第25話 木下さんの誘い。−2
今年もお父さんとお母さんは仕事で忙しい予定だから…。でも、挨拶くらいはしておいた方がいいよな…。俺はほぼ2年間一人暮らしをしてきたけど、実家には一度も帰ったことがない。わざわざ隣県にある高校を選んで、なるべく実家と距離を置きたかった。
別にお父さんとお母さんが嫌なわけじゃないけど、そこに帰ったらまた嫌なことを思い出すかもしれない。俺はもやもやするその記憶をはっきりしたくなかった。そうやって理性を維持できるように…、事実をなかったことにして生きてきた。それが今の俺で…、一人ぼっちになった理由だと思う。
「店長、今日もお疲れ様でした!」
「お疲れ———」
今日は余裕があるから、花田さんとゆっくり話をしよう…。
「……」
カフェを出た尚をじっと見つめている人の影。
……
「はあ…」
帰り道、花田さんにすぐ返事をする。
尚「今、バイト終わったからすぐ帰る!」
菜月「うん! 私も尚くんの家で待ってるから!」
結局、木下さんは何しに来たんだろう…。
俺に話したいことがある顔をしていたけど、店長のせいで言わなかったような気がする。わざわざここまで来てパフェを食べるのはおかしい…、うちのカフェがSNSで流行っていても一人で来るような場所じゃないし…。友達とか恋人を連れてきて…二人で来るのが普通だからな…。一体…、何しに来たんだ…。
「……」
一瞬、後ろから誰かの気配を感じた。
「なんだ…」
嫌な予感がしてすぐ家に帰ると、玄関でエプロン姿をしている花田さんがおまたを持っていた。
それにちょっとびくっとする。
「おかえり!」
「た、ただいま…」
「何? 何かあったの? 汗かいてるし…」
「いや…。何もなかった。菜月が待ってるかもしれないから、急いで来ただけ…」
「へへ…、私のこと考えてくれたの? 嬉しい…フフフッ」
「今日は早く終わったけど、汗かいたからお風呂に入ってくる!」
「うん!」
そして上着を脱ぐ時、誰かうちのベルを押していた。
「あれ…? こんな時間に誰…?」
いや…。今は午後8時だぞ…?
そしてうちの住所を知ってる人…清水を除いたら楓しかないけど、そいつは連絡なしに来るやつじゃないからな…。郵便が来るはずもないし…、この夜に誰がベルを押したんだ…? ちょっと怖いな…。
「花田さん! 待ってください!」
「うん…? どうして?」
「今日は誰とも会う予定がないんで…。念の為、私が確認します…」
「あっ、うん…!」
ドンドンドン…。
ドアまで叩くのか…、おかしいな…。誰だろう。
「誰ですか…?」
「柏木くん…?」
あれ…? もしかして、この声は…。
「もしかして…、木下さんですか?」
「あっ…、うん! 私だよ?」
マジか…? いや…、その前に木下さんまでうちの住所を知ってるのか…?
俺は言ったことないから…、もしかして…。
「……」
振り向くと、こっちを向いて頭を横に振る花田さんだった。
仕方がない。俺は小さい声で「どっかに隠れてください」と言ってから、ドアを開ける。
「こんな時間にどうしましたか…?」
「この辺で友達と会う予定だったけど、いきなり用事ができちゃったって言うから一人になっちゃったよ…」
「そうですか…? でも、どうしてうちの住所を…?」
「ここの道…よく分からなくて、先からずっと迷っていたの…。そうしたら、家に帰る柏木くんが見えて…なんとなくついて来ちゃった」
あの時…、俺が感じた人の気配は木下さんだったのか…?
まさか…、家まで来るとはな…。
「は、入ってもいい…?」
しかし、うちには花田さんがいるから、なんか嫌な展開になりそうな雰囲気だ…。
「それはちょっと…、今はお風に入るところだったんです」
「部屋で待つから!」
今の…正気で言ってるのか…? 木下さんは自分の友達と付き合っている相手の家に…、さりげなく入るつもりなのか…? どうして? 高橋さんと何かあったから? そんなわけないよな。どうせ恋人ごっこで気にしないはずだから、今のはなかったことにしたい…。
「いいえ。私…、花田さんと付き合ってますから。それはダメです」
「ええ…、ちょっとでいいよ…。すぐタクシー呼ぶからね!」
「だから…無理です」
そんなに遠くないから、玄関で話した声が花田さんに聞こえるかも…。
そして、ポケットに入れておいたスマホからすごい振動が感じられた…。多分、後ろに隠れてる花田さんが俺に電話をかけたり、L○NEを送ったりしてるんだよな。
「今、菜月はないから…」
一応お隣さんですけど、そして後ろから聞いてます…。
二人の関係が悪くならないように、精一杯頑張っている私の立場を理解してください。
まぁ…、花田さんはもう飽きた顔をしてるけど、早く帰ってほしいな…。
俺も今はシャツだけだからめっちゃ寒い…。
「帰ってください…」
「……え…」
何もないと思うけど、本当にそうだと思うけど…。
正直…。この後、花田さんに何を言われるかもしれないのが一番怖いんだ…。
「早く帰ってください…。今日はバイトで疲れて…寝たいです」
「……なんで…? 私、そんなに悪いこと頼んだの?」
ドン———!!
重い何かが落ちる音、もしかして…花田さんが…?
「何? この音?」
「何か落ちたようで…。では、私はこれで…」
「……つまんない。じゃあ、菜月にL○NE読んでって伝えてくれる?」
「は、はい…」
ガチャ…。
やっと帰ったけど、先の音はなんだろう…。
「……」
「エルは? 帰った?」
「は、はい…」
「……エル、なんって言ったの?」
「L○NEを読んでって…」
「そう? それはいらない…。こっち来て」
「はい…」
すぐ俺に抱きつく花田さんだったけど…。
なぜか、夕食の食材としておいていた牛肉の真ん中に…包丁が刺されていた。
「……」
「私、夕食作るから…。お風呂入って…」
「はい…」
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