第ミ章
ミ#1 幸せな日常
「ふぅ……どうやら撒いたようだね」
「はぁ……はぁ……なんか物凄い疲れた……真理さんも少しは自分で走ってくださいよ……」
「何故だい?」
「いやそんな意味が全くわからないんだが?みたいな感じでキョトンとすな……まったくもう……」
呆れ顔でため息を吐く皐月くん。口では文句を言うが実際嫌がってる様子は微塵も感じられない。まぁツンデレみたいなものだろうね。
ボクらは追ってくる魔の手からまんまと逃げ仰せた。このぐらい普段から麻沙美ちゃんをおちょくっては逃げ回っているボクらにとっては造作も無い事だった。
外に出て街中を適当に走り回り、気がつけば人気の無い路地裏まで来ていた。見覚えはあまりないが、通りに出れば直ぐに何処に居るかはわかるだろう。そう心配することは無い。
「それで……これからどうしましょうか?」
「どうするもこうする無いよ。ボクが2股ないし6股なんて認めると思うかい?彼女らにはきっぱりと「身体だけが目当てだった。迷惑だから彼女面するんじゃねぇよ」とでも言って関係を断ち切ってくれたまえ」
「もはやゲス」
「ああ、それと皐月くんはしっかりとボクに浮気しちゃってごめんなさいをしなければならないのは忘れてはいけないよ?当初、予定していた制裁は流れてしまったからね。また別の形で彼氏の浮気で心を痛めてしまった彼女に報いてもらおうか」
「そもそもの浮気の原因は真理さんにあったとツッコミを入れてもよろしいか?」
「よろしくない。ダメだぜ皐月くん。ヤッてしまったら男が悪いという不文律がある。原因は何にしろヤッちゃったキミが悪い。普通ならば「この浮気男!サイテー!」と頬ビンタから破局を迎えるところだよ?まぁ、ボクはキミを手放す気はないからそんなことにはならないけどね。まぁ、今回の浮気については、そうだね。ボクの実験に付き合ってくれるということで水に流してあげよう」
「じ、実験……?」
「そろそろボクも人体実験などに手を出してみようかと思っていてね。被検体が欲しかったんだ」
「なにそれ物騒すぎる」
「第3の目(物理)とか欲しくないかい?」
「物騒極まる!」
「安心してくれ。生殖器感は残してあげるよ?ボクとしても行く行くは子供とか欲しいと思わないでもないからね」
「それ以外はどうなる予定が組まれていらっしゃる!?」
「ふむ。逆にだ。ボクの子を皐月くんに孕んでもらうというのも面白いかもしれない……よろしいか?」
「よろしくない!」
「1人の犠牲で大勢の人が助かるんだよ」
「究極の選択」
「ボクは勿論、大勢を切り捨てて1人を助けるけどね」
「あっ、それ普通に嬉しい」
「愛してるぜ、皐月くん」
「俺も愛してますよ、真理さん」
「ふふっ……」
「ははっ……」
こういったやり取りも久しぶりだった。バカップルかな?いやー幸せだねー。
「……ん?」
不意にサツキくんは自分のスマホを取り出した。
「あぁ……鳥乃先輩からメッセージだ……」
皐月くんは言葉を漏らしながら苦笑いを浮かべる。ボクはそれに少しだけ、違和感を感じた。
「麻沙美ちゃんはなんて?」
「これは見てもらった方が早いですね」
言って皐月くんはスマホをボクが見える様に差し出してくる。ボクはそれをなんの疑いも無く。
見た。
ぐらりっと脳が揺れる感覚。
差し出されたスマホの画面にメッセージなど映ってはいない。
深淵を連想させる黒々とした何かが渦巻いている。
それはボクの脳へと侵食していく。
思考がボヤけていく。まるでそれは自分の物ではなくなってしまうかのように。
このままではいけないと目を逸らそうとするが自分の意思とは反して目を離すことが出来ない。
どんどんと黒く渦巻く何かに脳から思考に始まり身体までもが犯されていく。
「動くな」
酷く冷たく無機質に皐月くんは言葉を口にする。
その声を聞くとボクの身体は自分の意志とは関係なしに、従った。
「さ、さつ、き……く……」
「喋るな」
振り絞るようにして出した言葉が途中で止められた。自分の身体なのに皐月くんの言葉に抗うことが出来ない。
自分の身体が自分のものではなくなってしまったかのような間隔が気持ち悪く、吐き気を覚える。
これは……まさか……。
「これで催眠にかかったかな」
皐月くんは満足気に頷いて二台目のスマホを取り出し耳にあてた。
「もしもし、聞こえる?うん。ああ、上手く行ったよ。特に問題なく洗脳出来た。何処に連れてく?俺の部屋でいい?うん。分かった。先に行って待ってて。俺も直ぐにコレ連れて行くから。それじゃまた後でね――」
皐月くん……。
キミは一体誰と話をしているんだい?
「――緑ちゃん……」
――そいつは誰だ……。
◇◇◇
「うっ……いったぁ……」
目が覚めると鈍い痛みが後頭部に走った。
「やっと目を覚ましたわね、カズ」
「へっ……?美春……?あれっ?ここ何処?っていうか僕なにしてたんだっけ?」
目を覚ますとボクは廃工場っぽい所にいた。見覚えは全くない。何処だか分からない。そこでボクは両手を縛られて吊るされていた。
そしてそこには美春。幼なじみの矢田美春が鉄の棒を握りしめて立っていた。
「え……これなに?どういう状況?」
「カズ……私ね。あんたの事、ずっと嫌いだったのよ」
「は?急になにを……?」
「そもそも性格は最悪だし。それに何よりアイツの周りに引っ付いて離れやしない。本当に目障りで嫌いだったわ……あれ?アイツって誰だっけ?まぁ、いいわ」
「な、なんのこと言って――」
風を切る音と共に腹部に衝撃と激痛が襲った。
「ひぐぅッ!?い……いだい、よ……な、なにするんだよ……!?」
美春に殴らた。その手に持つ鉄の棒で。
「ホント嫌い。嫌い嫌い嫌い。ウザい、目障り。邪魔で邪魔で邪魔で、しょうがない。憎い。憎いのよ。アンタなんか消えて無くなればいい。だからね。アンタの事はね。ぶっ壊してあげるわ」
頭を抱えて苦悩するように美春は怨嗟の言葉を重ね連ねる。
「ひぅッ……!」
言葉にならない言葉が漏れた。訳が分からない。なんで美春がこんなことを。ずっとボクを嫌いだった?なにそれどういうこと?ボクが美春に何をしたって言うんだよ。
「ああ!でもそうね。私、アンタの泣き顔は好きよ」
美春は口元を大きく歪めてそう言った。
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