第25話 1-6-3 「ないと思ってたわ」

1-6-3 「ないと思ってたわ」 耳より近く感じたい



 右肩を脱臼してから四日後の金曜日、佐藤が学校に登校してきた。



 肩関節を固定する装具を着け、念の為三角巾で右腕を吊っている。


 制服の半袖シャツを着ているがネクタイはしていない。


 片手でネクタイを締めるのは、流石に無理だからである。



 佐藤が教室に入ると、クラスメイトがワッと周りに集まってきた。


「うわっ、何事ナニゴトよ、みんなして」


 左肩に掛けていたバッグを机の上に置き、佐藤は皆の注目に戸惑いながら椅子に座る。



「お前もういいのか?」


「佐藤くん、カッコよかったよ」


「全治どのくらい?」


「学園祭出れんの佐藤?」


「梶さん凄く落ち込んでて見てられなかったよ」


「復活おめ!」


 みんなの質問攻めや心配する声などで、教室の後ろが盛り上がる。



 佐藤はギターを担当していてルックスも良い。


 性格も明るく誰にでもオープンなので、男女ともに好かれるタイプである。



 そして、この間の事故である。


 身を挺して女の子を守ったと噂は広まり、名誉の負傷として、女子達からの評価が急上昇したのだ。



「ちょっと待った!

 一気に言われても分からないっしょ。

 順を追って話すから」



 佐藤は、後ろの方に梶が居るのを確認すると、左手で、まぁまぁとクラスメイトを制しながら説明を始める。



「まず、ケガは肩が外れた"だけ"で、安静期間は長くて3週間だと。

 直ぐに柔道部の顧問が肩を入れてくれたから、普段に戻るのはもうちょっと早くなるっしょ。

 学園祭は11月だし、リハビリも兼ねて練習するから、多分間に合う。

 まあ、こんな感じかな」



 佐藤が一通り説明し終わると、良かったねと安堵の声でざわついた。



 梶が音波に連れられて佐藤のところに来る。


 クラスメイトは梶の為に場所を空ける。



「佐藤…ごめんね、ごめん」



 佐藤は、梶に明るく言う。


「そんな顔するなって。

 折角梶のこと守ったのにお前が元気ないんじゃ、俺すっげー悲しいんだけど?」



「うん…」


「ま、お前に怪我がなくて本当に良かったよ」



 梶を見上げていた佐藤は椅子から立ち上がり、梶の顎に手をかけ上を向かせた。



「ほら、上向いて、笑えよ」


 愛おしそうに見つめる佐藤の目に、梶の胸がキュンとする。



「アタシ、佐藤になんでもする」


「何でもって言ったってなあ、」


 顎から手を離し、頭を掻く。



「ホントに!なんでも言って」


「笑ってく…」


「笑う以外で、言って」


「…」



 この状況から助けてくれと、佐藤は片山のほうを向くが、片山は手をヒラヒラとさせるだけだ。


 ここで梶の申し出を強く断れば、梶は更に落ち込むだろう。


 それは避けたい。


 どうしたものかと考える。


 自分が笑いを取りにいけば、重い空気も和らぐだろう。



 どうせ、脈は無い。



 佐藤はあえて大袈裟に言う。



「そうだなあー、じゃあさ、梶、俺の彼女になってよ」



「え、」


 梶は佐藤を見上げ、口をポカンと開けている。


 突然の公開アプローチにクラスがどよめく。



「いいの?」


 梶の顔が真っ赤になる。


「いいの?ってお前…、え?」


 梶の反応に、今度は佐藤が動揺する。



「なる、彼女になる、なりたい」


 真剣な表情で梶が言う。


「なりたい、て…マジか…」


 今度は佐藤の顔が赤くなる。



 ワアーッ!


 クラス中が祝福の言葉で溢れる。



「佐藤〜、大好き〜ワアーン」


 佐藤にしがみつき梶がまた泣き始める。



「マジか…ワンチャンないと思ってたわ、マジか…」


 梶の背中を左手で撫でながら、佐藤は言った。



 佐藤と梶の恋の成就に音波も嬉し涙を流す。



キーンコーンカーンコーン


ホームルーム開始のチャイムが鳴った。

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