第5話 あたし→キス←親友の夫

 あたしはさ、その時、親友の旦那と一緒に日直の仕事をしていたんだ。


 あたしの名前は、鮫島優。


 一応、これでも、県内なら指折りの猛者。


 女子ボクシングの期待のホープなんて言われて、この歳で、だから高校一年ですでに大学関係のオファーなんていただいてる。自慢じゃないけど、身内だけには自慢してるけどね。


 あ、でもちゃんと女子だから。きちんと乙女だから、異性にだって女らしく対応はできてると思う。


 基本、男子に対してはワンパンKOはしないことにしてるし。


 ちゃんと乙女っぽい事もできる。虫とか苦手な感じだし、猫大好き、大型犬は無理。


 あとどんな風にしたら女子っぽくなるのかについては、親友の一花ってヤツが私の指標になってる。だいたい一緒にいて、ああ、なるほどって思う事は参照してる。


 でも、あたし、一花みたいに可愛くも華奢ってタイプでもないし。


 それに、似合う似合わないもあるからさ、その辺はちゃんと自覚してるんだ。


 ちょっと前まで、近所の空手道場で一緒の頃は、一花もあたしも変らないって思ってたんだけどな、いや、ある意味、あいつ、一花は私よりもヤバいところはたくさんあるんだ。


 総合的な戦闘力で勝るあたしだけど、たぶん、殺傷力は一花の方が上だと思ってる。あいつ頭いいから、器用に人体の弱点とか狙ってくるんだよな。的確に、確実に正確な攻撃。


 一回だけ、中一の時に、一花のそんな攻撃を味わって見たくて『本気でやろう』って、師範を立ち合いに付けてやり合った時、あたしは2秒で動けなくなった。


 「無駄だよ、優がなにしようとしても、そこに力を入れないと動けないから」


 なんていいやがんの。


 親友で、好敵手なあたしだけど、その時はうすら寒さを覚えたね。


 それに一花のヤツ、寝技とかめちゃめちゃうまいんだよな。


 あの華奢な体に組み敷かれたら、たぶん、どんな屈強なヤツでも対処できない。


 その辺は、あたしがあの空手道場からボクシングに映った理由でもある。


 無理だ、こんなテク持ってるヤツがいる以上、あたしがあいつに敵うわけがない。


 その時、あたしは一花との絶対的な壁の存在に気が付いたんだ。


 あたしが中学でボクシングを始めると、一花も空手道場をいつの間にかやめてたな。


 で、さ、中学もつかず離れずで一花とも同じ中学だったから、付き合いは続いていたんだ。


 あたしは、そのままボクシング部に入って、一花はどうするんだろう? って思っていたら、あの無駄に高い身体能力を生かしもしないで、普通に帰宅部になって、普通の女子になってた。


 だから、その時からは、あの一樹も一緒に一花と会っていた。


 ともかく一花は一樹と一緒で、ワンセットっと言っても良かった。


 それでもなあ、特に恋人って感じもしなくて、本当に中のいい幼馴染って感じだったんだよ。


 それがさ、うちの中学校でも大きな事件『デットエンド事件』ってヤツがあってさ、この時は、あたしも傍観的位置だったんだけど、その中心になったのが、一花だったんだよなあ。


 まあ、あれは巻き込まれたって言ってもいいかもな。


 当事者はもう一人いたんだけどな、まあ、そっちの方はいいや。


 だって、私からの立ち位置だとさ、あの事件の後に色々思う事もあってさ、あの時、あの場所では、本当の被害者はあの男だけだったのでは? あの頭の良い一花がさ、あの状況になるまで放置しておくかな?って今さら思うんだ。


 もしかして、出来事は偶発的かもしれないが、一花はその状況すら自分に糧になるように誘導していたのでは、なんて考えるんだ。


 もちろん一花は良い子だよ。すごく優しい。


 だから一花がそんなことをする筈が無いって、思うのと同時に、こうも考えるんだ。


 一花なら出来るって。


 その辺はあたしの想像の中の話だけどな。


 で、その後、この、私の目の前にいる男と結婚ってわけだ。


 もちろん、あたしは一花が幸せならいいから、その時は「そうか」くらいのモノだったな。


 そんな思い出を巡らせるあたし。


 あ、気が付いたら日直の仕事、一樹に全部やらせてた。


 で、一樹のヤツ、あたしの名前まで書こうとしてるから、さすがにそこまではなあ、って思って、


 「名前くらい自分で書くよ」


 って日誌と、ペンをもらって、一花の旦那。一樹とたわいもない話をしてる。


 なんか、いろいろと話してくれる。


 でも、どうしてだろう? その声に、あたしの頭はポアンってして来るんだよな。


 最近、ずっとこんな調子。誰でもって事じゃない、一樹だけなんだよ。


 でさ、気が付いたらあたし、一樹の唇ばかり見てるんだ。


 なんだ? なんかおかしいぞ。


 って割と頭は冷静なんだけどなあ、一樹ってかっこいいかおしてるよなあ、顔は良い方だよなあ、でさ、普通にしゃべるその声がどうしてか、あたしには『甘く』感じたんだよ。


 そっか、これ、一花の為の唇だ。


 そう思う。


 でもさ、なんかいい匂いなんだよ。


 声もさ、耳元から頭に入って、甘くてさ、脳みそがそれを味わってるみたいになってる。


 でさ、たぶん、これがトドメになったんだと思う。


 あたし、見た事ない笑顔を見た。


 なんだろう? この笑顔を見て、どうしてか、あたしも! って変な気分になる。


 だからさ、もっと近くで、もっと息をさ、全部感じたくて、あたし、気が付いたら、身を乗り出して、一樹にさ、一花の旦那に近づいていたんだ。


 もう、お互いの唇が触れ合うくらい。


 そう思った時には、私はもう一樹に触れてた。


 その唇に……。


 私の先端。


 私の唇で。


 なんで、こんな事してるんだろう?

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