2#20.2
私は知らなければならない。
「麻沙美、先輩……は、何処で催眠アプリを……?」
「……ん?何処でも何も花園――と言ってわかるかな?胡散臭いクソ女だ。緑も花園から貰ったのだろ?」
「……はい……そう、です」
『花園』
その女は知ってる。皐月先輩にちょっかいを出して迷惑をかけている女だ。アイツだ。アイツが元凶だ。
まずはあの女だ。あの女を何とかしなくちゃならない。
◇◇◇
「なんで……どうして……皐月先輩がこんな怪我を……」
傷だらけの身体。ベットの上に横たわる皐月先輩は今は眠っているようだが、時折、苦しそうな表情で呻きを漏らしている。
「うぅ……あれ……緑ちゃん……?なんでここに……えっ……あれ……俺なんで脱いで……」
「皐月先輩、こ、この怪我どうしたんですか……?」
「あぁ……これ?ちょっと転けて……」
転けてこんな傷を負うはずは無い。嘘だ。優しい皐月先輩は私に心配はかけまいと嘘をついている。
私は催眠アプリを使った。
「美春……幼なじみの矢田美春にやられた」
「あの暴力女ァァァァアアッッッ!!!私のッ!私の皐月先輩になんて酷いことをっ!許さない!絶対に許さないッ!殺す!殺してやるッ!あぁ、可哀想な皐月先輩……先輩を傷つける汚物は私が処理します……だから……だから今はゆっくり休んでいてください……」
私はすぐさま暴力女を消すべく動こうとした。
だけど、思い至る。皐月先輩をこのままにしておいていいのかと。
「皐月先輩……聞いてください。皐月先輩はあのアバズレ共に催眠アプリを使われてその身を汚されています。今でも許せませんが、これからまたそんな事があってはならない事です。だから皐月先輩はアイツらが持っている催眠アプリを壊してください」
私は皐月先輩に暗示をかける。
「それと全ての元凶に花園という女がいます。警戒されないように今はまだ皐月先輩はこのことを知りません。ですが、もし皐月先輩が花園に会いに行く機会があれば、私に連絡をお願いします。その時に私が持っている催眠アプリを渡しますので、隙を見て花園を洗脳し動きを封じて私に連絡をお願いします」
◇◇◇
その部屋の惨状を目の当たりにした。
地震の後のように部屋の物が全てひっくり返っていた。本棚は倒れ、棚に置いてあったであろう物は全てが床に散らばり壊れている。
ベットの上、ビリビリに引き裂かれたシーツに茫然自失と言った具合で暴力女、矢田美春は座っていた。
部屋に入った私に気がついて暴力女がコチラを向く。目が合った。そして暴力女の目に光が――狂気に飲まれた光が宿った。
「あっ……ガッ……!?」
一瞬だった。飛び出した暴力女は私を壁に押し付け、そのまま首を締め上げる。
「そう、なんだったけ、ああ、あれだ、上岡、だっけか、アンタは、うん、アイツに纏わりつく、女の1人、アイツ?アイツって、誰だっけ……まあ、いいや、そうだ、アンタも、そうだ、居なければいい奴、壊れろ、壊れろ、壊れろ」
「うぐ……あ゙あ゙あ゙……」
暴力女はケラケラと笑う。楽しそうに、愉快に、玩具を貰った幼子の様に純粋な笑顔を浮かべる。
これはもう壊れてる。そう私は確信した。
息が出来ない。苦しい。このままじゃ殺される。嫌だ死にたくない。皐月先輩を置いて死ぬ訳にはいかない。皐月先輩には私が必要だから、こんなところで……!
なんとか力を振り絞る。準備し握りしめていたスマホを暴力女の前に翳す。
「や、やめ……ろ……」
拘束が弛み私は開放された。何とか催眠にかけることが出来た。肺に息を取り込み大きくむせり、息を荒らげた。
「ごほっ……はぁ……はぁ……矢田、矢田先輩はなんでこんな風に……」
催眠アプリで何が会ったのか聞いた。
「わからない。覚えてない。何か大事な、大事だったモノを忘れた。何かわからない。失った。今はただ憎い。アイツにまとわりついていた女達がみんな憎い。そして何よりあの女、あのクソ女が、憎くて憎くて仕方がない。あの女は、あの女だけは必ずぶっ壊してやる」
怨嗟蠢くドロドロの感情が矢田の口から吐いてでる。要領を得ない言葉の羅列。
大事だったモノを忘れた?催眠状態にあってなお忘れているのであれば、それはなんだ?
記憶を消された?
ヤダの大事なモノとは、おそらく皐月先輩の事だろうと思う。それを消された。誰にだ。そんなことをするのは決まっている花園か。
大事な物を失ってその感情の刃が大きく育っている。
私はコレを『使える』と思った。
この暴力女を殺すのはまだ後でいい。
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