第85話 放課後の二人。−7

「それで…、白川の話通りなら…。その次が俺になるってこと…?」

「そうかもしれません。あの時の先輩も花田菜月とちゃんと話して、二人の関係を終わらせようとしました。でも…」

「上手くいかなかった…ってことか」

「はい」


 花田さんは愛情を知らない人なのか…? そうでは見えなかった。

 むしろ…、ずっと求めていたような…。そんな雰囲気を出してたから、ずっと足りない何かを花田さんは知っているかもしれない。そうじゃないと、俺にそんなことをするわけないだろ…。でも、どうしたら自分が満足をするのかを知らないみたいだ。


「先輩はそこから逃げてください。そうじゃないと、あの先輩みたいになります」

「……そうか…」

「私もあの時の先輩を知っています。飛び出す時の姿を私はちゃんと見ていました。そうじゃなかったら…、花田菜月は死んだかもしれません」

「うん…。だよな」

「だから、先輩! 逃げてください! 先輩はいい人だと思います。少しだけど先輩のことが好きだったし…。今は楓先輩と付き合ってるけど、私は先輩のカッコいい姿を忘れていません」

「しら…」

「それは忘れてもいいよ…。葵ちゃんにはいらない記憶だから…」


 そして、後ろから花田さんの声が聞こえた。


「な、菜月…?」

「尚くん…、私は行ってもいいって言ったことないよね…?」

「……ご、ごめん」

「もうやめて! 柏木先輩の人生まで壊すつもりなの…? いい加減にして…」

「……何を…? 私は彼氏に会いに来ただけだよ? 葵ちゃんこそ、なんで他人の彼氏とこんなことをしてる? 葵ちゃんの彼氏は、葵ちゃんが他人の彼氏とこんなことをしてるのを知ってるかな?」

「……他人…」

「そう。他人でしょう? もう…」


 二人の間に流れているこの雰囲気をどうにかしてあげたかったけど、そばから見える花田さんの顔はすごく怒っているように見えた。俺が何かを言っても、それを聞いてくれるような雰囲気じゃなかったから…。その場でじっとした。


「何してるの? 尚くん…」

「あっ…、あの…」

「私が来たのに、どうしてまだそこに座ってるの…?」

「ごめん…。でも…」

「二度言わせないで…、行こう」

「……先輩! 花田菜月と、そこに帰るんですか?」

「……」

「葵ちゃんはうるさい。これは私たちのことだから」


 そうだ…。

 俺が花田さんのそばを離れなかったのは…。彼女のことを心配していたからだ。だから、俺は逃げない。花田さんが正しい形の恋ができるように…、そのそばにいてあげたい。そうするために、俺は白川にそれを聞いたんだ…。


「心配しなくてもいいよ。白川」

「せ、先輩…」

「もういい…。ここからは俺に任せて…」


 心配している白川に手を振ってから、花田さんの車に乗る俺だった。

 頬を伝う涙が膝に落ちて、花田さんが俺を見つめる。


「なんで…? なんで返事もしてないのに、尚くんはそこに行ったの?」

「あの…、菜月…」

「私に従うって約束したんでしょう? 私は尚くんを信じていたから、自由にさせたのに…。何度も、何度も、私を裏切って…」

「泣かないで…。菜月がいつも不安に怯えるから、それが知りたくて白川に聞いてみただけだ…。い、家に帰ろう…」

「うん…」


 白川の話を聞いたけど、それでもまだ足りないって気がした。

 なぜそこまで執着をする…? そこがよく分からない。その疑問を抱いたまま、俺は花田さんと家に向かった。


「……」


 何も言わず…、二人は歩いていた。

 この沈黙をどうしたらいいんだろう…? 花田さん、怒ってるように見える。


「私は尚くんが他の女と会うのが嫌…」

「うん…」

「私が知らない場所で他の女と話をするのも嫌…」

「でも、白川は菜月の妹だったから…」

「私を残して一人だけ…、お母さんと行っちゃった裏切り者!」

「えっ…? 菜月、お母さん…いたんじゃなかった…?」

「……あっ…」


 やはり、そうだったのか…。


「菜月…」

「もう知ってるよね? 葵ちゃんに聞いたから…」

「菜月…」

「一人にしないで…、尚くん…!」


 そうやって俺を抱きしめる花田さん、その指先がすごく冷えていた。

 なんで…花田さんは俺に何も話してくれないのかな。


「尚くん…」

「うん…」

「ちょっと痛いかもしれない…。ごめんね…」

「えっ? ナツ———ッ!」


 背中からすごい痛みが感じられて、あっという間に足の力が抜けてしまう。

 倒れないように花田さんの肩を掴んだけど、背中から広がるそのすごい痛みにもう耐えるのはできなかった。目を閉じる前に、俺を見つめる花田さんと目を合わせた。その後は…、気を失ったと思う。


「尚くんは、私のものだよ…」

「……」


 床に倒れた尚を、部屋まで引っ張る菜月。

 その赤い瞳が薄暗い部屋の中で輝いていた。


「何があっても、私のものは私のものだから…。葵ちゃんが尚くんに余計なことを話したから、こうなるんじゃない…」


 片手に持っていたスタンガンを床に下ろした菜月は、ゆっくり尚の体を束縛した。


「今日からはずっと一緒だよ…。尚くん。この世界には誰も入れない。ずっと、二人で一緒だよ…? 目が覚めた時は、新しい世界が広がるからちゃんと寝てて…。私の尚くん…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る