血濡れのカーライル

 オリヴァー・カーライルは後悔していた。

 今いるE.G.軍のロサンゼルス基地は、アメリカ大陸最大の規模を誇る。

 かつて映画産業やテレビ産業で賑わったロサンゼルスが軍事基地化したのは、250年以上前に起きた世界最大のテロ行為が切っ掛けであった。

 世界で初めて使用された大量破壊兵器G.D.アウトバーストは人類を震撼させた。

 当時のアメリカ合衆国では、G.D.アウトバーストによって、ワシントンD.C.とニューヨークが消滅した。

 生き残った指導者たちは、ロサンゼルスに軍備を集結し、テロの首謀者の殺害に成功したのだ。

 作戦成功後、世界最大のテロリストを討ち果たした記念の地として、ロサンゼルスは軍事基地化していったのだ。

 それは年号が変わり、世界政府が樹立された今でも変わりがない。

 アメリカ大陸最大の戦力、歴戦の兵士、最新の防衛システム……

 戦力不足で苦戦を強いられた、ファングの追撃部隊を撃退するのは容易い。

 ロサンゼルス基地を目指したフィオナ艦長の判断は間違っていない……基地の指令がロイド中将でなければだ。

(アイツが基地指令だったとはね。あの悪党がここまでのさばってるとはね……アーサーは大丈夫だろうが、バークス少年や嬢ちゃんは巻き込みたくねぇな……)

 その様なカーライル中尉の心配など考慮せず、状況は無常に進展する。

 所属している新型機のテスト部隊が、正規軍に編入される事となったからだ。

 戦艦フリージアの搭乗員は基地司令との顔合わせの為に食堂に集められた。

 食堂ではテーブルに赤ワインとタルタルステーキが用意されていた。

 戦艦フリージアの搭乗員が全員揃った後、兵士の一人が司令官を連れて来た。

 そして、指令が座る為に用意された席ではなく、わざわざカーライル中尉の前にきた。


「久しぶりだねぇ~、血濡れのカーライル! おやおや、僕の用意したご馳走を堪能してくれていないのかい? 血は用意出来なかったけど、血の様に真っ赤なワインだよぉ。それとも肉が人肉じゃなかったからかな? 生肉料理なら人肉感が出るって思ったんだけど浅はかだったかな?」


 丸眼鏡で温厚そうな顔のロイド指令が物騒な事を言うので、フリージアの搭乗員達が動揺する。

(コイツは昔と変わらないな。温厚そうな顔で他人を簡単に踏みにじる)


「お前の顔を見たら食欲なんてなくなるさ? 醜悪なクズが一緒だと、世界最高の料理だって最悪な味になるさ」

「僕が醜悪だって? 証拠を出してよ、しょ~こっ。ないよね? ないよねぇ? 味方を虐殺した証拠がある君とーー」

「その件なら軍法会議で終わった話です」


 フィオナ艦長が話に割って入る。


「終わっていないんだよ、僕にとってはね。た~いせつなお友達を殺されたんだからね」

「他人を踏みにじる極悪人だろ!」

「落ち着きなさいカーライル中尉。ロイド中将、私達は軍人です。個人的な話はそろそろ止めて頂けますでしょうか?」

「そういう言い方は悲しいな。君は元婚約者だろう?」

「その通りです、婚約者です。だから関係ありません」

「それなら軍の指令としてなら、僕の部屋まで来てくれるのかなぁ」

「ロイドォ!」


 掴みかかろうとしたカーライル中尉を押しのけて、アランがロイド中将の前に立った。


「おやおや、もしかして君がアランかな?」

「そうだ、俺がアランだ」

「そうか、そうか。会いたかったよアラン君。部隊の報告書を見させてもらったけどね、僕は民間人の君に非常に興味を持ったのだよ。君のような優秀な人材がE.G.の正規軍に参加してくれたら僕は心強いよ」


 ロイド中将がアランに握手を求める。

(アラン、そんなヤツの手を握り返す必要ねぇよ)

 だが、カーライル中尉の考えとは違う結果だった。

 アランがロイド中将と熱い握手を交わしたのだ。


「うん、君は理解が速くて良いね。共にファングの悪党どもから世界を取り戻そうではないか? 今度は僕らが奪う番だよ」

「そうだな、後で詳しく聞かせてもらおう」

「存分に聞かせてあげるよ! 戦場で奪ったものは全て君の物だ。君が奪った命が未来への糧になるのだよ!」

「俺が奪った命が未来への糧になるか……覚えておくよ」


 ロイド中将は、アランが素直に話を聞くので上機嫌だ。

(なんでコイツの話を聞くんだよアラン! 従う理由が分からねぇよ!)

 カーライル中尉には、信じていたアランが、宿敵のロイド中将に従うのが信じられなかった。

 アランの態度に満足したロイド中将が食堂から立ち去ろうとしたが、扉の前で突然振り返った。


「ところで、エイベル少佐。さっきの僕の指令に対しての返事を聞いていなかったね。具体的に言えば、23時に指令室に来て欲しいんだけどね」


 カーライル中尉は殴りかかろうとしたが、フィオナ艦長が制止した。

 そして指令を受理した事を態度で示す様に、ロイド中将に敬礼をした。


「司令官が命じるのであれば、そこに敵がいるのでしょう? 必ず打ち取って見せます」


 フィオナ艦長の返答を聞いたロイド中将は、舌打ちして食堂から立ち去っていった。

 艦長が対処してくれたお陰で無事に切り抜けられた……

 カーライル中尉は自分が皆を守らなければと考えていたが、実際に行動に移していたら全て裏目に出ていただろう。

(参ったな……俺より理性的で毅然としている。俺に出来ることなんて本当にねぇな。迷惑ばかりかけちまっている」


「やっと分かった! 23時に向かうって事は、夜襲をかけて暗殺しろって事なのか。でも、そんな事したらロイド中将死んじゃいますよね」


 アーサーが間抜けな事を叫んだ事で、ずっと暗い表情だった搭乗員達が爆笑した。

(アーサーのおとぼけキャラは安心するな。だが、アランは大丈夫なのか? 俺達はアランをアイツに会わせちまって良かったのだろうか……

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