第39話 契りの続き

「美弦、待たせた」


「いえ…何年もこの時を待っていたので、気にしなくて大丈夫ですわ」


 何年も…その言葉の重みは、口から発しているその言葉通りよりも何倍も重たい言葉だった。

 美弦は、幼稚園児の時、俺に署名させようとした時から、もうすでに俺のことが好きだったんだろうか。

 …今考えることじゃないか。


「それで…白斗さんの返答は…」


 表面上毅然としてはいるが、声には震えを感じられる。

 色々と考えた結果…きっとここで美弦と婚約すると答えると、今後俺たちには大きな問題がたくさん付き纏ってくるんだろう。

 それこそ立場上の問題だとか、これまでの関係性とか。

 そういったものがこれからの大きな課題になることは間違いない。

 そう、これからだ…


「婚約しよう、美弦」


「っ…!本当ですの!?」


「あぁ、色々大変なことはあると思うが…俺たちなら、それもどうにかできると思う」


 ここで、もしできなかったら…なんていうナンセンスなことは言わない。


「やっ…」


「や…?」


「やりましたわぁぁぁぁぁぁっ!ようやくっ!ようやくっ!白斗さんと婚約することに成功しましたわ〜!」


 美弦はこれまでに無いほど喜んでいる。

 …この笑顔を見れたことが、もうこの選択が正しいものだったということを証明している。


「これでっ!ようやくっ!この感情を我慢しないで良いんですわね!」


「我慢って…今までだって我慢はしてなかっただろ?」


 俺のファーストキスを奪ったり、俺に愛を伝えてきたり。

 家では俺がお風呂中に侵入してこようとしてきたこともあった。

 あれはどう考えても我慢できていなかっただろう。


「はい?」


「…え?」


ですわよ?」


「これからって…あぁ、そうだよな?これから問題はたくさんある、立場とかこれまでの関係性とどう折り合いを付けるかとか、感情をどう向けていくかとか、恋愛には色々と問題があるのに俺たちには更に乗り越えないといけない問題が多い、それでもさっき言った通り、俺たちなら…俺はどうにかなると思ってる」


「はい…?」


 美弦は俺がこれだけ説明しても理解できていない、といったような様子だ、何が理解できないんだろうか。


「白斗さんが頷いてくださった時点で、私たちの前には問題なんてもう何もありませんわ!私に必要だったのは、ただ白斗さんの了承、それだけですわ!」


「それだけって…じゃあ仮に両親に婚約を反対されたらどうするんだ?」


「そんなことはまず無いと思いますが…もしそんなことになるのであれば私は容赦無く両親に対して矛先を向けます」


「えっ…」


 容赦無くって…俺のことを想ってくれるのは嬉しいが、それは口だけだと信じたい…それよりもだ。


「そんなことになったら困るから、それに対してどうするかっていう話だ」


「…何が困るんですの?」


「美弦の親…天霧財閥の一番偉い人に何かがあったらその財閥自体が崩壊しかねないだろ?そんなことになったら…」


「私の両親が私に反対するなんていうことはまず絶対に有り得ませんが…仮にそうなったとしても、私1人居れば全て事足りますわ」


「え…?」


「ですが、その私には白斗さんが必要不可欠なんですの」


「俺が…?どうしてだ?」


 今までのことを考えると聞く必要性は無かったが、俺は反射的にそう聞いてしまった。


「決まっていますわ!愛ですわよ!白斗さんという私のこの世で唯一のこの世界での癒し!ですので必ず必要不可欠なんですの!ですから外に出ると事故に遭われる可能性があるので本当ならずっと安全なところに居てほしいんですわ、ですがそれだと自由が無いので私は普段から白斗さんを守れるように様々な努力をしているんですわ!」


 何か色々と長く語っていたがとにかく俺のことが大事ということらしい。


「わかった、理解した」


 一度ここで落ち着いてもらおう。


「はぁ…ようやく白斗さんと愛し合えるんですのね…」


 美弦は今にも溶けてしまいそうな表情で俺の方に近づいてくると、自分の唇に俺の唇に重ねてきた。


「んっ…!?」


 俺は咄嗟に美弦のことを俺の体から離す。


「すみません…いきなりでしたわね、また日を改めてしっかりとそのような場をセッティングしますわ、感情が昂ってしまいました」


「いや良いんだ、もうそういう関係に…なったんだもんな、あとそのような場ってなんだ」


「それは…その…」


「やっぱり言わなくていい」


 聞きたく無いような気がした。

 …それにしても、イマイチ実感が無いな。

 俺たちは本当に婚約…したんだろうか。

 物理的に何かが変わったわけでも、話し方が変わったりしたわけでも、呼び方が変わったわけでも無いため特に実感が湧かない。


「白斗さん、実感が湧きませんか?」


「あぁ、正直に言うとそうだ」


「でしたら…」


 美弦は真っ白の白紙を取り出した。


「この紙にご自分のお名前を書いてほしいんですの!」


「え、この紙に空薙白斗って書けば良いのか…?」


「そうですわ!」


 …この会話は。

 …俺の頭の中では昔の約束がフラッシュバックしていた。


「このかみにごじぶんのおなまえをかいてほしいんですの!」


「え…?このかみにそらなぎはくとってかけばいいの?」


「そうですわ!」


「なんで…?」


「かいてくださってからおおしえしますわ」


「わかったよ〜」


「……」


 あの時は結局色々あって書けなかったが…今は違う。

 俺は美弦に渡されたペンを使って、美弦に渡された紙に自分の名前を書いた。


「…あの時の続きを、ようやく書けたな」


 俺たちはこの瞬間、この豪華客船の船の上で…婚約した。

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