第79話 放課後の二人。
「……あっ! 先輩だ!」
よりによってこんな時に…。
気づいた時は緊張しすぎて、背中の痛みがどんどん広がっていた。
「どうしました? 顔色が悪いんです」
花田さんがすぐ返事をしない。
その事実が、俺に「怖い」という感情を感じさせてくれた。いつもと違う反応のする彼女は怖い。こうなると花田さんが何をするのか分からなくなるから、せめて「うん」って答えてほしかった。
「……」
既読になってから20分が経っても、返事はこなかった…。
「花田菜月のことを心配していますか?」
「あっ、うん…。返事がないから…」
「それで、先輩はそれが聞きたいんですか? 私と…花田菜月の間にあったことが」
「そう…。俺が菜月のそばから離れなかった理由は、そこにあるかもしれない。いつも不安に怯えて、何かを心配する菜月が可哀想だったから…」
そして俺の話に笑い出す白川がテーブルを叩く。
「何がおかしい?」
「アハハハッ。あの女に騙されるなんて! でも、仕方がないんですよね? 先輩はあの人とのことを知らないから…」
「そう…。何も話してくれないから、菜月の話と表情で推測していた」
「いいですよ! もっと苦しませたかったんですけど、こうなった以上…私も全部話します」
テーブルのコーヒーからいい匂いが広がる。
そのコーヒーを一口飲んだ後、白川が俺と目を合わせた。
「多分…、私がまだ花田葵だった時の話です」
……
私には本当に綺麗なお姉さんがいた。
花田菜月。周りの人たちは私のお姉さんがすごく綺麗な人って、いつも褒めるから妹としてすごく嬉しかった。お姉さんは綺麗な人だけど、頭もすごくいい人だったから。私はそんなお姉さんがすごく好きだった。あんまり可愛くない私に、いつも優しく声をかけてくれるお姉さんは私の自慢だった。
でも、お父さんはそうじゃなかった。
「成績を上げるのがそんなに難しいのか? 菜月を見ろ! いつも学年順位1位だから! 妹として恥ずかしくないのか? 葵! 花田家はこんなバカを育てる余裕はない! ちゃんと勉強をしろ!」
「はい…」
すごく豊かな家庭、欲しいのは全部手に入る人生。
でも、全然楽しくなかった。私より4年早く産まれただけなのに、お姉さんはどうして私とこんなに違うのかな…? 疑問だらけ…。あの頃の私は友達と遊ぶのが好きだったから、思い出を作って普通の女子中生らしい人生を生きていた。
ただ楽しく生きていきたかっただけ…。
「大丈夫…、葵ちゃん。勉強は私が教えてあげるから、元気出してね?」
「うん…。あ、ありがとう…」
まだあの時の笑顔を忘れていない、すごく優しいお姉さんのその笑顔を…。
そして私が高校入試をひかえて、一生懸命に勉強をする時。お姉さんも大学のことですごく忙しかった。勉強を教えてくれるのも、お姉さんの時間を使うことだったから。私はなるべく自分の力で勉強をして、お父さんが努力を認めてほしかった。
「お父さん! 成績表出たよ!」
「これしかできないのか…、菜月はもっと…」
成績はどんどん上がっているのに、なぜかため息をつくお父さん。私はこっそり涙を流してしまった。いつも背中しか見せてくれないあの人に、私は何を期待していたのかな? それを考えた私がバカだった。そう、お姉さんは、お姉さんだから…。私とは違う人だから、どれだけ頑張っても…。天才と呼ばれるお姉さんの前では、小さくなる私だった。
諦めた。
中学生だった時は、お姉さんと一緒だった思い出が多かったのに。お父さんは「そんなことをする暇があったら、成績を上げろ」と大声を出した。それからお姉さんと会話をする回数が減ってしまう。お姉さんは学校が終わると、すぐ勉強を始めて深夜の4時までずっとペンを握っていた。声をかけるのが怖い、もし私のせいでお姉さんの成績が下がったら…。また私が責められてしまうから…、私は私なりの人生を生きることにした。
「お母さん! 今日はちょっと遅いよね?」
「そうよね。ごめん…。仕事が終わらないから…」
「ううん! 今日は…」
唯一、私と話してくれるのはお母さんだけで…この時間がすごく楽しかった。
お母さんはいつもだらしない私の面倒を見てくれたし…。お父さんが足りないって言ったその成績も、後でお母さんが「頑張ったね」と褒めてくれた。お姉さんは勉強で忙しいから、私はお母さんとお姉さんの話をした。「お姉さんが大学に受かったら一緒に祝ってあげよう!」と、そして私を見て微笑むお母さんの顔をまだ忘れていない。
どこから間違ったのかは私にもよく分からない。
気づいた時はもうお父さんとお母さんが、大声を出しながら口喧嘩をしていた。怖かった私はお姉さんの部屋に隠れていたけど、お姉さんは私を見てくれなかった。
「怖い…」
「……」
「ねえ…! お姉ちゃん!」
「今は勉強中だから、静かにしてくれない…?」
「ご、ごめん…」
なぜ二人が喧嘩しているのかは分からなかったけど…。
それより、知らないうちに壁を感じてしまったこのがもっとショックだった。
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