18 女衒
女性は歩む。
繁華街のネオンに照らされた顔は青黒い。
服は流行をしっかりと押さえた派手めの服だ。それなのにチークをはたくどころか紅一つ引いていない。
落ちた肩、袖口から突き出す骨ばった手。服の寸法があわないのは借りてきたせいなのか、それとも痩せてしまったせいなのか。
女性は路地裏の暗がりの中でうずくまると少しずつ薄れていった。
黒いモヤとすえた臭い。
◆◆◆
ああ、いらっしゃい。
これは随分と顔色が悪い。
ここまでお運びいただくのは大変だったでしょう。
そりゃ、あたしは拝み屋だからね。姉さんがここに来た理由は十分承知していますよ。
そう、最近ね、この街も物騒でね、
まぁ、女の子を売るやつだね。今でもいるでしょう。すっと懐に入ってきて、女性を売り飛ばす輩ですよ。
昔からある商売でいつまで経ってもなくならねぇ。
ただね、拝み屋のあたしが言うのもなんですけど、因業な商売ですからね、本人も大変なもんで。
去年、一人刺されたんですよ。ほら、ワイドショーで一時期やってませんでした?
あれね、あたしもその場にいましてね。そんで、インタビューされたんですよ。テレビに出られるなんて、なんだか嬉しくってね、声うわずっちゃいましたよ。
ああ、ごめんなさいね。はしゃいじまって。
刺された理由なんですけどね、こいつは惚れさせた女を風呂に落とすって手口のやつでしてね。
そんな人の情を弄ぶような真似してれば、いつかは刺されますわ。
包丁持った女が走っていくんですよ。ええ、そこの先の大通りを。
透けた下着だかドレスだかわからねぇ色っぺぇ服装なのにさ、裸足でね。すごい形相でね。
で、逃げてくクズの背中に飛びついて、まぁ、ぐさりぐさりと。
最後にね、クズの長髪つかんで、顎挙げさせたかと思うと泣きわめくクズの首をかききってね。
とめられませんでしたよ。彼女はそのまま真っ赤な顔でニコニコしながら自分の首に包丁突き刺しちゃってね。
そこでようやくまわりの時間が動き出したって感じでしたが、そのまんまお亡くなりになりまして。クズはともかく女の子まで死ぬこたぁないでしょうに、ねぇ。
◆◆◆
女衒なんて因業な商売やってるやつですからね、死に方もろくなものでなければ、死んだ後も浮かばれませんや。
まぁ、それだけなら自業自得なんですけどねぇ、こいつがどうもたちの悪いのになっちまったらしくてね、死んだ後も同じことしかできねぇんだ。
死ぬ前もしょうもないやつだったんでしょうが、それでも死後よりはましなんでしょう。
嘘八百であっても少しの間、女の人に笑顔を与えることができたんですから。
それがねぇ、悪霊になんてなっちまったら、自慢の顔も台無しでさぁ。
しょうがねぇから、目星をつけた女に憑きまとっては、その子をとり殺すなんてしょうもねぇことはじめやがって。
え、なんで、そんなことしてるかって。
そりゃ、あれは女衒ですから。
女衒ってのは、女性をかどかわしては、客のところに売り飛ばす。
こんな街ですからね。
そこいら中に客がいるんですよ、見えねぇだけで。たちの悪いやつらが、死んでも迷惑かけ続ける。
クズに憑きまとわれると、日に日に目に見えて痩せ細っていく。そう、姉さんみたいに。
生きているときは、怖くて手出しなんかできませんが、あたしゃ、拝み屋、死んだ後なら祓えるってもんです。
もともと、あいつのことは嫌いでした。
有名なクズでしたよ。
だから、祓って地獄に叩き落してやろうと待ち構えていたんだが、あいつはするっするっと逃げやがる。
そんなあいつもまぁ彼女にはかないませんや。
散々騙してきたやつがころっとだまされるってのは、笑えるもんです。
◆◆◆
拝み屋は手にしていた小箱の蓋を開けると、何事かをささやいた。
女性は自分の肩が軽くなったことに気がつく。
黒いモヤが自分の足元から扉に向かってぬめるように進んでいた。
小箱の中から赤いモヤがずるりと落ちた。
赤は黒の上に覆いかぶさるように混ざりあった。
モヤが二つの人の形になった。
這い進む黒い人影の上に赤い人影が馬乗りになっている。
ナイフらしきものがきらめいた。
めった刺しにされるたびに黒いモヤが霧散していく。
女性の甲高い絶叫と男の野太い断末魔が混ざり合って、モヤは消えた。
拝み屋が小箱をふる。
赤いモヤが小箱の中に戻っていく。
女性は深くお辞儀をすると、どのようにして礼をすればよいかを聞く。
「いや、気にしないでくだせぇ。お代はすでにこちらからいただいております」
拝み屋が小箱をぽんぽんと叩いた。
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