第55話 他の二人。

 尚とあの綺麗なお姉さんは帰ったけど…、俺はまだ葵ちゃんとカラオケに残っていた。先から歌を歌うだけ。何も話さない彼女はそのまま席に座って、ため息をついていた。あの綺麗なお姉さんと何があったのか分からないけど、ちょっと落ち込んでるように見えて、さりげなく声をかけてみた。


「葵ちゃん…?」

「はい…?」

「何か…、あった?」

「いいえ! なんでもないです!」

「そう…?」

「はい! 久しぶりに出会ったので、いろいろ話しました!」


 尚がいないからか…、3人でいた時のテンションじゃなかった。

 笑って誤魔化してるけど、やはり葵ちゃんは尚に興味があるのか…。その感情が顔に出てるような気がした。しかも、「ついてきちゃいました」と言ってたけど、どう見ても誰かとデートをするための服装だろう…? 尚が知らないふりをする理由もないし…。葵ちゃんはあんな可愛い笑顔で、このオタクについてきたのか…?


 尚は普通にカッコいいやつだから…。

 俺もなぜイケてるグループに入らないのか、それがちょっと不思議だった。いつも人たちを避けるように見えて、あんまり喋らないイメージ。そして教室の中でこっそりラノベを読む尚は、俺にただのオタクにしか見えていなかった。


 俺も尚と同じ趣味を持っているのに…。

 先の彼女も…、そして葵ちゃんまで…。どうすればこんなレベルの高い、そして個性的な美人とあんな風に話すのができるんだ…? お前の人生はラノベそのものなのかよ…、柏木尚! そもそも可愛いだけの人なら俺も興味を持たないけど、葵ちゃんから人を惹きつける不思議な魅力を感じてしまった…。


「あ、私…。そろそろ帰ります!」

「あ、あのさ…! 葵ちゃんって…、今日暇?」

「えっ…?」


 こっちを見つめる時の赤い瞳に、俺はドキッとした。


「どうして、私にそんなことを聞くんですか…?」

「あっ、ごめん…。嫌だったら謝る」

「フフフッ。九条さんは面白い人ですね? まだ時間はありますけど、何かしたいことでもありますか? 私…、男とデートっぽいことは初めてなので…」

「えっ? ウッソだろ? 今まで彼氏なかったの?」

「はい! 男と話したのは…、多分あの時…書店の前で交わした短い会話が全部だと思います!」

「ウッソ…、こんなに可愛いのに? 彼氏がなかったのか…。え…」

「はい! 一度もなかったので…、ちょっと悲しくなりますけど…」


 チャンスかもしれない…。

 どうせ、尚には彼女がいるから…。


「……」


 興味がますます強くなっているような気がした。


「じゃあ…、映画はどう?」

「いいと思います! でも、この時間に映画を見てしまうと…帰る時は夜になるかもしれませんね」

「送ってあげるから気にしないで!」

「あっ、はい! ありがとうございます」


 初めて葵ちゃんと長い会話をしてみた。

 彼女は明るくて可愛くて…、もしかして俺に新しい刺激を感じさせてくれるかもしれない。他の女子とは違う…。その目に、吸い込まれるような気がした。彼女を見ると、心が勝手にドキドキしてすぐ緊張してしまうから…。とても不思議だった。


 一体、葵ちゃんは何者だ…?


「九条さん? 行かないんですか…?」


 優しい声で手を伸ばす葵ちゃん、俺はさりげなくその手を握った。


「あれ? どうしましたか? ちょっと慌てるような…」

「あっ…? うん? なんか、今葵ちゃんと手を…」

「あっ! もしかして、手繋ぐのが苦手ですか?」

「いや…。逆だけど…?」

「はい?」

「恋人でもない男とさりげなく手を繋いでもいい?」

「今から九条さんとデートするんですよね? これくらい平気です」


 なんだろう…? よく分からないけど、違和感がする。


 ……


 そして、葵ちゃんは本当にデートをしているような雰囲気を作ってくれた。

 映画が始まる時から終わるまで、俺のそばにくっついて…まるで彼女みたいな雰囲気を…。いきなりこんなことをされてしまうと、男の俺はどうしたらいいんだ…? こうなるとは思わなかった…。さりげなくスキンシップをする葵ちゃんが、今俺を見上げている。


「映画、ありがとうございます! とても楽しかったです! 私、男の人とこんな風に映画を見るのは初めてだから…。とてもいい経験になりました!」

「そ、そう…?」


 そばから腕を抱きしめることとか、肩に頭を乗せることとか…。

 いきなり甘えてくる葵ちゃんに、俺はもう我慢できなかった。


「九条さん! 今日は私と遊んでくれて、ありがとうございました!」


 微笑むその顔、長い髪の毛と細い体。

 今日は行かせたくないって、そんな馬鹿みたいなことを考えてしまう俺だった。


「九条さん…?」


 ぼーっとしている楓のおでこに、手を当てる葵。


「えっ…?」

「どうしたましたか? 先からずっとぼーっとしてて…」

「いや…。な、なんでもない…」

「へへ…、もしかして私が可愛くて緊張しましたか?」

「……」

「冗談でーす! へへ…」


 くっそ可愛い…。でも、俺は元々こんな女子に惹かれていたのか…?

 ちょっとやばそうな雰囲気を出す葵ちゃんに、俺はすごい好感を持っていた。見た目では普通の女の子なのに…、どこからそんなことを感じたのか分からない。気づいた時は葵ちゃんと手を繋いで、普通の恋人みたいに歩き回っていた。


「ひひっ、熊のぬいぐるみありがとうございます! 大切にしますから!」

「うん…。なんか、葵ちゃん…すごく積極的っていうか…」

「好きですよね? 積極的な女の子。九条も…」


 そう言いながら俺にくっつく葵ちゃんに、固唾を飲む。


「かもしれない…」

「フフフッ。素直で可愛いですよ。九条さん!」

「……からかうな」

「はい! これ! 私の連絡先です! L○NEはしてないので、メッセージでお願いします!」

「そう…?」

「はい!」


 そして教えてくれた電話番号に電話をかける時、彼女はさりげなく俺の耳元でこう囁いた。


「私が男の人に電話番号を教えてあげたのは今日が初めてですよ? 九条先輩…」


 ……尚にも、教えてないことを…どうして俺に…?

 その話の意味を俺はよく分からなかった。


「よろしくお願いします! 〜」

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