第101話 その後。

 長い夢を見たような気がする…。

 全身が痛くて、すぐこの世から消えてしまうような…そんな感覚を感じていた。結局、俺は逃げることもできず、彼女と一緒に死ぬことを選んでしまった…。その顔はずるいよ…菜月。そしてずっと聞きたかったその話を、最後に話すなんて…。菜月は本当にバカだよ…。本当に…。


 俺は普通に好きだったのに…。

 そこまでしなくても、俺は離れたりしないのに…。


「……っ」


 バカみたい…。

 本当に…。


 付き合った時間が短かったかもしれないけど、俺は菜月と出会って幸せだった…。

 あの笑顔は絶対忘れられないんだろ…。


「あ…! 柏木さん…! 先輩が起きました…!」


 あれ…? 誰の声…?


「あっ! 待ってて!」

「先輩! 私の声、聞こえますか?」


 白川…、白川の声か…? これは…。

 慌てる白川とお母さんの声が聞こえた。もしかして、これは夢…? もう死んだはずの俺に神様が見せてくれる最後の夢なのか…? 悪くないかもしれない。そして俺が目を閉じる寸前に、こっそり涙を流している菜月を思い出してしまった。実は菜月も死にたくなかったよね…? 死ぬのは怖いから…。でも、死なないと生きている今がもっと苦しくなるから…。仕方がない選択だったのか…、それでも俺は菜月が生きてほしかった。


 今更、そんなことを考えても無駄だけどな…。


「うん…。これは意識が戻ってきましたよね…」

「そ、そうですか?」

「尚くん…」


 微かに聞こえる二人の声がリアルすぎて、少しずつ目を開けてみた。


「こ、ここは…?」

「先輩! せ、先輩…!」

「尚くん!」

「……」


 そしてすぐ目を閉じる尚。


 ……


「……っ、痛い」

「先輩!」


 なんだ…。夢じゃなかったのか…? 体が痛い…。白川はどうしてここにいるんだろう…? そして俺もどうしてここにいるんだろう…? 菜月は…? 菜月はどこに行った…? そう。俺は菜月の部屋で…火事に巻き込まれてしまったよな…?


「先輩! よかった…。生きていてよかった…!」

「白川…、声大きい…」

「あっ、すみません…」

「そういえば、お母さんは…?」

「今日は私が看病するって柏木さんに話しました」

「……そっか」


 目が覚めた時は、病室の中にいた。

 そして制服姿の白川がこっちをじっと見つめていた…。これは現実? 俺は本当に生きているのか…? あの部屋で生き残ったのか…? あり得ない。なら…菜月も生きてるってことだよな…?


「な、菜月は…?」

「……」

「なんで、沈黙…?」


 そっか…、何も言わないのは…もう…。


 あれから二人で話をした。

 菜月は最後まで俺を抱きしめたまま、目を閉じていたって…。俺がもっと…、彼女のことを見てあげたら…こんなことは起こらないはずだったのに。もっと…聞いてあげたら…こんなことにならなかったはずなのに…。でも、いなくなった人を考えても無駄だった…。彼女はもうこの世にはいないから…。


 虚しくて、寂しくて、悲しい…気持ちだ…。


「そんな顔しないでください…」

「え…?」

「たとえ、花田菜月がいなくなったとしても…」


 あの時、涙が出るほど懐かしい何かに触れていた。


「私がそばにいますから…、先輩」

「……な、何を…」

「だから、そばにいるって…!」


 本当に何を考えているのか分からない…。


「そういえば、楓は?」

「……楓先輩は…」

「まさか…」

「あの時、爆発に巻き込まれてしまって…」

「……」


 一人しかいない友達も、あの時…。

 俺はどうやって生きてるんだ…? もう誰も残っていないじゃないか…? 俺は大切だった人たちを失ってしまった。俺のせいで、俺のせいで…。


 ぼとぼと…。


「先輩…。泣かないで…」

「……」


 なんで俺だけが生きてるんだ…?

 どうして俺は生きてるんだ…?

 その事実がとても悲しくて、涙が止まらなかった…。


「尚くん…」


 そして俺をベッドに倒した白川が静かに見下していた。


「私…、ずっとこうしたかったよ…。あっ! 尚くんに乗っかっちゃった…!」

「な、何を…。白川…」

「誰もいないよ…? ここには誰もいないよ…? 尚くんと私しかいないよ…?」


 その赤い瞳、菜月と似ている…。

 俺の前髪を後ろに流してくれた白川が、なぜか微笑んでいた。


「重いから、椅子に座ってくれない?」

「お姉ちゃんとこんなこといっぱいやってたんでしょ?」

「……っ」


 そこで腰を動かす理由は…? なんで、俺にこんなことをするんだ…。

 白川…。


「大丈夫。尚くんは私がもらっていくからね? もう邪魔者はない…」

「なんの話だ…?」

「うん…? なんの話って…? 尚くんが私のものになったってことだよ?」

「勝手に決めるな…」

「私はお姉ちゃんと違って、すごく優しいからね…? でも…、三ヶ月間、看病してあげた人にその言い方はちょっと悪いと思うけど…? 尚くん…」

「はっ…? お母さんは…?」

「忙しいから、私が看病するって言っておいたの」

「……」

「大丈夫…」


 そう言いながら俺の頬を触る白川。


「今からずっと私のものでいればいい。それでいい」

「……」

「私が尚くんを独り占めするのよ…。今日から、ずっと…独り占め…」


 体に力が入らないから、白川に抗えるのもできかった。


「力入れないで…」


 そして俺を抱きしめる白川と、この病室の中でこっそりキスをしてしまった。


「おかえり、尚くん…。そして、今日からよろしくね」

「何を…?」

「何って…、尚くんのに決まってるんでしょ?」

「……」

「あ、そうだ! あの火事で尚くんのマンションが燃えちゃったから…、しばらくうちに泊まって! 隣の部屋、空いてるから!」

「……いいよ。そんなの…」

「ダメ…! 今日から、一緒に暮らすのよ…。…」


 ——————『完』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣部屋にヤンデレのお姉さんが引っ越してきました。(助けてください…) 星野結斗 @hosinoyuito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ