第45話 バレンタインデーのヒビ。−3
それから何も言わず、静かについてくる白川だった。
彼女がいる俺が白川に抱きしめられるなんて、それが良くないって知ってるけど。それでも欲しい答えを得るためなら、仕方がないことだった。しかも、あの時の白川は両腕に力を入れて俺と密着し…、胸や足をくっつけていやらしい雰囲気を作っていた。
しっかりしろ…、柏木尚…。
「フゥ…」
「どうしたましたか? 先輩〜」
休憩室で服を着替える俺に、こっそり入ってきた白川が声をかける。
微笑む顔をしてそばに座る彼女は、後ろから靴を脱いだ足で俺の太ももをくすぐっていた。店長の前だから普通を演じていたのか…。何が欲しいのか分からないけど、やっぱり白川には関わらない方が良かったかもしれない。
その笑顔、マジで何を考えているのか分からない…。
「先輩〜」
「その言い方やめろ…。それと、バイドだとしても仕事先でそんな風に言うな…」
「へえ…、先まで私とくっついていたくせに」
「それは…。まぁ…いい、もうそんなことしないから…」
何もできず、そのままロッカーを閉じた。
「せ、先輩…」
「今日は忙しいから…。着替えた後、すぐキッチンに来て」
「……」
そう言ってから休憩室を出る尚。すると、椅子に座っていた葵がこっそり尚のロッカーを開ける。彼が先まで着ていた服を取り出して、さりげなく匂いを嗅ぐ葵。それが嬉しくて少しずつ笑いが出ていたけど、精一杯我慢する葵はそのシャツを抱きしめていた。
「菜月ちゃんと同じ匂いがするんだ…。やっぱり、二人は同居している…」
……
「尚くん! これ! 早く!」
「はい! あの! 店長、いちごないんですけど?」
「えっ? 嘘! 昨日ちゃんと届いたはずなのに…」
届いたのはなぜかマンゴだった。
「尚くん! お店を頼む!」
バレンタインデーのせいで、今日はカップルがめっちゃ多かった。
白川に一つずつ教えながら仕事をするつもりだったけど、いきなり車を出す店長にまた一人になってしまった。俺の店ではないけど、この仕事には慣れているから店長があんな風に脱走してもあんまりダメージはなかった。
「207番と210番…! 頼む、白川!」
「は〜い」
チョコが入ったメニューがめっちゃ売れてるじゃないか…。
俺は休まず、ずっと待っているお客様の飲み物とデザートを作っていた。バカ店長がいちごの注文を間違えなかったら、こんなに急がなくてもいいのに…。最後のパフェまでちゃんと作った後、すぐキッチンの隅っこで休憩を取る俺だった。
めっちゃ疲れた…。
「すごいです。先輩〜」
「仕事を教えてあげるつもりだったのに、バレンタインデーはやっぱこうなるんだ」
「はい。あーん」
「何…?」
「また板の上に置いている余ったオレンジです!」
「そっか…、捨てるのは惜しいから」
仕事をしただけなのに、いつの間にか帰る時間になっていた。
てか…、帰る時にデザート作るつもりだったけど…。どうやらそうする時間はなさそうで、思わずため息をついてしまった。
「ごめん…! 遅くなっちゃったね!」
「もう終わったんですけど…?」
「アハハハハッ! 私が間違っちゃって…! えへっ…!」
「……店長…」
「ごめん…。代わりにこれあげるから…!」
そういう店長は俺に高級感が溢れる箱を渡した。
「それ、彼女と一緒に食べて」
「へえ…、これけっこう有名なブランドじゃないですか?」
「そう! 葵ちゃんのもあるよ!」
「は、はい…!」
「じゃあ、後は私が片付けるから上がってもいいよ?」
「はい〜」
「はい」
まさか、店長がチョコをくれるとは思わなかった…。
昨年は「チョコなど元カレを思い出させるだけだから嫌だ」とか言ったからな、俺もあんなイベントに興味がなかったし…。バイトから帰る前に二人でデザートを食べたことをまだ覚えている。当時の痛みも時間が解決してくれるってことか、それもいいな…。
「店長、お疲れ様です!」
「うん〜」
カフェを出てスマホを確認してみると、花田さんから届いたL○NEが俺を待っていた。今日も相変わらず送る量が多いな…。花田さんも、たまには自分の家でゆっくりしていいのに。いつもうちに来るから、ある意味で監禁されたことと同じだ…。
いつもそばから見られてるからな…。
……!
「何…?」
そして、俺は花田さんが送ったL○NEにびっくりしてしまう。
菜月「今日は誰と一緒にイチャイチャしてた…? ねえ、私との約束は…?」
菜月「尚くんはまた私を失望させるよね…?」
すぐ白川とあったことを思い出した俺だけど、花田さんがそれを知るわけないだろう…? いつもの冗談か…? いや、そもそも花田さんはそんな冗談を言ったことがあったのか…? 何回彼女に疑われたことはあったけど、今みたいなL○NEを送ったことは一度もなかった…。
ちょっと…、嫌な予感がする。
「行くしかないか…」
そして急いで帰る尚の後ろ姿を見て、葵がにやついていた。
「そうよ…。どっちが先に崩れるのか…、それを当ててみるのも面白いからね…?」
店長からもらったチョコを食べる葵が、スマホで尚の後ろ姿を撮る。
「あ——————。甘い…、甘いですよ。先輩…。何も思い出せないのが可愛すぎてどうしたらいいのか分からない…! アハハハハハハハハハハハッ!」
片手で自分の頬を触りながら、こっそり尚の写真を見ていた。
「大人しく私について来たら、何も起こらないはずだったのに…。自分の足で地獄に入る人…、先輩は人が良すぎ…。だから、菜月ちゃんから逃げられないんですよ…」
葵の静かな帰り道、またチョコを噛む音がした。
「知らせてやる…」
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