが先に好きになったのに、あんな子より私のほうがお似合いなのに!」


 宇野が叫ぶ


「あんな子なんかに"渡さない"。

 "私のことを見てよ!"」



「っ!!!」

ドクン…ドクン…


 抱きつかれたまま腕はダラリと下がる。


「…はぁ、ハァ、…」


 身体は小刻みに震え、胸が締め付けられる…。


 そして…、意識が飛ぶ。



 静寂の後、片山が震える声で言う。


「…れろ」


「え?」


「…離れろ…触るな…俺に触るな…」



 外からの叫び声に気付いた佐藤が中から出てきた。



ー成斗が女に抱きつかれている!ー



「アンタ何してんだ!!」


 佐藤が慌てて駆け寄り、宇野を片山から引き剥がす。



「ハァハァ…触れ…るな、…俺に触るな…いやだ」


 壁に寄りかかったまま、顔色が真っ青になっている。


 片山の目の焦点があっていない。



 引き離した宇野を放ったらかしにし、佐藤が片山の肩を掴む。


「成斗!しっかりしろ!俺を見ろ!」


 肩を揺さぶり、片山を我に返らせようとする。



「嫌だ…触るな…触るな!よせ…やめろ…」


 片山が、力の入らない手で佐藤の腕を引き離そうとする。



「俺に…触れるな、離せ!…ああ…いやだ、ハァ、ハァ、」


「成斗!おいっ!成斗!」



 急に片山の手に力が入る。


「やめろ…嫌だ…触るなっ!ハァハァ、いやだ離れろ!」


 佐藤が圧おされる。



(何だ?成斗、前と違うぞ?)



「…触るな…ああ…いやだ、触るな!ハァハァ、…離れろ…いやだ…」


 また力が入らない片山の手が、佐藤の首にのびる。


「成斗っ!チッ…」



バシッ!バシッ!


 佐藤の手が片山の両頬を思いっきり引っ叩く。


 ハッ!


 やっと我に返る。



「…あ、ハァハァ、お…俺…俺は、ハァ、ハァ、啓…太…?」



 片山は、分からない…。


 何故自分の息が上がっているのか、分からない。



「ホッ、良かった。正気に戻ってくれた。


 成斗あのな、いいかよく聞け。


 お前久しぶりにあの症状が出たんだよ」



「…え、今…なんて…」


「お前は、女に抱きつかれた。


 そして、症状が出た。


 たった今だ」



「!!…あ…な、んで…嘘だろ」


 片山は愕然とする。



 佐藤は話す。


「嘘じゃない、本当だ。


 症状が出て、喚きながら暴れるお前をぶっ叩いて、正気に戻した」



 片山は額に手をやる。


「…あ、そんな…」



 信じたくない気持ちで佐藤を見る。


 だが、顔に汗をかきながら、真剣な顔で真っ直ぐに自分を見る佐藤を見て…、


 本当なのだと片山は…理解した。



「………っ、」


「成斗、今はもう平気か?」


 心配そうに佐藤が見つめる。



「…ああ、もう…大丈夫、…悪い…啓太、また迷惑…かけ…て」


 震える声で、片山は言う。



「そんなのいいって。


 中で少し休んでろよ。


 アッチは後で俺が運んどくから」


 佐藤に連れられ、移動する。



バンッ!


 入り口にさしかかり、片山は苦しさと悔しさで壁を叩く。


「なんでだよ、なんで…、今更出るなんてっ、なんで…どうしてなんだよっ!」


「成斗…」


「…なん、で…だよ、なんで…」



 突然引っ張り出された記憶の襲来に、片山の身体の震えはまだ治まらない。




 宇野の姿は、いつの間にか消えていた。



ーー

「…何、アイツ、女に抱きつかれて怖がってんじゃんw


 …名前…セイトって呼ばれてた」



 誰かが、事の一部始終を遠くで見ていた。

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