『かなへび』


「友達から聞いた話なんだけどね」


 中学生の頃の話だ。


 同級生のCの家に遊びに行った際に、妙なものを見た。

 彼の家は七階建てのマンションで、エントランスの周りには木々が多く植えられていた。


 仲良くなってからは頻繁に遊びに行っていたが、そのマンションの周辺には、かなへびがとても多かったそうだ。

 インターフォンを押す間に、大抵一度は必ず遭遇する。

 想像よりも余程速い足取りで逃げていく様が目の端に映ると、分かっていても少し驚いてしまう。


 そんなに大慌てで逃げるくらいならそもそも人前に姿を現さなければいいのに、とすら思ってしまうが、それは此方の勝手かもしれない。


「ここ、かなへび多いよな」

「あー……そうかも」


 Cにそんな話をした時、彼は少し顔をしかめて相槌を打った。

 彼はかなへびが嫌いなのだろうか。あんな小さなものを怖がるなんて、と面白く思い、友達はCを軽くからかった。


 帰り際、Cは友達を見送る際に挨拶に一言付け足した。


「あんまり見ない方がいいよ」

「何を?」

「走ってるあれ」


 見るな、と言われれば見たくなるのが人間というものだ。

 Cの忠告を聞いてからというもの、逆に気になってしまった友達は、遊びに来る度にかなへびを目で追うようになった。

 そして気づいた。


 うろちょろと走り回るかなへびに、時折妙なものが混じっている。

 指だった。

 ちょうど、付け根から切り取られでもしたような形をしている。

 ぐねぐねと関節を無視した動きで身を捩る指は、呆然とする友達の視線の先で、素早く草陰に姿を消した。

 見間違いかとも思った。だが、地面を這い回る指の薄気味悪さは友達の目に強く焼きついていた。


 見ない方がいいよ、と言ったからには、Cもあれを見たのだろう。

 その上で詳細を語ることはなかった。彼がそうした意味は、友達にも分かる。

 口に出し、言葉にしてしまったら、あれの存在を認めることになるからだ。

 だから、友達もCに対し、見かけたものについて確認するような真似はしなかった。


 それ以来、友達はエントランスにいる間は下に視線を向けることはなくなった。

 学年が上がり、クラスが変わってからは、Cとはなんとなく疎遠になってしまったそうだ。


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