第86話 クロ。
また、嫌な夢を見ていた。
花田さんに殺されてしまうような、そんな雰囲気で俺は一生懸命に逃げていた。逃げて、また逃げて…、どこに行っても…。俺を見つけ出す花田さんに、行ける場所はなかった。どこに行っても、そこに花田さんがいて…笑顔で俺を待っていた。現実でもないはずなのに、すごく怖い雰囲気だった。
それからどれくらい時間が経ったのか分からない。
指先が少しずつ動いていた。
「……っ!」
何これ…? 腕と、横腹と…、そして背中からすごい痛みが感じられる。
この苦痛は花田さんがカッターナイフで刻む時と同じ…。待って…、もしかして花田さん…。俺の体に、またあんなことをしたのか…? いきなり襲ってくるその痛みに、呼吸ができない。そして目の前が暗いのは…、また眼帯をしてるからか…。
精一杯その痛みに我慢していたら、扉が開く音が聞こえた。
「尚くん、起きた?」
「菜月の声…」
「うん。私だよ〜 はい、これ水」
「……」
床に落ちる水、そして喉も乾いたから急いで水を飲んだ。
「よしよし…」
「なつ…っ!」
何これ…?
見えないけど、俺の左手と右手が鉄棒みたいな物に縛られている。
足にも手錠がかけられて、立つのも動くのもできないそんな状況だった…。やっぱり、玄関で俺を倒した後…すぐあの部屋に連れてきたんだ…。ため息が出て、どうしたらいいのかを考えてみた。前もすぐ解放してくれたから、今度もよく話したら…解放してくれないかな…? 少しの希望を抱く時、花田さんが俺にキスをした。
「……」
「ううん———っ! 気持ちいい…、二日も気絶していたからね? 意識のない尚くんとイチャイチャするのは面白くなかったよ…」
「そ、そう…?」
「そして尚くんの裸…、めっちゃカッコいい。ぐっすり寝たから、元気になったのかな?」
「うん?」
「ここ…」
こんな時に恥ずかしいところを握りしめるなんて…、一体何をするつもりだ…。
それより何も考えてないのに、どうしてこうなるんだ? これが体の神秘っていうことか。
「飲ませた水の効果がすごいね…」
「うん? な、何を…」
「ううん…、元気になる水…っていうか…」
「……痛い、それ以上は力入れないで…」
「嫌だよ? 尚くんも私の話を聞いてくれなかったじゃん…。私はこうしたい…」
「……っ」
めっちゃ恥ずかしい姿勢で、花田さんにやられている状況…。
全裸の姿で、誰かに連絡することもできない。すると、「可愛い声を出して」っていう花田さんが…手に力を入れてしまった。それに我慢できず、恥ずかしい声を漏らしてしまった俺は花田さんに抗えなかった。何もできない。手足を束縛されて、ずっと花田さんにやられっぱなし…。
「もうやめて…、菜月…」
「うん? あっ! そうだ。尚くんに見せたいのがある!」
「うん…?」
俺の眼帯を外してくれた花田さんが、スマホを出してある写真を見せてくれた。
「どう? 可愛いでしょう?」
「……」
胸元に大きい「菜月」という文字と、「愛している」…。
横腹には俺たちが付き合った日付と…、「可愛い」「カッコいい」「好き」が書いていて…。背中には「尚くんのことが大好き」って…。本当に…、花田さんの精神状態を疑わないといけない写真だった。だから、そんなに痛かったのか…。血が流れている上半身の写真を見て、花田さんは笑みを浮かべていた。楽しい…って顔を…。
「どう? 尚くん〜」
「嫌だ…。もう、嫌だ…。菜月…、どうしてこんなことをするんだ…」
「うん…? い、嫌なの…? 嫌…なの…?」
「俺は…菜月のことが好きだったから、その不安をどうにかしてあげたかっただけなのに。どうして、こんな人になってしまったんだ…!」
「嫌って言われた…。尚くんに、嫌って…嫌って…、嫌って…言われた…」
トラウマでも刺激したように、花田さんはすぐ涙を流していた。
「……嫌って、嫌だって…」
そして、俺は先言い出した言葉を後悔するしかなかった。
気づいてしまったからだ。彼女の隣にカッターナイフが置いていたことを…、それを言い出した後に気づいてしまったから…。
「どうして…、どうして…? 私は…。私は…。私は…。尚くんのことを愛していたよ?」
「なら…、話をしよう。菜月が話してくれるなら、きっと変わるはずだから…」
「うるさい! 私を裏切った人がそんなことを言うんじゃない!」
「菜月…」
床に落ちる彼女の涙。
そして花田さんはカッターナイフを握った。
「私の愛情が足りなかったから…。だよね? 私の愛情が足りなかったから、私から離れようとするんだ…。みんな…そうだった」
「お、落ち着いて…! 菜月…、落ち着いて…」
「私のものは、ずっと私のものだから…。尚くんはどう思う…?」
カチカチカチ…。
刃を出す時の音が聞こえた。また…、また体に何かを…するつもりなのか…。
「ねえ…、尚くんはどう思う?」
「何を…?」
「私のこと…、どう思う?」
「——————っ!」
太ももに刃が…。
どんどん力を入れる花田さんに、声が震えていた。
「す、好きだよ…。菜月のことがす、好きだよ…?」
「嫌って言ったのは何…? どうして? 好きなのに、どうして嫌っていうの?」
「—————うっ! な、菜月…。菜月…、や、やめてく…れぇ…」
太ももに刃を刺したまま、カッターナイフを少しずつ動かす花田さん。
それに涙を落としていた。そして声が上手く出ないほど痛くて…、唇がすごく震えているのも感じられた。
このまま死ぬんだと確信した時、彼女の動きが止まった。
「尚くんと似合う色だよ…。赤い色は情熱…、ハート、愛の色…。尚くんは私から離れない。ここは私と尚くん、二人だけの世界だよ…」
「……な、菜月…。痛い」
「私も痛いよ…」
「やめて…、やめて…菜月」
俺はただ…、花田さんと普通の恋がしたかっただけだ…。
普通の恋が…、したかっただけなのに…。
「尚くんはこのままでいい…。もう何も見ないで…、最後に私の姿だけをちゃんと覚えてて…」
「うん…? なんの話?」
「この眼帯はもう外してあげない…。永遠に…」
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